第3話 伝説の始まった夜

「え? そ、そうですけど……」


〈なに? 知り合い?〉

〈盛り上がって参りましたwww〉

〈おっさんじゃねぇのこいつ?〉

〈先生だったらウケるな〉

〈それはキツイ〉


 戸惑う未来に†unknown†が告げる。


『オレオレ! 同じクラスの九頭井時継くずい ときつぐ! なんか聞いた事ある声だと思ったらマジで委員長かよ!』


〈え、未来ちゃん委員長なの?〉

〈めっちゃぽい〉

〈あざて~。余計に好きになったわ〉


「え~~~! 九頭井君って、あの九頭井君!?」


 九頭井時継はクラスメイトの変なオタクだ。


 友達も作らずに、いつも一人でスマホでゲーム配信を見ながらニヤニヤしている。


 クラスメイトではあるのだが、まともに話すのはこれが初めてだ。


「って、だめだよ九頭井君!? こんな所で本名言ったら身バレしちゃうよ!?」


 未来のように特別な理由がなければネットで本名など明かすべきではない。


 残念だが、今回の配信のアーカイブは消した方がよさそうだ。


『ああ、いいのいいの。別にバレて困る事ねぇし。てか委員長だって本名プレイしてんじゃん』


「そ、そうだけど……」


〈†unknown†様フランク過ぎワロタ〉

〈なんでこんなガキが年代物のレア装備持ってんだよ〉

〈トレードじゃね?〉


『だろ? ならいいじゃん。てか配信中って事は愛敬堂の宣伝頑張ってんだ?』

「う、うん。一応……」


 未来が配信活動を行っているのは学校でも有名な話だ。


 友達も応援してくれて、ツイッターで配信の告知をRTしたりしてくれている。


 だが、あまり面識のないクラスメイトに言われるのはなんとなく気恥ずかしい。


「いぇ~い! 委員長のリスナー! 見てる~?」

「九頭井君!?」


 突然のゲーム内ボイチャに未来は慌てた。


〈クソガキかよwww〉

〈NTRビデオじゃんwww〉

〈黙れクソガキ〇スぞ〉

〈うぉ! 委員長の配信めっちゃ人気じゃん!〉


 ヤマタノオロチのアイコンのナインヘッドという人物が発言する。


 もしかしなくても時継だろう。


「ちょ、九頭井君!?」

「AOやってるってのは知ってたけどまさか同じサーバーだったとはな! てか始めたの結構前じゃね? それって二キャラ目?」

「い、いや、一キャラ目だけど……」


 時継のマシンガントークに未来はタジタジである。


 友達のいない子だからこんなに話す人だとは知らなかった。


「マジ? それでオーガ窟苦戦してんの? って、このゲーム知らないと育成クソマゾいから仕方ねぇか」


〈うるせぇ九頭井! 未来ちゃんはこれでも頑張ってんだぞ!〉

〈そうだそうだ! 未来ちゃんに謝れ!〉

〈うっせぇバーカ! お前らには言ってねぇよ!〉


「ちょっと九頭井君!? 私のリスナーと喧嘩しないで!?」

「よかったなお前ら。委員長に庇って貰えたぞ?」


 ニヤニヤ声で時継が言う。


「心配すんなって委員長。配信者なんかリスナーとプロレスしてなんぼだろ」


〈一理ある〉

〈おもしれークソガキ〉

〈もしかしてこいつも配信者か?〉

〈いや俺はただの配信好きのオタクだから〉

〈コメントすんなよwww〉


 あっちでこっちで未来のキャパは限界である。


「って、そんな場合じゃないから! オーガがロードで大変なの!?」

「落ち着けよ委員長。OLなら石壁で押さえてっから」

「え?」


 振り向くと、二人のいる地底湖へと続く一本道が石造りの壁で塞がれていた。


「クラス3の呪文、石の壁ウォールオブストーン。効果は見ての通りな」


〈この魔法ちゃんと使ってる奴初めて見たわ〉

〈PK戦だと稀によく見る〉

〈ある意味これが正しい使い道だよな〉


「凄い! 九頭井君って魔法使いなの!?」


 魔法の行使には対応する呪文を覚えさせた魔法書スペルブックと呪文に応じた秘薬が必要になる。


 特に秘薬は魔法の行使の度に消費するので金のかかるスキルなのだ。


 とてもではないが初心者の未来には手が出せない。


 未来にとっては魔法使いというだけで尊敬の対象である。


「チッチッチ。なに者でもない者だって言っただろ? 確かに魔法は使えるが、それだけが俺の全てじゃないぜ?」


〈†unknown†様素敵いいい!〉

〈ロールプレイしてなくても面白い逸材〉

〈いいから質問に答えろよ〉

〈面白いけど殴りたいwww〉


「なんだかよく分からないけど、九頭井君って凄いんだね……」


 プレイヤーとしても配信者としても圧倒的に勝っている。


 こういうのを才能というのだろう。


「別に凄かねぇけど。ってちょっと待った! 引いてるわ!」

「え?」

「竿だよ竿!」


〈竿♂〉

〈思った〉

〈黙れよ〉

〈エロコメ氏んでどうぞ〉


「こいつは大物だぞ! だっしゃあああ!」


 湖面を割って現れたのはオーガそっくりの顔をした巨大な海竜だ。


「なにこれキモイ!?」

「この湖の主、オーガヘッドサーペントだ!」


〈なにそれ始めて聞いたんだけどwww〉

〈ここでしか釣れないクッソマイナーモンスターだからな〉

〈てかこいつ主が釣れるって事は釣りスキルグランドマスター熟練度100以上かよ)

〈酔狂が過ぎるだろwww〉

〈そうでなきゃこんな所で釣りしてねぇべ〉

〈強いの?〉

〈弱くはない〉

〈www〉

〈少なくとも釣りスキルなんか上げてるネタキャラが勝てる相手じゃないだろ〉

〈誰がネタキャラだバカヤロー!〉


「九頭井君!? リスナーさんに暴言は良くないと思うんだけど!?」

「だから委員長は真面目過ぎるんだって」


〈いぇ~い! †unknown†様の暴言ゲット~〉

〈ずり~!〉


「ほらな? 世の中には罵倒されて喜ぶ豚野郎がいるんだよ」

「えぇ……」


 未来にはちょっと理解出来ない世界である。


(……でも、登録者を増やす為にはそういうのもやってかないとダメなのかな……)


 実際、時継が現れてから同接は増える一方だ。


 その数なんと500人超え。


 過去最高記録を大幅に更新し、今もなお増え続けている。


 登録者だって300人も増えている。


 こんな勢いで増加したのは初めての事である。


〈お願いだから未来ちゃんはそのままでいて……〉

〈でも未来ちゃんに冷たい目で罵られたくね?〉

〈分かる……〉

〈悔しいけど分かる……〉

〈あいつの言う通り俺達豚野郎なのかな……〉


「リスナーさん!? 気を確かに持ってください!?」

「避けろ委員長!」

「へ?」


 オーガヘッドサーペントの口が青く光り、超高圧の水鉄砲がミライの身体を貫いた。


「いやああああああああ!?」


 ミライのHPは一瞬で消し飛び、色彩を欠いた灰色の死の世界に切り替わる。


「そ、そんなぁあああ!?」


 事切れた肉体の上に立ち、灰色のローブを着た幽霊の姿となって茫然とする。


 死亡。


 ジ・エンド。


 おしまいだ。


「諦めるのはまだ早いぜ委員長!」


『開けよ門よ、戻れよ魂。死の深淵より眩い光手繰り寄せ、今一度生命の糸を織り直さん。蘇生リインカーネーション


 詠唱に台詞マクロを当てているのだろう。


 本来表示される呪文とは異なる詠唱が表示される。


〈www〉

〈俺は嫌いじゃない〉

〈むしろ今のネトゲに足りないのはこういうセンスだろ〉

〈なんか久々に俺もAOしたくなってきたわ〉


『相手の蘇生を受け入れますか?』


 未来の画面に確認ダイアログが表示される。


 もちろんYESと言いたい所だが。


「……でも、わたしなんか蘇生しても足手まといになるだけだよ」


 素人の未来でも分かる。


 オーガヘッドサーペントはとんでもない強敵だ。


 気持ちは嬉しいが、蘇った所でどうせすぐ死ぬ。


 蘇生するだけ秘薬の無駄だし、時継の足を引っ張るだけである。


 それなのにだ。


「なにつまんねぇ事いってんだよ委員長! このタイミングで主が釣れるとか撮れ高しかないだろ! 死んだら何度だって蘇生してやっから、頑張ってこいつ倒そうぜ!」


 その言葉に未来はハッとした。


(……そうだよ! 私ってばなに日和ってるの! こんなに盛り上がってるんだよ! バズるチャンスじゃない!)


〈小僧よく言った!〉

〈不覚にもおじさんちょっと泣いちゃった〉

〈なんかおもしれー事になってんじゃん〉

〈このガキはムカつくけど言ってる事は正しい。未来ちゃん、有名になって実家の和菓子救うんでしょ! ならここで頑張らないと!〉


「……うんっ!」


 今度は迷わずYESを押した。


「あ、後ろ」


 ボガン。


 その直後、石壁から解き放たれたオーガロードの群れに殴り殺されたが……。


〈www〉

〈リアルにコーラ吹いたwww〉

〈感動を返してwww〉


「……あぅあぅ、もう一回蘇生して貰っても……」


 真っ赤になって未来が言う。


『開けよ門よ、戻れよ魂。死の深淵より眩い光手繰り寄せ、今一度生命の糸を織り直さん。蘇生』


 伝説の始まった夜、未来とリスナーは完全にこの詠唱を暗記する事となった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る