第2話 何者でもない者

〈我が静寂を邪魔する者は誰かwww〉

〈なんかいるwww〉

〈いーじゃん。これがAOの醍醐味だろ〉


「誰かいるんですか!?」


『愚問だな。貴様は虚無が口を利くと思うのか?』


〈腹いてぇwww〉

〈声に出して読みたい日本語www〉


 よくわからないがリスナーは盛り上がっている。

 未来としてはそれどころではなかったが。


「すみません! 私、初心者なんですけど! モンスターの群れに追われてて! あと、ダンジョン配信者やってて今配信中なんですけど大丈夫ですか!?」


 例の超大型アプデ以来、AOはプレイヤーの配信行為を推奨している。


 ルール的には断りを入れる必要はないのだが、真面目な未来としては一言告げるのがマナーかなと思っている。


〈ちゃんと聞けて偉い〉

〈そういう所が推せるんだよな〉

〈いや一々聞かんでもええやろ〉


『神々の目を背負いし者か……。構わん。見られて困る事もなし』


 男は言った。あるいは女かもしれない。


 台詞の主は影と見紛うような漆黒のローブを身にまとい、顔もフードで隠れている。


 岸辺の大岩に背を預け、白い釣り竿で地底湖に釣り糸を垂らしている。


〈神々の目を背負いし者www〉

〈言い回しが一々厨二過ぎるwww〉

〈てかこいつが着てるのダークロード闇の王のローブじゃね!?〉

〈うぉ! マジじゃん! 2003年の限定イベントの奴だろ! 超レア物じゃねぇか!〉

〈どんだけ古参だよ。てかおっさんが神々の目を背負いし者か……とか言ってるのは流石に痛すぎだろ〉


「ありがとうございます! それでその、出来たら助けて欲しいなと……。無理だったらいいんです! ていうか危ないので、その時は私が囮になるので逃げてください!」


 未来は焦った。


 なんとなく他のプレイヤーに出会えたら助かると思っていたが、そんなわけはない。


 初心者とはいえ、オーガロードは一撃でミライのHPをミリにする程の力がある。


 そんな凶悪モンスターが群れを成して襲ってくるのだ。


 並のプレイヤーでは太刀打ち出来ないだろう。


 もし釣り人が殺されたら、未来が殺したようなものである。


 下手をしたら、迷惑行為として炎上するかもしれない。


 それだけは絶対に避けなければ!


〈未来ちゃん……健気や……〉

〈ほんま推せるで……〉

〈いや、お前じゃ囮にもなんねぇから〉


『断る。我は忙しいのでな』

「えぇ……」


 断られるのは別にいい。


 だが、せめて逃げて欲しい。


 このままでは二人とも死んでしまう。


『見ての通り釣りの最中だ』


「……それは分かりますけど。わざわざこんな所でしなくても……」


『ここでしか見えぬ獲物がいる』


「そんなのがいるんですか?」


〈いたか?〉

〈しらね。釣りスキルとか真面目に上げた事ないし〉


『黄色い長靴だ』

「黄色い長靴……」


〈長靴ってハズレアイテムのアレか?〉


『知らぬのも無理はない。先日の世界の更新によって追加された品だ』


 アップデートの事を言っているのだろう。


〈そんなの更新情報に載ってたか?〉

〈いつもの隠し要素だろ〉

〈だからって黄色い長靴なんかいらなくね?〉

〈そこに新アイテムがあったら欲しくなるのがゲーマーだろ〉


「よく分かりませんけど、後にしませんか? とにかくここは危険なんです!」


『……危険か。懐かしい言葉だな。久しく耳にしていない』


〈なんかここまで来ると逆にこいつ好きになってきたわ〉

〈俺も〉


「……えーと、もしかしてですけど、凄く強い人だったり?」


『弱くはない』


〈あ、これ絶対強い奴だ〉

〈てか年代物の超レア品装備してる時点で弱いわけないだろ〉

〈おっさん! いいから未来ちゃん助けろよ! 初心者助けるのは古参の仕事だろ!〉

〈見えてねぇからwww〉


 謎の釣り人が強いと知って未来は安心した。


 少なくとも、他人に迷惑をかける心配はなさそうだ。


「それを聞いて安心しました」


『助けを期待しているなら無駄だぞ。初心者なればこそ、死を糧にして強くなれ』


〈かっけぇwww〉

〈良い事言うじゃん〉

〈死んでなんぼのゲームだからな〉

〈いやいいから助けろって!〉


「……はい!」


 力強く返事をする。


 釣り人の言葉が胸を打ったのだ。


 そうだとも。


 所詮はゲーム、死は終わりではなく次の冒険の始まりに過ぎない。


 幸い、彼のお陰で撮れ高も出来た。


 ここで死んでも悔いはない。


(……ううん。それは嘘。せめてオーガロードにもう一太刀浴びせたい!)


 覚悟を決めると、未来は松明を足元に突き刺し、空いた左手に盾を装備した。


 未来は盾スキルを取っている。運が良ければ一発くらいは防げるかもしれない。


『覚悟を決めたか』


「お陰様で! ありがとうございます! かっこいい釣り人さん!」


 釣り人には名前がなかった。


 非表示モードにしてあるのである。


なに者でもない者†unknown†。それが我が名もなき名だ』


 非表示モードを解除したのか、釣り人の頭上に†unknown†の文字が浮かび上がる。


〈†unknown†www〉

〈†は卑怯だろwww〉

〈もうお前配信やれよwww〉


 コメントは大盛り上がりだ。


 笑ったら失礼だが、未来もちょっと笑ってしまった。


 こんな人みたいになりたいと思う……かは別として、面白い事は間違いない。


「私は未来です。愛敬堂の未来を担う、ダンジョン配信者の愛敬未来!」


 †unknown†の名乗りに未来も答えた。


 実家の和菓子屋を宣伝する都合上、未来は本名を隠さずにプレイしていた。


『え? マジ? おまえ委員長? 一年二組の?』


 唐突に†unknown†のキャラが崩壊した。

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