【改稿版】ダンジョンで釣りしてたら同じクラスの美少女配信者に見つかってバズった件

斜偲泳(ななしの えい)

第1話 我が静寂を邪魔する者は誰か

「やだやだやだぁ! 死にたくない! 死にたくよおおおおお!」


 アニメ声の悲鳴を上げるのは愛敬未来15歳。


 老舗和菓子屋愛敬堂の三女である高校一年生だ。


 右手に長剣、左手に松明を持って逃げ回るのは彼女が操作するネトゲキャラのミライ。


 アリの巣みたいな洞窟は初心者ダンジョンの異名を持つ【オーガ窟】で、アイドルの追っかけみたいにミライの背後をついてきているのはこのダンジョンの代名詞である脳筋モンスター、オーガロードである。


〈終わったなwww〉

〈逃げろ逃げろwww〉

〈だから無理だって言ったじゃんwww〉


 コメントでギャーギャー騒いでいるのはリスナーである。


 この辺でお気づきだと思うが、未来はゲーム配信者である。


 デビューしてまだ三か月だが、登録者数はなんと3000人。


 個人勢の素人にしては中々悪くない数字である。


 ゲームなんかほとんどしない、ネトゲだって初めての未来がどうしてゲーム配信者なんかやっているのか。


 これには深い理由がある。


 それはズバリ、実家の和菓子屋を救う為である。


 若者の和菓子離れ、手軽で美味しいコンビニスイーツの普及、原材料費の高騰等で、愛敬堂は経営難に直面していた。


 このままではそう遠くない内に、未来の愛した愛敬堂の味はこの世から消え去ってしまうだろう。


 愛敬堂の未来を担う三人娘の一人として、自分にもなにか出来る事はないだろうか?


 そう考えた時思いついたのがゲーム配信を利用した宣伝活動である。


 世は大配信時代。


 世間ではダンジョン配信を題材にしたラノベやアニメが大ヒットし、その影響を受けて現実でもMMORPG内でのダンジョン配信が大流行していた。


 その中でも特に、アブソリュートオンライン、通称AOというゲームが流行りまくっている。


 有名ストリーマーや大手Vチューバーも流れ込み、配信内で取り上げられた商品がバズって売り切れたなんてネットニュースが流れる事も珍しくない。


 幸い未来は容姿と声に恵まれていた。


 顔はアイドル、身体はグラビア、声帯は声優並みである。


 実家の和菓子屋を救う為という配信理由も珍しかったのだろう。


 愛敬堂ミライチャンネルは開設して僅か一ヵ月で登録者数が3000人を突破した。


 少しずつだが通販の注文も増えだした。


 この調子なら愛敬堂を救えるかもしれない!


 ……甘い考えだった。


 愛敬堂のザラメ羊羹ようかんよりも甘々だ。


 ちなみにこちらは昔ながらの製法で羊羹の表面を糖化させた、シャリっとした歯ごたえが心地よい一品である。


 ともかく、見た目だけで伸び続ける程配信業は甘くない。


 そのあたりから急激に登録者の伸び率が落ち込み、二ヵ月が経った頃からは増えるどころか減り始めた。


 そして三か月が経った今、登録者数は二ヵ月前と変わらない3000人まで落ち込んでいる。


 理由は未来も分かっている。


 シンプルに配信が面白くないからだ。


 ダンジョン配信者を名乗っておきながら、やっている事と言えば初期地点の街の近くの墓場でゾンビやスケルトンを相手に地味なスキル上げを行ってばかりである。


 それだって頻繁に死に、装備やアイテムをロストしている。


 このゲームは死ぬとその場に死体が残り、一定時間が立つと消失する。


 死体には装備やアイテムが残っていて、回収できなければ全ロスだ。


 蘇生するにはその辺をうろついているNPCの野良ヒーラーを探すか、街の教会まで戻る必要がある。


 頑張って蘇生しても裸なのですぐリスキルされ……。


 そんな事を繰り返していたらリスナーが離れていくのも当然である。


 このままではいけない!


 そう思って未来はこれまで貯めたお金を大放出し、普段よりもいい装備を買い集め(いつもはどうせすぐロストするからとNPCのショップが売っている安物を使っていた)、その辺を歩いているプレイヤーにお願いして、魔法で初心者ダンジョンに続く移動用のゲートを出して貰った。


〈いや、未来ちゃんにはまだ早いって〉

〈確かにオーガ窟は初心者ダンジョンだけどお前は初心者以前だからな?〉

〈何分持つか賭けようぜ。俺は5分な〉


 未来だって無謀なのは分かっている。


 だが、リスナーを繋ぎとめるにはなにか新しい事をする必要がある。


 実際、ダンジョン配信を行うと告知を出したら普段の倍以上のリスナーが集まった。


 同接だって維持できている。


 なんだかんだ言って、みんなダンジョン配信が好きなのだ。


 それが分かると、未来は俄然やる気が出てきた。


 今夜のあたしは一味違う!


 絶対に面白い配信にして、登録者数を増やして見せるんだから!


 最初は上手く行っていた。


 初心者ダンジョンというだけあり、一層は大ネズミやスケルトンといった見慣れた雑魚ばかりである。


 装備を新調した事もあり、特に苦戦もしなかった。


〈まぁ当然だな〉

〈やるじゃん〉

〈がんばって!〉

〈スキル上げの成果を見せてやれ!〉


 意地悪なコメントも減り、少しずつだが応援の声が増えて来る。


 そして二層。


 初めて見るネズミ人間みたいなモンスターが現れた。


〈大丈夫! そんなに強くないよ!〉

〈素手がただのコボルト、剣を持ってるのがコボルトウォーリア、弓を持ってるのがコボルトアーチャー。当然だけど、弓は遠距離攻撃してくっから〉

〈囲まれたらヤバいから一匹ずつ誘い出して処理しよう〉


「が、頑張ります!」


 緊張したが、リスナーと協力してなんとか倒す事が出来た。


 気づけば同接が200を超えていた。


 登録者だって30人も増えている。


 やっぱりダンジョン配信は凄い!


 普段の配信とは全然勢いが違う!


 バックパックには未来にとっては大金と言えるようなゴールドと、換金アイテムである宝石が入っている。


 これを売ってお金に変えれば、もっと良い装備が買える。


 ダンジョンの位置を記憶したルーン石や、魔法のスキル上げに必要な秘薬だって買えるだろう。


 魔法が使えるようになれば、【再訪リコール】の呪文を使っていつでもダンジョンまでひとっ飛びだ。


 そしたら手軽にダンジョン配信が出来るようになり、登録者数だってまた増えだすはずだ。


〈そろそろ帰った方がいいんじゃない?〉


 未来もそうするべきだと思ったのだが。


〈ここまで来てそれはないだろ〉

〈オーガ窟攻略なのにオーガと戦ってないじゃん〉

〈ちょっと覗くだけなら大丈夫っしょ〉

〈未来ちゃんのちょっとイイトコ見てみたい!〉


 普段見ないアイコンは新規リスナーの物だろう。


 登録者を増やす為にも、彼らの期待に答えなければと思ってしまった。


 そしてやってきた三層。


 未来は自キャラの倍くらいの背丈を持つ禿げ頭のプロレスラーみたいなモンスターを発見した。


「いました! あれがオーガですね!」


〈あ、それダメ〉

〈それそれ! やっちゃえ!〉

〈あかんて〉

〈OLきたあああああ!〉

〈そいつ狩れたら美味いよ〉


 一気にコメントが流れる。


 未来に分かったのはとにかく盛り上がっているという事だけだ。


「とりゃあああああ!」


 掛け声と共に斬りかかる。


 次の瞬間、丸太みたいな棍棒で殴り返され、ミライのHPが真っ赤になった。


「ふぁ!?」


〈ミリで生きやがったwww〉

〈だから言ったのに!〉

〈OLの洗礼を受けよ!〉

〈未来ちゃん逃げてぇえええええ!〉


「いやああああああ!?」


 言われるまでもなく、未来は脱兎のごとく逃げ出した。


 大急ぎで包帯を巻く。


 ここで死んだら全ロスは確実。


 狩りの成果も折角の盛り上がりも、なにもかもを失う事になる。


 そういうわけで未来は今、悲鳴をあげながらダンジョン内を必死に逃げ回っているのだった。


〈そっちじゃないってwww)

〈未来ちゃんコメント見て! 逆だよ逆!〉

〈無駄にタゲ集めてるだけだしwww こりゃ完全に詰んだなwww〉


「そんな余裕ないですからぁああああああ!?」


 と言いつつチラチラコメントを確認してしまうのが配信者の哀しい習性である。


 間違った方向に進んでいる事は未来も分かっている。


 だが、迷路のような洞窟はどこも同じように見える。


 初見という事もあり、自分が今どこにいるのかも分からない。


 それに、後ろからは大量のオーガロードが肉の壁のように迫ってきている。


 無理に通ろうとすれば一瞬でミンチにされるだろう。


 その先に待つのは確実なる全ロスと、いつ終わるとも知れない野良ヒーラー探しと言う名の虚無時間だ。


(でも、このピンチを切り抜けられたら絶対美味しい!)


 駆け出しとは言え、配信を盛り上げる為に色々勉強している未来である。


 配信者にとってピンチがチャンスである事くらいは未来だってわかっている。


「誰かああ! 誰かいませんか! お願いです! 助けてくださぁあああい!」


 未来は叫んだ。


 AOは数年前の超大型アプデで配信者モードやゲーム内ボイチャを実装している。


 ある程度の範囲なら、未来の声は他のプレイヤーにも届くのだ。


 他にプレイヤーがいればの話だが。


〈残念でしたwww その先はモンスターの湧かない行き止まりだからプレイヤーはいないよ~んwww〉

〈こりゃ死んだな〉

〈諦めないで! 松明外して盾持って突っ込んだらワンチャン回避出来るかも!〉

〈いや無理だろ。こいつ夜目ナイトサイト装備もってないから松明外したら暗くて何も見えないし〉

〈何も見えないは嘘。薄っすら見えるからディスプレイの輝度マックスにすればワンチャンある〉

〈ワザップ乙〉

〈ワザップじゃねぇよ〉


「リスナーさん!? 喧嘩しないでぇえええ!?」


 リスナーの言う通り逃げた先は行き止まりだった。


 地下水脈の終着点で、巨大な地底湖が広がっている。


「そんなぁ……」


 もはやここまでか。


 そう思って諦めかけた時だ。


『……騒がしいな。我が静寂を邪魔する者は誰か』


 画面端の岩陰にメッセージテキストが浮かび上がった。

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