第11話 ギガンテス

「この度は我らが慈愛の聖女、オリビア様との婚姻まことにおめでとうございます」


 旅人たちは一人残らず獣人だった。

 種族こそ雑多なものの、獣の特徴を宿した耳が頭の上でぴこぴこと揺れている。


 獣人たちはオリビアの退任と婚姻について知り、元気な者を選りすぐって王都のスラムから遠路はるばる追いかけてきたらしい。


「スラムの獣人はノミだらけで不潔と噂され、嫌われることが多いのですが、聖女様は嫌な顔一つせずに我らにも回復魔法をかけてくださり……」

「俺の息子の病を治してくれたんだ!」

「母ちゃんを癒してくれたんです」

「骨を折って働けなくなった僕を助けてくれました!」


 お祝いの言葉を届けるためにここまできたとのことだった。


「……恥ずかしながらお祝いの品を用意するほどのお金もなく。我らを公爵領の発展のために使っていただければと思いまして」

「どんな危険な仕事もやります!」

「恩返しさせてください!」

「お給金はいりませんので使ってください!」

「公爵領では獣人差別を許していない。危険な仕事をさせることもなければ金を払わないなどという理不尽も許していない。領民としてならば歓迎しよう」


 ルーカスの言葉に獣人たちから歓声が挙がる。


「元気な者を選りすぐって、と言っていたが、家族はまだ王都にいるのか? 公爵領に呼ぶ気はないか?」

「よ、よろしいのですか!?」

「食い扶持ぶちを自分で稼げるならば、わざわざ離れて暮らす理由もないだろう?」


 ルーカスの言葉は獣人にしろ普通の人間にしろ特別待遇も差別もしないというだけのものだったが、獣人達はそれを聞いて泣き出した。


「王都では仲間が突然いなくなってしまうことも多く、安住の地を探していたのです」

「これでばあちゃんに楽させてやれる……!」

「……馬車と、護衛としての騎士を貸し出そう。その代わり、私とオリビアの結婚式を全力で祝ってくれ」

「ッ! もちろんです!!」


 話がまとまったところでルーカスは部下に獣人達の誘導を任せる。

 宿なしの仕事なしとなれば公爵領にスラムが出来上がるだけなので、最初だけは少し世話をしてやる必要があった。


「公費で家を建てる。獣人を雇い建設させて、完成後は買い取らせる。代官に掛かる費用の概算と適した土地を探すように言伝してくれ」

「はっ!」

「各村の村長たちにも受け入れ可能な世帯数や、人手が不足してないから訊ねる手紙も出せ」

「畏まりました!」


 部下の一部が伝令として出立したところで森が揺れた。

 木をなぎ倒しながら森から姿を覗かせたギガンテスだ。筋肉がミチミチに詰まった青紫の皮膚には大小さまざまな傷があり、黒い血液が滲んでいた。


「ギガンテス! 山から降りてきたのか! ……こいつが森の魔獣たちを追い立てたな!?」


 ギガンテスは手に握っていたホブゴブリンを握りつぶすと雄叫びを上げた。大地を震わす吼声に騎士たちが顔を歪める。


「総員、守備態勢! 領民を守れ!」


 ルーカスはオリビアを抱きかかえてグリフォンに飛び乗った。天を翔けるグリフォンは山岳においてギガンテスをも狩り殺す存在だ。


「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!」


 ギガンテスも予想していなかった強敵の出現に意識を集中させる。森に生えていた樹木を引っこ抜き、あるいは埋まっていた岩石を引っ張り上げて投げ始める。


「KURRRRRRRRR」


 小さく喉を鳴らしたグリフォンは軽快な動作でそれを躱しながらギガンテスに迫っていく。鋭い爪でギガンテスを引っ掛けるように切り裂き、すぐさま上空へと退避。

 憎々しげに顔を歪めるギガンテスだが、どれほど手を伸ばそうとグリフォンまでは届かなかった。

 さすがに単純な腕力勝負では分が悪いが、速度に関してはグリフォンの方がずっと上だ。さらには空中という手が届かない場所を縦横に翔けることができるので、このまま削っていけばグリフォンの勝利は揺るがないだろう。


 が。


「ルーカス様! 大変!」


 オリビアの視線の先、ユニコーンが投石の一つをまともに食らって脚が下敷きになっていた。

 ジャックが何とか石を退かそうとしているが、地面に食い込んだ岩石はピクリとも動かない。

 必死な表情で石を押すジャックをあざ笑うかのようにユニコーンの血が広がっていく。

 ユニコーンが庇ったのか、獣人達に被害はない。

 だが、飛んできた石と重傷のユニコーンをみて半狂乱に陥っていた。


「た、助けてくれ!」

「嫌だ! 死にたくない!」

「逃げろ!」


 蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う獣人たちを見て、ギガンテスがわらった。


「……オリビア、すぐにアレを討伐する。ちょっと危ないかもしれないが、頑張れるか?」

「はいっ!」


 ルーカスは大きく深呼吸してグリフォンの頭を撫で、手綱を操り突撃させる。

 矢のような速度で宙をはしったグリフォンが、鋭いくちばしをギガンテスの胴体にめり込ませた。


 血しぶきを上げてギガンテスが吹き飛ぶが、前足でがっしりと肩を掴み、そのままトドメを刺そうと頭に嘴を振り下ろす。

 ギガンテスも腹部から血を噴き出しながらも全身に力を籠め、グリフォンのくちばしをがっしりと掴んで止めていた。そのまま握り潰すべくギリギリと力を籠める。


 膠着こうちゃく状態に陥るかに見えた両者だが、決定的な違いがあった。


 味方の存在だ。


 グリフォンの背から跳んだルーカスが剣を振り下ろし、ギガンテスの目に突き立てる。

 ギガンテスが絶叫するが、グリフォンが嘴を突っ込もうとしているため咄嗟とっさにルーカスを払いのけることが出来なかった。

 ルーカスの全体重を乗せた刺突はそのまま頭蓋の奥まで到達し、あっさりとギガンテスの命を奪った。


 ギガンテスの身体から力が抜けて倒れる。宙に投げ出されたルーカスをグリフォンが嘴で引っ掛けて自らの背に乗せる。

 喉を鳴らしてえる姿は自らの勝利を誇るかのようだった。


「ルーカス様っ、けがは!?」

「返り血だけだ。それよりもユニコーンを助けてやってくれ」

「うんっ!」


 グリフォンはすぐさま滑空して、ユニコーンの脚を潰した岩を砕いた。同時にルーカスがオリビアを抱いたまま飛び降り、ユニコーンのすぐそばに着地する。

 だらりと口を開けたままのユニコーンに、歯を食いしばったジャックが縋りついていた。


「団長! 奥様! こ、こいつを助けてやってほしいッス! 飛んできた石から獣人を庇って身代わりに……!」

「いますぐ助けるから!」


 魔力が渦巻く。

 聖女として培い、鍛えてきた癒しの魔力が。


「【快癒の慈雨エクストラヒール】!」


 オリビアの身体から溢れた魔力がたくさんの小さな粒となって、雨のように降り注ぐ。魔力の雨粒は意思を持っているかのようにユニコーンの身体に染みていった。潰れた脚が膨らみ、ちぎれた肉が繋がっていく。


「……ふぅ」


 オリビアが息をついた時には、ユニコーンは自らの四肢で立ち、頬をジャックにこすり付けていた。


「ありがどう………ござい、まず……! 無事で良がっだッズ……!」

「ひひんっ! ぶるるぅ! ひひひんっ!」

「オリビア。助かったよ……君が付いてきてくれて良かった」


 ルーカスがオリビアの髪を撫で、優しく抱き留める。

 泣きながらユニコーンを抱きしめるジャックと、慈しむようにジャックの髪をむユニコーンを見て、オリビアのこころに暖かいものが灯った。


「役に立てて良かった」


 オリビアも静かにルーカスを抱きしめ返した。

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