第10話 討伐任務

 オリビアが飼育員として活動を始めてから一週間が経った。


「さて、今日もがんばるよ~!」


 食事や水に祝福を掛け続け、教会の最奥で読んだ書物を頼りに栄養状態や飼育環境を向上させたことで、魔獣たちの様子は一変していた。


「君は体が大きくなってきたねぇ」

「羽根がふわふわになってきたから、そろそろこっちの飼料も追加しよっか」

「好き嫌いせずにこれも食べよ? 角が大きく立派になるはずだから、メスが放っておかなくなるよ!」


 オリビアは、自身が教会で読み漁った資料が第一級の封印図書であることを知らない。

 否、正確には知っていたが、それがどういうことなのかを理解していなかった。


 本来ならば人類の敵として狩るべき存在である魔獣。

 その生態を研究し、あろうことかより強大な存在にする研究は紛うことなく禁忌だ。

 ましてやそれが一目で分かるほどののだから、市井に出回ったものは全て梵書ぼんしょされ、著者が迫害されたり追放されるのも止むなし、というものである。


「ふふふふん。やはりオットー博士はすごいね。このまま行けばこの仔たちも任務でけがすることもなくなるんじゃないかな」


 けがしても治すけど、と内心で付け加えたオリビアは魔獣たちに合わせたブラシを手に取り、丁寧にブラッシングしていく。

 魔獣たちもこの一週間でだいぶ慣れてきたのか、悟りを開いた顔でそれを受け入れている。


「すーはー、すーはー……くんくんっ!」


 途中に奇行が挟まることを除けば害はないのだ。

 ましてやオリビアの工夫によって自らの魔力が高まり、心身ともに強くなっていることを実感している魔獣たちとしては、わざわざ跳ね退けるほどのものでもなかった。




 全員の手入れが終わって伸びをしたところで、厩舎がにわかに騒がしくなる。魔獣たちがそわそわし始めたのだ。

 何事か、と周囲に気を配れば帯剣した騎士団員たちが駆け込んでくるところだった。


 それぞれが自分たちの魔獣にくらあぶみを付け始めたところでルーカスも姿を見せた。


「ルーカス様! これは?」

「緊急出動だ。街道に魔獣の群れが出現したらしい」


 騎士団の一番大きな任務は戦争で他国からの侵略を跳ね退けることだ。

 が、四六時中戦争をしているわけでもないので治安維持任務や領内の警邏けいらなども任務として割り当てられていた。


「すぐ帰ってくるから、安心して待っていてほしい」

「あの、私もついてっちゃダメ?」

「駄目に決まっているだろう。いくらコイツらが強力だとはいえ、野生の魔獣だって凶暴なんだ。相対すればけがすることもある」

「だからこそ行くの! 私がいれば即座にけがを治せるわ!」

「……」


 押し黙ったルーカス。決して機嫌がよさそうにはみえない彼に、ユニコーンにまたがったジャックが近づいて耳打ちした。


「連れてきゃ良いじゃないッスか」

「無責任なことを言うな。けがをしたらどうする?」

「団長のグリフォンに相乗りすれば滅多なことはないッスよ。それに」

「……それに?」

「団長のいいとこ見せるチャンスッスよ。吊り橋効果って知ってるッスか?」

「お前な……知ってはいるが、仕事中だぞ?」


 ルーカスが咎めるような視線を向けるが、置いてけぼりにされているオリビアがさっと近づき、ルーカスにしなだれかかった。

 潤んだ瞳でルーカスを見上げる。


「お願い。むこうではルーカス様の言うこときちんと聞くから」

「団長。これ、断ったら内緒で後を追っかけてくる奴じゃないッスか?」

「そそそそそそんなことしないわよ!? 偶然お出かけして偶然街道に赴いたら偶然魔獣と戦っている騎士団を見つけて偶然加勢することもあるかもしれないけど全部偶然よ!」


 ある種の自白を始めたオリビアを見て、ルーカスは溜息を吐いた。


「……良いだろう。騎士団の強さを見せれば、君も次からは無理に同行せずとも安心して過ごせるだろうしな」

「必要でしたらお嬢様の手足を縛りますか?」

「リズ!? あなたどっちの味方なの!?」

「お嬢様を安全に守ってくれる人の味方です!」

「さすがに縛ったオリビアをグリフォンに乗せるのは絵面えづらが酷いことになりそうだからやめておく。領民に誤解されたくないしな」

「……そうですか」

「なんでリズが残念そうなのよ!? きちんとルーカス様のいうこと聞くってば!」

「じゃあ最初から居残りしてくださいよ……」

「それは嫌!」


 何はともあれ、魔獣たちの準備が整ったので出立することになった。




 公爵領は王国内でも一、二を争う広さを誇る。

 といっても多くは山や森で、良く言えば自然が豊か、悪く言えば田舎だ。


「食料不足か、あるいは別の理由か……時々魔獣が大挙して人の住む領域にやってくることがあるんだ」


 そう説明したルーカスは、オリビアを抱きかかえてグリフォンにまたがると街道に向かった。

 他領との交易に使われる太い道。

 そこかしこに火の手が上がり、魔獣の姿が見えると即座に命令を飛ばす。街道を利用していた旅人たちが襲われていた。

 円陣を組んで防御に徹しているが、魔獣たちの数を考えればジリ貧だろう。


「ジャック! 地上部隊を引きつれて蹴散けちらして来い! 空中部隊は撹乱かくらんしつつ周囲を警戒。飛べる魔獣が隠れている可能性もあるから気を抜くな!」


 騎士団が応じたところでグリフォンが急加速した。


「今から一撃見舞いにいく。オリビアは頭をさげてしっかり掴まっていてくれ」

「はい!」


 風を切り裂くように飛び込んだグリフォンが大きな体躯たいくのトロルに前足を振るう。

 

 ——ドンッッッ!!!!


 地響きのような轟音とともに、グリフォンの何倍も大きなトロルの身体が吹き飛んだ。


「……は?」


 自身も剣を抜いて戦おうとしていたルーカスから気の抜けた声が漏れた。

 グリフォンが天空の覇者と呼ばれる強力な存在とはいえ、一撃でトロルの巨体を吹き飛ばすほどの力はないはずだった。

 地上部隊が追いついて近くにいる魔獣たちに攻撃を仕掛け、ルーカスと同じく感嘆と疑問を浮かべた。

 すなわち。


「おい、水棲馬ケルピーが蹴りで巨鬼オーガの頭を砕いたぞ!?」

「冗談みたいに首から上がすっ飛んだな……」

「ペリュトンがバジリスクを串刺しにしたぞっ!」

「普通ならバジリスクに食われるくらいの魔獣だよな……?」

「が、ガルダ! ダメだ! ナーガは餌じゃないぞ!」

「何で餌扱いなんだよ……」


 鎧袖一触がいしゅういっしょく


 オリビアのお世話によって考えられないほどに強くなった魔獣たちは、紙細工を潰すかのように敵をほふっていた。


 あまりにも一方的な蹂躙劇じゅうりんげきに騎士たちが目を剥いている。

 ルーカスが地上に降りれば、騎士がまたがった剣牙虎サーベルタイガーが狩った魔獣をイソイソと運んでくるところだった。


 丸々と肥えたオークをドスン、と置いてキラキラした瞳でルーカスとオリビアを見つめているのは、おそらく褒めてほしいのだろう。


「……なんでこんなに強くなってるんだ……?」


 戸惑うルーカスをよそにオリビアは満面の笑みだ。


「おー! えらーい! 帰ったらいっぱいブラッシングしてあげるね!」


 ゴロゴロと雷鳴のような音がするのは剣牙虎が喜びに喉を鳴らしているせいだった。

 ものの五分もしないうちに魔獣たちが散り散りになり、街道から姿を消していく。後に残ったのは無傷の鷹獅子グリフォン騎士団と、何が起こったのか理解できずに呆然とする旅人の集団だった。


「とりあえず挨拶くらいはしておくか」


 ルーカスがオリビアを抱きかかえて飛び降りる。

 オリビアが剣牙虎の喉を撫でにいくのを見届けながら旅人の方に向かうと、フードを被ったままの旅人たちが深々と頭をさげるのが見えた。


「この度は危ないところを助けていただき、まことにありがとうございます」

「気にするな。我が領を訪れた者の安寧あんねいを守るのも仕事のうちだ」

「我が領……ということは公爵閣下ですか!?」


 ルーカスが頷くと、旅人たちは次々とフードを取ってひざまずき始めた。


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