月影
白河夜船
月影
ある晩、深更に目覚めたところ、窓から寝間に明々と月の光が射し込んでいた。晩夏である。障子と硝子戸は開けてあり、網戸を通り抜けて涼やかな夜風がさっと私の肌を掠めていった。
右手に、影がある。月光を受けて窓辺のものが、畳に影を落としているのだ。その影の形が妙だった。人なのである。この家に私以外の人間はなく、窓辺に誰かがいるというわけでもない。そも、ここは二階で露台もなく、庭木だって低木しか植わっていないのだから、何かの影が人に見えるということはあり得なかった。
影だけが、ただ忽然とそこにある。
人影は横を向いて端座しており、背を丸め、両手を合わせ、何やら一心に祈り、拝んでいるようだった。なにぶん影のみなので、大人だろうということくらいしか見た目からは判断できない。
私はそれを見詰めながら起き上がりもせず、ぼんやりしていた。眠かったのもあるけれど、あまり怖いと感じなかったからである。影があまり真面目で、ひたむきな様子だったので―――
再び眠りに落ちた後、久しぶりに幼い頃の夢を見た。母方の郷里の家。古い、こじんまりした日本家屋。午後の優しい日溜まりの中、私は縁側で座布団を枕にうとうとしていて、隣室では祖母が仏壇に線香を上げていた。ちーん。と澄んだ金属音が鳴る。数珠を持ち、祖母が
ああ。と気づいた。
道理で怖くないわけである。あれは、あの人影は祖母だった。
月影 白河夜船 @sirakawayohune
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