第36話 避難した先で
カレーを完食した後は、自然学習の一環で映像を見たり話を聞いたりして過ごして、一日目の活動が終わった。
夕食と風呂を済ませると自由時間になった。
「おい、千颯。この際だから全部吐け。相良さんとどこまで進んだ?」
「揉んだのか? あの乳を揉んだのか!?」
血眼になった男達に囲まれた千颯は、ダラダラと汗をかきながら大きく首を振る。
「何もしてない! 本当に何もしてないから!」
回答によっては血祭にされそうな勢いだ。何もしていないと明かしても、クラスメイト達はさらなる追求を重ねた。
「最近、木崎さんともいい感じじゃないか! どうなってやがる!」
「この前は他校の女子とも話していたよな? 髪がふわふわした可愛い子!」
「なんだ? ハーレムでも形成する気か? この下種野郎が!」
「ひいいいっ! 助けて水野~!」
千颯から助けを求められたが、綾斗は穏やかに微笑むばかり。自業自得だ。この件に関しては、助け船を出してやるつもりはない。
綾斗はこちら側に火の粉が飛んで来ないように、気配を消していた。
千颯への追求はしばらく終わりそうにない。騒がしい部屋の中に居続けるのは、どうにも落ち着かなかった。
(静かな場所に行こう)
もみくちゃにされる千颯を横目に、綾斗はそっと部屋を出た。
(さて、どこに行くか)
部屋を出たはいいが、行く宛はない。宿舎の玄関口では、生徒が脱走しないように教師が目を光らせている。その目をかいくぐって外に出ることは不可能だろう。
ちなみに女子部屋に行くというドキドキイベントも叶わない。女子部屋があるのは3階で、エレベーターと階段では教師が目を光らせながら立っている。
とりあえず一階のロビーに向かうことにした。ロビーには自販機があったはずだ。お茶を買いに行くことくらいは許されるだろう。
一階に降りて自販機の隣でお茶を飲んでいると、壁に館内マップが設置されていることに気付く。この宿舎は五階建てで、最上階には屋上があるらしい。
ふと窓から夜空を見上げると、無数の星が瞬いていた。灯りが少ないからだろうか? 都会では見られないような壮大な星空だ。
ぼんやり眺めていると、思いがけない人物から声をかけられる。
「綾人くん、こんなところでどうしたんですか?」
その声にすぐさま反応する。綾斗の後ろでは、体操着姿の
お風呂上がりなのか、アッシュグレーの髪はほんのり濡れている。目の前までやって来ると、ふわりとシャンプーの甘い香りが漂ってきた。いつもより色気のある姿を見て、緊張が走る。
「自販機で飲み物を買いに来ただけだよ」
冷静を装いながら答えると、羽菜は納得したように頷いた。
「一緒ですね。私も飲み物を買いに来ました」
羽菜は自販機に小銭を入れて、綾斗と同じお茶を購入した。キャップを開けると、綾斗の隣に並んで一口含んだ。
すぐに部屋に戻ってしまうかと思いきや、羽菜はその場から動く気配は見せない。
(どうしたんだろう?)
気になっていると、羽菜と目が合った。羽菜はこちらを見上げて少し困ったように笑う。
「実は、部屋で恋バナが始まって、気まずくなって抜け出して来たんです」
その一言で事情を察した。きっと女子部屋でも綾斗達の部屋と似たような状況になっているのだろう。
「俺達の部屋もそうだよ。千颯があれこれ追求されていた」
「こっちでは、雅ちゃんが追求されていましたよ。上手くかわしていましたけど」
「相良さんらしいね」
クラスメイトからの追求をのらりくらりとかわす雅を想像すると、ちょっと笑える。彼女から惚気話を引き出すのは至難の業だ。
「私は雅ちゃんのような上手い返しはできないので、話を振られると困ってしまいます」
羽菜はお茶の入ったペットボトルをペコペコ押しながら、視線を落とす。
「戻りたくないなぁ……」
隣にいなければ聞き取れないほどの小さな声が届く。羽菜の本音を聞けた気がした。
こちらの恋愛事情をあれこれ詮索されたくないという気持ちは分かる。綾斗だって同じだ。部屋から逃げて来たのは、話を振られたくなかったからという理由もある。
「それじゃあ、しばらくは一緒に避難していよっか」
綾斗が提案すると、羽菜は驚いたように目を見開いた。
「いいんですか?」
「うん。部屋に戻りたくないっていうのは、俺も一緒だし」
もう少し一緒にいたいから、というのも理由だけど、そちらは言えそうにない。小心者の自分に呆れながらも、穏やかに笑って見せた。
一緒に時間を潰すことは決まったけど、どこで時間を潰すかまでは決まっていない。この場でお喋りして過ごすという方法もあるが、あまり長居をしていると教師に不審がられるだろう。時間を潰すなら、別の場所に移動した方が良い。
どこに行こうかと考えていると、ふと館内マップが視界に入った。そこで妙案を思いつく。
外は駄目でも、上なら行けるかもしれない。外と違って屋上の警備は手薄の可能性がある。教師に見つかったら怒られるだろうけど、その時はもっともらしい言いわけをすればいい。今は羽菜の曇り顔をなんとかしてあげたかった。
綾斗は、勇気を振り絞って提案する。
「羽菜ちゃん、ちょっとだけ悪いことをしてみる?」
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