第35話 カレーは甘口?

 綾斗あやとたちを乗せたバスは、昼前には宿舎に到着した。二時間弱の長旅で退屈し始めたクラスメイトは、待ちわびたようにバスから降りていく。


 綾斗も流れに従ってバスから降りる。バスから降りると、長閑な山の景色が広がっていた。肌を撫でる風の温度は、都会よりも少し涼しい。自然を前にすると、開放的な気分になった。


「バスで二時間弱だけど随分遠くに来たみたいだね。自然に囲まれていると癒される」

「そうですね。空気も美味しいですし、来て良かったです」


 隣にいる羽菜はなも、ふわりと微笑む。その横顔を見ながら、綾斗は安堵した。


(羽菜ちゃんが楽しそうで良かった)


 色々心配していた宿泊学習だが、幸先は良さそうだ。羽菜にとっても楽しい時間になることを密かに願っていた。




 宿舎に到着してからは、各自部屋に移動して体操服に着替える。着替え終わったら屋外の炊事場に集合し、カレー作りをすることになった。


「それでは班ごとに分かれてカレー作りを始めてください」


 先生から説明を受けた後、各班に分かれて調理に取り掛かる。綾斗たちの班では、みやびがテキパキと指示をした。


「手分けしてパパッと作ろっかー。うちと愛未あいみちゃんと羽菜ちゃんがカレー作りをするから、千颯ちはやくんと水野くんには飯盒炊飯はんごうすいはんをお願いできる?」


「任せとけ!」


 千颯が自信満々に引き受ける。料理に関しては専門外だから、女子チームの指示のもと動くことにした。


 宿舎のスタッフのサポートを受けながら、火起こしをする。飯盒を置いてからは、火加減を見ながら米が炊けるのを待った。


 ふと、カレー作りをする女子チームに視線を向ける。羽菜、雅、愛未の三人は、包丁を握って野菜をカットしていた。


「雅ちゃん、人参ってこのくらいの大きさで大丈夫?」


「うん、ええ感じやな! ……あ、羽菜ちゃんは包丁の扱いが慣れとるんやね。普段から料理してはるん?」


「はい。料理はいつもしています」


 美少女三人が並んで料理をする姿は微笑ましい。思わず見入ってしまった。


「何か、良いよなぁ」


 隣にいた千颯がデレデレと表情を緩めながら話を振ってくる。千颯の視線の先にも、仲良く調理をする三人の姿があった。考えていることは同じらしい。


「分かる」


 何気なく同意すると、千颯は驚いたような目でこちらを凝視した。まじまじと見つめられると居心地が悪くなる。


「なにその目?」


「あ、いや……。水野が同意してくるとは思わなかったから。てっきり『余所見してないで作業に集中して』って注意されると思ったから」


「そう言った方が良かった?」


「そうじゃなくて……」


 千颯は困惑しながら視線を泳がせていたが、しばらくすると吹き出すように笑った。


「ちょっと安心した。水野が案外普通の奴で」


 どうしてそういう反応をされているのか分からない。固まっていると、千颯は笑いながら言葉を続けた。


「水野ってさ、真面目な優等生って感じだから、女子にもあんまり興味がないのかと思ってた」


 過去にも女子からは似たようなことを言われてきたが、男子からも言われるとは思わなかった。一体自分は、どれだけ清廉潔白な人間だと思われているんだ。


「別に、興味がないわけじゃないよ……」


 正直に白状すると、千颯はニマニマとこちらの顔を覗き込む。


「ふーん、恋愛相談ならいつでも乗るよ?」


 妙に勘ぐったような笑顔が腹立たしい。綾斗は笑顔を浮かべながら、申し出を断った。


「遠慮しておくよ。俺、ハーレムルートは狙ってないから」

「ハーレム!?」


*・*・*


 予想していた通り、カレーは完璧な出来栄えだった。野菜は均等にカットされていて、煮崩れもしていない。他の班は水を入れ過ぎてシャバシャバになっていたところもあったが、うちの班のカレーはしっかりとろみがついていた。


「あの班だけ異様にレベル高くね?」

「相良さんのいる班だから納得」

「羨ましすぎる……!」


 他の班からの視線が痛い。何も聞こえなかったふりをして、綾斗はテーブルに着いた。


 全員で「いただきます」の挨拶をしてから食べ始める。カレーの味は、見た目の予想を裏切らない美味しさだった。


 市販のルーを使っているはずなのに、いつもより美味しく感じる。それは外で食べているせいなのか、それとも作り手の力量なのか……。


「うっま! やっぱり雅のカレーは最高!」


 千颯が目を輝かせながらカレーを絶賛する。感想を聞いた雅は、目を細めながら嬉しそうに微笑んだ。


「喜んでもらえて良かった」


 すると千颯の斜め前に座っていた愛未が、わざとらしく頬を膨らませる。


「ねえ、千颯くん。私もカレー作ったんだけど? 人参切ったのは私だよー?」


 怒るというよりは甘えるニュアンスで指摘する。千颯は慌てふためきながら人参を口に入れた。


「んぐ、人参も美味しいよ」

「よろしい」


 お許しを貰ったところで、千颯はホッと胸を撫でおろした。やっぱりハーレムは大変そうだ。


 三人のやりとりを観察していると、羽菜からじーっと見つめられていることに気が付いた。


「どうしたの? 羽菜ちゃん」

「お味はどうかなと思いまして……」


 そこで自分がまだ感想を口にしていないことに気付く。


「すごく美味しいよ。ありがとう」


 素直に感想を伝えると、真顔だった羽菜の表情がふわりと緩んだ。


「良かったです」


 その一言で舞い上がってしまうのだから、やっぱり自分は単純なのかもしれない。


「飯盒炊飯も上手に出来ていますね。ご飯、柔らかくて美味しいです」

「そう言ってもらえると嬉しい。初めてだったけど上手くできて良かった」


 和やかな空気が流れる。穏やかに微笑み合う二人の様子を見ていた雅は、口元に手を添えながらにんまりと笑った。


「こっちは夫婦みたいやなぁ」


 唐突にパワーワードが飛び出して、ギョッとした。いい加減なことを言わないで、と窘めようとしたところ、羽菜は軽く俯きながらギリギリ聞き取れる声量でボソッと呟いた。


「だったら良かったんですけどね……」


 言葉の意味を理解するまでに、数秒の時間を要した。


 前後の文脈を振り返って意味を理解すると、途端に顔が熱くなった。咄嗟に視線を落として顔を隠す。


「おーい、水野ー。大丈夫かー?」


 隣にいる千颯からはスプーンの柄で突かれているけど、しばらくは顔を上げられそうになかった。

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