第25話 優等生の宿命

綾斗あやとくんとは、お友達のままでいられたらと思っています』


 図書館デートで、羽菜はなからはっきりそう告げられた。あまりに殺傷能力の高い言葉を突きつけられて、簡単には立ち直れないほどに落ち込んでいた。


 自宅に戻ってから、綾斗はベッドに倒れこむ。制服から部屋着に着替える気力すら湧かなかった。


 心のどこかで思っていた。この先も友達として関係を続けていけば、いつか恋人に昇格できるチャンスがやって来ると。それがいつになるのかは分からないけど、慎重に事を進めていけばいずれ結ばれると信じていた。


 だけど今日、はっきり友達宣言をされてしまった。これは脈なしと考えるべきなのか?


 思い返してみれば、こういうことは初めてではない。過去にもクラスの女子から似たようなことを言われたことがある。


『水野くんとは、安心して友達でいられる』

『わかる。人畜無害って感じだよね』


 中学時代、女子グループから言われた言葉だ。当時はなぜそんなことを言われたのか分からなかったけど、今思い返してみれば彼女達の言い分も分かる気がする。


 人当たりのいい笑顔を浮かべ、物わかりのいいことだけを言って、下心を表に出さない。そんな人間を装ってきたから、無害認定されたのだろう。


 要するに、男として見られていないのだ。男友達としては安心だけど、恋人にするには物足りない。だから高二になるまで恋愛とは縁がなかったのだろう。


 羽菜にとっても自分はただの友達で、恋人に昇格できるような存在ではない。そう結論付けると、地獄の底まで落ちていきそうだった。


「どうしたらいいんだろうな……」


 深く溜息をつきながら、今後の身の振り方を考えていた。


*・*・*


 翌朝。日直の仕事をこなすため、いつもより早く学校に到着した。教室に入ると、日直のペアである相良さがらみやびが既に到着していた。


「おはよう。水野くん」

「うん、おはよう」

「今日はえらい元気なさそうやなぁ」


 またしても心を読まれてしまった。綾斗は急いで笑顔を取り繕う。


「そんなことないよ。いつも通りだよ」

「ふーん」


 疑いの眼差しで見られていたが、綾斗は気付かないふりをして鞄を置いた。


「それより早く日直の仕事を終わらせよう」

「そやなぁ」


 綾斗は黒板の掃除をする。その間に、雅は教室の窓を開けて空気の入れ替えをしていた。しんと静まり返った教室で黙々と仕事をしていると、雅が何気なく話を振ってきた。


「そういえば、もうすぐ宿泊学習やなぁ。水野くんは誰と班を組むか決めたん?」


 その言葉で、記憶の底に追いやられたイベントのことを思い出した。


「あー、まだ決めてないや」


「そうなんやぁ。きっと水野くんはあちこちから声がかかるんやろなぁ。しっかり者やし、同じ班にいるだけで安心感がある」


「うーん、どうだろう? だけど班を組んだら問答無用で班長を押し付けられそうな気はする」


「そやろなぁ」


「まあ、それは相良さんも一緒か」


 綾斗が指摘をすると、雅は苦笑いを浮かべた。雅も班長を押し付けられることはある程度予想しているのだろう。


 綾斗と雅は性別の違いこそあれど、クラス内での立ち位置は少し似ている。クラスメイトと分け隔てなくコミュニケーションが取れる真面目な優等生。クラス内では、そう認識されていた。


 お互いクラス委員という一番面倒なポジションは逃れられたが、イベント事では何かと面倒な役割を押し付けられがちだ。


「班長になること自体は嫌じゃないけど、面倒ごとを丸投げされるのは嫌だよね」


 雅なら分かってくれるだろうと予想して、普段は口にしないような毒を吐いてみる。すると雅は、思いのほか大袈裟に反応を示した。


「それ分かるわぁ。頼りにされるのは嬉しいんやけど、丸投げされるのはかなわんわぁ」


 普段は本音を隠す雅も、この時ばかりは賛同してくれた。やっぱり考えていることは同じだった。


 すると雅は、何かを思いついたようにぽんと手を叩く。


「ほんならこうしよかぁ。うちと水野くんが同じ班になる。そしたら仕事を丸投げされることもない」


 その発想はなかった。確かにそれなら負担は軽くなる。雅も綾斗も、班長に仕事を丸投げするタイプではないから、分担すれば準備も楽になる。


「それ、いいかもね」

「ほな、そうしよかぁ」


 雅は交渉成立と言わんばかりに、にんまりと笑う。なかなかに策士だな、と感心してしまった。


 そんな中、羽菜のことを思い出す。羽菜が班決めであぶれてしまう展開はどうにか回避したい。綾斗は思い切って、雅に相談をしてみることにした。


「あのさ、班決めの時に白鳥羽菜さんを誘ってあげてくれないかな?」


 他人行儀な呼び方になっているのは、羽菜との関係を勘ぐられないためだ。あくまでクラスに馴染めていない女子を気に掛けているトーンでお願いをしてみる。


「白鳥さん? 別にかまへんけど」


 予想していた通り、雅は躊躇う素振りを見せずに引き受けてくれた。その優しさに甘えて、もう少し踏み込んだお願いもしてみる。


「宿泊学習だけじゃなくてさ、教室でも気にかけてあげて欲しいんだ。まだあんまり、クラスに馴染めていないようだから」


 こんなのはお節介かもしれない。だけど、放っておけなかった。


 きっと雅のことだから快く引き受けてくれるだろうと予想していたが、彼女の反応は予想とは少し違った。雅は困ったように眉を下げる。


「なんや、またそういうお願いかぁ……」


 小さく溜息をついてから視線を落とす。


「悪いけど、で白鳥さんと仲良くすることはできひん」


 まさか断られるとは思っていなかったから驚いた。だけど雅の言葉は、それだけでは終わらなかった。


「うちはうちの意思で、白鳥さんと友達になる」


 そう宣言する彼女の笑顔は、窓から差し込む朝日と同じくらい眩しかった。

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