第18話 鍵

 これ以上この場所にいたら理性が崩壊すると判断した綾斗あやとは、急いでソファーから立ち上がる。そして椅子に置かれた鞄を掴んだ。


「今日は色々ありがとう。もう遅いし帰るよ」

「そうですね。こちらこそ、来ていただいてありがとうございます」


 ソファーに腰掛けながらお礼を告げた羽菜はなだったが、不意に何かを思い出したかのように「あ……」と声を漏らした。


「化学の試験に役立つ問題集、お貸ししましょうか?」

「いいの? 貸してもらえると助かるけど」

「構いません。私の鞄の中に入っているので取っていいですよ」


 そう言いながら、羽菜は綾斗のすぐ隣にあるスクールバックを指さす。他人の鞄を覗くのは気が引けたが、わざわざ取ってもらうのも手間な気がしたため、自分で鞄を覗いた。


 幸い化学の問題集はすぐに見つかった。……が、鞄から取り出したとき、何かが一緒に飛び出した。


 カランと金属音が床に響く。鞄から出てきたのは鍵だった。


 それを拾おうとした時、ソファーに腰掛けていた羽菜が飛んできた。そして急いで鍵を拾い上げる。


「それ……」

「家の鍵です」


 綾斗が尋ねる前に羽菜が答えた。羽菜は真面目な表情を浮かべているが、どこか焦っているようにも見えた。


 それから羽菜はリビングの扉を開ける。


「お見送りします。今日はありがとうございました」


 これ以上、鍵のことを追求されることを恐れているようにも見えた。気にはなったが、綾斗は何にも気付いていないかのように装った。


「うん。ありがとう」


 綾斗は笑顔を浮かべながら玄関に向かった。


「じゃあね、羽菜ちゃん。また明日」

「はい。また明日」


 小さく手を振る綾斗とは対照的に、羽菜はぎゅっと手を握りながら強張った表情で挨拶をした。


 綾斗はこっそり羽菜の右手を伺う。あの手の中には、鍵が入っている。

 だけどそれ以上追及することはせず、綾斗は羽菜の家を後にした。


*・*・*


 街頭に照らされた住宅街を歩きながら綾斗は考える。


 先ほど見た鍵は、恐らく家の鍵ではない。マンションに入った時、羽菜はカードキーで鍵を開けていたからだ。カードキーと普通の鍵を両方持ち歩いているとは考えにくい。


 それに、あの鍵にはプラスチックのタグが付いていた。恐らくアレはどこの鍵か判別するためのものだろう。


 タグに書かれた文字までは読み取れなかったが、自宅用であればあのように管理することはまずないだろう。


 そこまで想像して、綾斗はひとつの可能性に気付く。


 多分、アレは学校の鍵だ。自習室や図書室の鍵も、さっき見た鍵のようにプラスチックのタグが付けられていた。


 自習室の鍵をうっかり持ち帰ってしまったのではとも考えたが、すぐに違うと気付く。自習室のタグとは明らかに色が異なっていた。


 綾斗は妙な胸騒ぎを覚える。思わず立ち止まり、羽菜のマンションを見上げた。


 戻ったほうが良いのかもしれない。そう感じながらも、その考えをすぐに否定をした。


(そんなことあるはずがない……)


 綾斗はそう言い聞かせながら、駅までの道を歩いた。


*・*・*


 翌日、羽菜はいつも通り学校に登校していた。学校に来てからも、いつも通り真面目に授業を受けて、休み時間には本を読んでいた。


 何度か綾斗と目が合うタイミングはあったが、うやうやしく逸らされた。


 昼休みになり、羽菜に声をかけようとしたところで、クラスメイトの男子から肩を組まれる。


「水野、学食行こうぜ」


 彼の後ろにはいつも親しくしている男子がいる。これもいつもの光景だ。


 綾斗はちらっと羽菜の様子を伺う。羽菜はすでに自分の机でお弁当を広げていた。今日はお昼のお誘いはなさそうだと判断して、綾斗はクラスメイトの誘いに乗った。


「うん。行こうか」


◇◇◇


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作品ページ

https://kakuyomu.jp/works/16817330662880922417

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