第14話 勘違いしてはいけない

 その後もいくつかアトラクションに乗ってから、二人は遊園地を後にした。人の密集した室内から外に出た時は、ようやくまともな空気を吸えた気がした。


 人混みに酔った状態で満員電車に乗るのはキツイという話になり、二人は海岸沿いの公園で一休みする。目の前には東京湾とレインボーブリッジが広がっていた。


 夜になったら橋がライトアップされて綺麗なのだろうけど、日没前の時間帯では真っ白な橋が海にかかっているだけだ。それでも夕日に照らされる大都会の景色は、センチメンタルになってしまうほどに綺麗だった。


 隣に座る羽菜はなは、オレンジ色に反射する水面を見つめている。その横顔は、目の前の景色よりも美しく思えた。


 こっそり見つめていたつもりだったけど、羽菜に気付かれてしまった。


「どうしました?」

「いや、なんでもないよ」


 綾斗あやとが笑って見せると、羽菜は「そうですか……」と小さく呟いた。


「脱出ゲーム、楽しかったですね」


 不意に羽菜が話題を出す。その話題に綾斗も乗っかった。


「楽しかったけど、よく考えるとアレは悲しいストーリーだったのかもね」

「どういうことです?」


 羽菜は目をぱちくりさせながら綾斗を見つめる。気付いていない様子の羽菜に、自分なりの考察を伝えた。


「たぶんエミリーは、もう死んでるんだよ……」


 そこまで伝えると。羽菜は「あ……」と声を漏らす。表立っては語られていなかった真実に気付いたようだ。説明は不要かとも思われたが、綾斗は自分なりの考察を羽菜に伝えた。


「もしあの屋敷にエミリーがいるなら、見ず知らずの客人を子供部屋に案内したりしない。屋敷自体もあんなに不気味な雰囲気にはなっていなかったはずだ。それに、俺たちがあの屋敷に閉じ込められたのは、死者蘇生の生贄として捧げられるためだったよね。たぶん、エイダが復活させたかったのは……」


「亡くなった愛娘、エミリーだったんですね」


 やはり説明するまでもなく、羽菜は分かっていた。物語の結末を知ると、透き通った瞳に影が差した。


 余計なことを言ってしまったと内心焦っていると、羽菜は小さな声でぽつりと呟いた。


「もし、そうだとしたら、エミリーは幸せ者ですね……」

「え?」


 幸せ者という感想は予想外だった。幼くして亡くなったことを考えると、むしろ不幸だろう。戸惑いを浮かべる綾斗に、羽菜は語った。


「人はいつか死にます。死んだ後も誰かから必要とされるなんて、幸せなことじゃないですか」


 羽菜は目を細め、夕焼け空を見つめている。その横顔は、どこか儚げだった。


「つまり蘇生させたいと思われるほど、深く愛されていたエミリーは幸せだったと?」

「そういうことです」


 綾斗はようやく理解した。


(なるほど。そういう見方もあるのか)


 他人を巻き込んでまで娘を復活させようとするエイダは、なかなかにクレイジーだけど、エミリー視点から見れば一概に不幸とは言い切れないのかもしれない。


 自分とは違った感性を持つ羽菜に感心していた。

 すると、いままで遠くを見つめていた羽菜が、不意に視線を合わせる。


「綾斗くん、今日はハグしなくていいんですか?」


 突然の言葉に綾斗は固まる。ハグのことなんて、いまのいままですっかり忘れていた。なにより、羽菜の方からそんな申し出をしてくれるとは思わなかった。


 周囲に視線を向ける。タイミングよく、周りには人がいなかった。


 人目につかない場所でするという条件は揃っている。だけど綾斗は、気恥ずかしさから首を横に振った。


「今日は大丈夫だよ。羽菜ちゃんにはたくさんお世話になったし、それ以上甘えるのはね……」

「そうですか……」


 羽菜は真顔のまま視線を落とした。そのまま沈黙が続く。

 そこでふと気づいた。


(あれ? もしかして羽菜ちゃんの方がハグしたがってる?)


 思い上がりも甚だしいと恥ずかしくなったが、目の前で黙り込む羽菜を見ているとそんな気がしてきた。


 綾斗だってハグがしたくないわけではない。むしろしたい。さっきだって、ただ遠慮をしただけだ。


 遠慮が無用なら、しない理由はない。綾斗は静かに微笑みながら羽菜を見つめた。


「さっきのは嘘。本当はしたい」


 本音を伝えると、羽菜は目を丸くしながら綾斗を見つめる。それからくすっと笑った。


「仕方がないですね」


 呆れたようにそう告げると、羽菜は両手を伸ばし、細い腕を背中に回した。


 羽菜は綾斗の胸元に体重を預ける。触れている部分から、温かくて柔らかい感触が伝わった。それだけで幸せな気分になった。


 ふと、羽菜からいつもとは違った香りがすることに気が付いた。いつもはシャンプーの香りだけど、今日はフローラル調の甘い香りが漂ってくる。


 もしかしたら香水をつけているのかもしれない。自分のために付けて来てくれたのかなんて妄想したが、すぐに自意識過剰だと否定した。


 それにしても、この状況はどうにも誤解してしまいそうになる。クラスの女の子と学校の外で待ち合わせをして、一緒に遊園地に行って、帰り際にハグをする。状況だけで考えると、恋人同士の振る舞いだった。


 だけど勘違いしてはいけない。羽菜はあくまで友達だ。


 別に羽菜は自分のことを好きなわけではない。きっと屋上で飛び降りかけた可哀そうなクラスメイトに同情しているだけだろう。


 心の中で何度も自惚れるなと念じながら、羽菜から離れた。


「ありがとう。羽菜ちゃんのおかげで明日も頑張れそうだよ」


 浮ついた心を追い払いながら、綾斗は笑顔を浮かべる。


 これはあくまで疲れた心を癒すリラクゼーションの一環に過ぎない。マッサージとかそういう類と同じだ。特別な感情は抱いてはいけない。


 綾斗がお礼を伝えると、羽菜は頬を緩ませた。


「なら、よかったです」


 それから羽菜はベンチから立ち上がる。


「帰りましょうか」

「うん、そうだね」


 恋人と呼ぶには少しぎこちない距離感で、二人は並んで歩き出した。


◇◇◇


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作品ページ

https://kakuyomu.jp/works/16817330662880922417

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