第13話 リアル脱出ゲーム②

 ピアノを奏でた瞬間、ガチャっと鍵の開く音がした。綾斗あやとは入り口のドアを引いてみるが、扉は閉まったままだった。どうやら入口の鍵が開いたわけではないらしい。


 すると、羽菜はながパタパタと部屋の壁際に駆け寄った。壁をそっと触れながら呟く。


「昔、洋館が舞台の小説で読んだことがあります。貴族のお部屋には、隠し扉があるんです」

「隠し扉?」

「はい。たとえば本棚の裏とかに」


 羽菜が本棚の押すと、棚と思われた部分が回転し、隠し通路が現われた。


「開きました!」


 羽菜は目を輝かせながら興奮気味で訴える。その姿を見ると、綾斗まで嬉しくなった。


「やったね! これで脱出成功かな?」

「いえ、まだ外ではありません。通路の先に階段があります。降りてみましょう」


 羽菜の表情にはもう恐怖は滲んでいない。恐怖心よりも好奇心が勝ったのか、羽菜は真顔でずんずんと進んでいった。綾斗はその後を追いかける。


 階段を降りると、扉が現われた。ドアノブに手をかけて開けようとしたが、ここも鍵がかかっていた。よく見ると、5桁のパスワードを入れる場所がある。鍵のダイアルに刻まれているのは。数字ではなくローマ字だ。


 恐らくパスワードを入れれば扉が開くのだろう。すると羽菜が何かに気付いたかのように叫ぶ。


「綾斗くん、見てください! 壁に女の子が描かれた肖像画があります。作品名には『一番の宝物』って書かれています。これがヒントなのでは?」

「そうかも」


 綾斗は考える。女の子が描かれた肖像画に、一番の宝物。恐らく先ほどの部屋で見た絵日記と何か関連があると思われる。


(この女の子の宝物ということか? これまでの流れを考えるとピアノとか?)


 試しに『PIANO』にダイアルを合わせてみたが、鍵は開かなかった。


 羽菜は唇に指を添えながらじっと肖像画を見つめている。きっと頭をフル回転させているのだろう。


 その時、ジリリリッーーーーー、とベルの音が響いた。その直後、初めに現れたエイダの声が聞こえた。


「儀式の準備が整いました。あと1分で部屋に入ります」


 どうやらご丁寧にタイムリミットを知らせてくれたらしい。とはいえ、残り時間があと1分というのは絶望的だ。1分でこの謎を解き明かさなければならないなんて。


 綾斗はもう一度肖像画を見る。すると、ある可能性に気付いた。


「これって、この女の子にとっての宝物って意味ではないのかも……」

「どういうことです?」

「もしかしたらエイダにとっての宝物なのかも……」

「それってもしかして……」

「「エミリー」」


 二人の声が揃った。それは絵日記の持ち主で、肖像画に描かれた女の子の名前だ。おそらくエイダの娘なのだろう。


「羽菜ちゃん、ケーキのプレートに書かれていたエミリーの綴りって覚えてる?」

「たしか、EMILYです!」


 綾斗は震える手でダイヤルを合わせる。すると見事に鍵が開いた。

 扉を開くと、明るい景色が広がっていた。


「おめでとうございます! 脱出成功です!」


 スタッフの明るい声が響く。その瞬間、達成感に包まれた。


「やったね、羽菜ちゃん! 脱出できた!」

「はい! やりましたね!」


 感極まって、思わず羽菜と手を取り合って笑っていた。一通り喜びを分かち合った後、羽菜は綾斗の瞳を覗き込みながらふわりと微笑んだ。


「綾斗くん、やっと心から笑ってくれましたね」


 その言葉で、自分が作り笑いではない心からの笑顔を浮かべていたことに気付いた。同時に、ここに来るまでの羽菜の行動原理が理解できた。


「もしかして、羽菜ちゃんは俺を笑わせようとしていたの?」


 綾斗の問いかけに、羽菜はこくりと頷く。


「綾斗くんの本当の笑顔が見たかったので」


 胸の奥がジンと熱くなる。まさか羽菜が自分のためにここまでしてくれるとは思わなかった。


 わざわざ今日のプランを立て、綾斗を楽しませるために一生懸命案内してくれた羽菜。真っ赤になりながらもメイド服を着ていたのも、全部綾斗を笑わせるためだったのだろう。


 その労力を想像すると堪らなくなった。目の前で微笑む羽菜がいままで以上に可愛く思える。


 嬉しさのあまり思わず抱きしめたい衝動に駆られたが、こんな人目に付く場所でするのはルール違反だ。衝動を抑えながら、心からのお礼を伝えた。


「ありがとう、羽菜ちゃん」


 正直に伝えると、羽菜は恥ずかしそうに視線を逸らした。


「は、はい。どういたしまして……」


 真っ赤になって照れる羽菜も、やっぱり可愛かった。

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