第12話 リアル脱出ゲーム①

「次はこれをやってみましょう」


 コスプレ撮影会の後に連れて来られたのは、『生贄の館』というアトラクションだ。謎を解いて脱出を試みる体験型のゲームらしい。


「リアル脱出ゲームって存在は知っていたけど、実際に体験するのは初めてだな」

「私もです。脱出できるといいですね」

「だね」


 こういう頭を使うゲームは嫌いじゃない。それはきっと羽菜はなも同じだろう。そこそこ楽しめそうだなと思った矢先、入り口の物々しい雰囲気を前にして羽菜の顔が強張った。


「なんだかお化け屋敷みたいですね……」


 羽菜は怯えるように綾斗あやとの後ろに隠れる。このリアル脱出ゲームは古い洋館をモチーフにしているらしく、お化け屋敷のような薄気味悪さがあった。


「羽菜ちゃんはお化け屋敷は苦手なの?」

「いえ、そんなことはありませんよ」


 真顔で否定しているが、綾斗の服にしがみつきながら歩いている様子から怖がっているのが見てとれた。


「怖いならやめとく?」

「大丈夫です。行きましょう」


 羽菜は真顔で頷く。心配ではあったが、ここは羽菜の言葉を信じることにした。


 スタッフから注意事項を告げられた後、二人はモニターのある薄暗い部屋に通された。すると、この脱出ゲームの設定が紹介される。


『嵐の夜、森に迷い込んだ旅人は古びた洋館を発見した。一晩雨風を凌がせてもらうため、洋館を訪ねたが……』


 スピーカーから雨の音が流れる。ゴロゴロピシャーンと雷の音が響くと、ビクッと二人の身体が跳びはねた。


 説明が終わると、目の前の扉が開く。恐らくここが洋館の入り口という設定なのだろう。


 扉が開くと、西洋風のドレスをまとった女性が現われた。メイクのせいか、女性の顔はやけに青白い。羽菜も顔を青くして怯えていた。


 すると女性は芝居がかった口調で話し始める。


「ようこそ、旅人さん。私は屋敷の主、エイダと申します。この嵐では森を抜けるのも大変でしょう。一晩、屋敷でお休みください」


 エイダと名乗った女性に促されるまま、綾斗たちは部屋に案内された。


 部屋の中には、古びた天蓋付きベッド、ピアノ、机、本棚などが置かれている。壁には子供が描いたような絵が飾られていた。恐らくここは子供部屋という設定なのだろう。


 綾斗と羽菜が部屋の中を見渡していると、部屋の入口に居たエイダが話し始めた。


「こちらの子供部屋をお使いください。生贄として捧げられるその日まで……」

「は?」


 突然飛び出した生贄というワードに綾斗が反応すると、エイダはにやりと不敵に微笑みながら告げる。


「あなた方は今晩、死者蘇生ための生贄に捧げられます。儀式の準備を終えた15分後にまたここにやってくるので、大人しく待っているように。逃げ出そうとしても無駄ですよ。入口には鍵をかけておきますからね。フフフっ」


 芝居がかった口調のエイダを見て、綾斗はこの物語の概要を理解した。


(なるほど、生贄として捧げられる前にここから脱出すればいいのか)


 冷静に分析していると、エイダは部屋から出ていった。そしてガチャンと鍵の閉まる音が響いた。


「始まったみたいだね。さっそく手掛かりとなるものを探そうか」

「は、はい!」


 羽菜はいまだにビクビクしながら、綾斗の服の裾を掴んでいた。


 羽菜に袖を掴まれながら、部屋の中を捜索する。机の上を調べていると、一冊のノートを見つけた。表紙には「Diaryダイアリー」と記されている。中を開くと、子供が描いたような絵日記が綴られていた。


「これ、ヒントかもしれないね」

「そ、そうですね」


 羽菜も恐る恐る絵日記を覗きこむ。ヒントと思われる絵日記には3枚のページがあり、1枚目はテーブルで母親と娘がケーキを囲んでいる絵だった。


 母親は先ほど対面したエイダとどことなく雰囲気が似ている。そして親子の背後にはクリスマスツリーが飾られていた。


 さらに絵の上部には、子どものような筆跡で『とくべつな日はわすれてはいけない』と書かれている。


「なんだろこれ。クリスマスの絵かな?」


 綾斗が呟くと、羽菜もじっくり絵日記を見つめる。すると何かに気付いたかのように「あ……」と声を上げた。


「よく見ると、ケーキのプレートに『HAPPY BIRTHDAY EMILY』って書いてありますよ」

「あ、本当だ。それじゃあクリスマスが誕生日ってこと?」

「そうなのかもしれないですね」


 一つの手がかりを掴めたような気がするが、それをどう活かせばいいのか分からない。綾斗は再び部屋の中を捜索した。


 机の引き出しを開けると、手のひらサイズの小さな宝箱を発見した。


「宝箱だ」

「本当ですね。でも、鍵がかかっていますね……」


 宝箱には、四桁の暗証番号を入れると開く鍵がかかっていた。


「もしかして、さっきの絵日記が暗号のヒントになっているんじゃ……」

「ということは、ここに入れる4桁の数字は」

「1225!」


 1225で番号を合わせると鍵が開いた。宝箱の中には、古びた鍵が入っていた。


「この鍵で脱出するのかな? 入口のドアを開けて」

「さすがに入り口から堂々と出て行ったらバレませんか?」


 羽菜の言うことはもっともだ。試しに入り口の扉に向かってみたが鍵穴はなかった。もしかしたらどこかに隠し扉があるのかもしれない。


 綾斗が扉らしきものを探しているうちに、羽菜は2枚目の絵日記を解読する。


「女の子がピアノを弾いている絵です。絵の上には『ピアノをひくと、ひみつのとびらがひらく』と書かれてます」

「ピアノか……」


 ピアノならこの部屋にもあるが、蓋が閉まっていて開かなかった。

 すると、羽菜が鍵とピアノを見比べながら「あ!」と声を上げる。


「この鍵、ピアノの鍵かもしれません」

「ピアノの鍵?」


 ピアノを観察すると、蓋の部分に鍵穴があった。


「あったよ、鍵穴!」


 羽菜が近付き鍵を差し込むと、思った通りピアノの蓋が開いた。羽菜は「やった!」と言いながら明るい声を上げた。


 本物かと思われていたピアノだったが、蓋を開けてみると鍵盤部分がタッチパネルになっていた。試しに鍵盤に触れてみると、電子的なピアノの音が響く。


 しかし鍵盤に触れただけでは何も起こらない。そこで羽菜が3枚目の絵日記を見た。


「いくつかの絵の上に数字が書かれています。人形、葡萄、炎、蟹……。それぞれの絵の上には1、2、1、2と書かれています」

「絵と数字に謎が隠されてそうだね」


 4つの絵には関連はないように思える。恐らく絵と数字セットでひとつの意味を成しているのだろう。


 隣をチラッと伺うと、羽菜は指先で唇に触れながら考え込んでいる。その姿を見て、綾斗も考えた。


(人形と1、葡萄と2、人形……人形……ドール……グレープ……)


 そこで綾斗はひらめいた。


「これ、全部英語に変換するんじゃない?」

「英語ですか?」

「うん。ドール、グレープ、ファイヤー、クラブって感じに」

「なるほど……。では数字の意味は?」

「たぶんカタカナ表記した時の文字の順番を示しているんじゃないかな? ドールと1ならド、グレープと2ならレって感じで」

「あ! それって音階なのでは?」

「きっとそうだよ!」

「つまりこの暗号が意味するのは、ド、レ、ファ、ラですね!」


 羽菜は再び表情を明るくする。そして鍵盤に触れてピアノの音を響かせた。ド、レ、ファ、ラと奏でた瞬間、ガチャっとどこかの鍵が開く音がした。二人は顔を見合わせる。


「いま、開きましたね……」

「開いたね……」

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