第11話 コスプレの館
入口にはサンプルを思われる写真が飾られている。メイド、アリス、赤ずきん、魔女……。童話の世界に登場するような可愛らしい衣装が揃っていた。
この場所に連れてきたということは、やることはひとつだろう。
アトラクション内に連れて行かれると、
「着替えてくるので、綾斗くんはここで待っていてください」
(やっぱりそうなるよな……)
予想通りの展開になって、綾斗は苦笑いを浮かべる。
「うん、行ってらっしゃい」
綾斗はひらひらと手を振りながら、羽菜を見送る。ひとまずは自分までコスプレを強要される事態にはならずに安心した。
周囲を見渡すと、綾斗と同じく暇を持て余している男性陣がいる。きっと彼らも彼女に連れて来られたのだろう。もしくは彼氏の方からリクエストした可能性もあるが、その辺の事情は分からない。
綾斗は時間を潰すため、スマホを取り出してソシャゲを始めた。
*・*・*
しばらくすると、羽菜がおずおずと戻ってきた。メイド服を着ている。
黒のワンピースに白いフリルのエプロンといった王道のメイド服。スカートは膝丈でカットされ、裾がゆらゆらと揺れていた。
「ど……どうでしょう?」
羽菜は真っ赤な顔をしながら感想を求める。そんなに恥ずかしいなら着なければいいのにと思ったが、口には出さずにいた。代わりに無難な賞賛をする。
「うん。可愛いよ」
笑顔を浮かべながらそう伝えると、羽菜は真っ赤な顔でプルプルと震えた。
「……なんだか気を遣われている気がします」
「そんなことは」
「そんなことあります! だって綾斗くん、いつもと同じように笑っているじゃないですか! 余裕だってある」
それから羽菜は、隣のカップルに視線を送る。
「ほら、あの彼氏さんの反応を見てください」
羽菜につられて隣のカップルに視線を送ると、彼氏と思われる男はデレデレとした表情でアリスの格好をした女の子を愛でていた。「可愛い、可愛い」と連呼しながら。まさに溺愛だ。
ああいうリアクションを期待されても困る。あれは彼氏彼女という関係性が成り立っているからこそできる行動だろう。付き合っているわけでもない綾斗が、あそこまで賞賛するのはちょっとおかしい。
とはいえ、可愛いと感じたのは事実だ。真っ赤な顔をしながら上目遣いをする美少女メイドは、誰が見ても可愛いと評価するだろう。
そして左目の下にある泣きぼくろが薄幸そうな雰囲気を醸し出していて……なんというか、絶妙にエロい。過度な露出をしているわけではないのに、そう思わせるのはメイドという立場がそう連想させているのかもしれない。
さすがに女の子を前にしてそんな感想を伝えるわけもいかず苦笑いを浮かべていると、羽菜は再びスマホを取り出した。
「メイドもバツっと」
またメモをしている。
別にメイドが駄目というわけではない。ただ綾斗にはあまり刺さらなかったというだけだ。
メイドとかナースとかバニーガールなんていうものは、リアリティがなさ過ぎてあまりそそられない。せっかくコスプレをするなら、もう少し現実味のあるものにしてほしかった。たとえばそう、スクール水着とか……。
もちろんそんなアダルトな妄想を掻き立てる衣装が、この場に用意されているとは思っていない。むしろあったら大問題だ。公序良俗に反する。
羽菜には絶対に晒せない煩悩に支配されていると、不服そうなメイドは撮影スペースに向かった。
「せっかくなので、写真撮ってもらってきます」
その後ろ姿を見て、綾斗は申し訳なさを感じた。
自分が良いリアクションを取れなかったせいで、羽菜をがっかりさせてしまった。そう考えると、罪悪感に苛まれた。
それから綾斗も羽菜の撮影を見学する。カメラマンからは一緒に写るように指示されたけど、丁重にお断りした。
撮影中の羽菜の表情はぎこちなかったが、カメラマンがポーズを指示してくれたおかげで滞りなく撮影が終了した。
羽菜は出来上がった写真を受け取ると、そのまま綾斗に差し出す。
「綾斗くんにあげます」
「え?」
唐突に写真を渡されて、綾斗は焦る。
「せっかくの記念なんだし、羽菜ちゃんが持っていたら?」
「いえ、自分で見返すことはないので不要です。いらないなら、捨ててください」
「捨てやしないけど……」
捨てるというワードが出て、返すに返せない状況になる。ここで拒んだら、余計に羽菜を傷つけてしまうだろう。
「それじゃあ、有難くいただいておくよ」
綾斗は写真を受け取って鞄にしまった。同時にこんな写真をホイホイ男に渡してしまう羽菜の価値観が少し心配になった。
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