第15話 私の家で勉強しませんか?
月曜日の放課後。
屋上の扉には、立ち入り禁止の張り紙が貼られている。そして扉の開閉部にはテープが貼られていた。
テープで封鎖するなんて物理的な方法を取っていることから、まだ鍵は見つかっていないと推測できる。きっと先生方も気が気じゃないだろう。
とはいえ、屋上の鍵のことをいつまでも気にしているのは綾斗くらいだ。クラスメイトはそんな事件なんてすっかり忘れて、別の話題で盛り上がっていた。
こんな風に小さなことをいつまでも気にしてしまう自分の性質に呆れながらも、綾斗は屋上を後にした。
それから綾斗は自習室に向かう。中間テストが控えていることもあり、勉強しておきたかった。
しかし自習室に入った瞬間、綾斗は落胆した。先週までは数人しか利用していなかった自習室も、中間テストが近付いていることもあり、席が埋まりそうなほどに混んでいた。
(こんなに人がいたら、集中できないだろうな)
諦めて帰ろうとした時、奥の席に座っていた
羽菜は綾斗の存在に気付くと、こちらに近付いてくる。
「綾斗くんもお勉強ですか?」
「そのつもりだったけど、今日は混んでるから家で勉強するよ」
「たしかに今週から一気に人が増えましたね」
自習室常連の羽菜が言うのだから間違いないだろう。テスト前だから仕方ないのだけど。
「そういうことだから、俺は帰るね」
そう言って立ち去ろうとすると、羽菜にシャツの袖を掴まれた。
「待ってください」
「ん?」
「良かったら、一緒に勉強しませんか? 私の家で」
綾斗は固まる。まさかそんな提案がされるとは思わなかった。
羽菜は真面目な表情で綾斗を見つめていた。
*・*・*
「本当にお邪魔していいの?」
電車を乗り継いで羽菜の自宅までやってきた。マンションの下まで辿り着いてから、綾斗は最終確認を取る。
羽菜は鞄からカードキーを取り出しながらこくりと頷いた。
「構いません。両親は9時ごろまで帰って来ないので、気を使うことはありません」
両親の帰りが遅いと知って、余計に心配になる。これでは家の中で二人きりになってしまう。
薄々は感じていたけど、羽菜は異性に対する警戒心が薄い。綾斗を自宅に招いたのだって、女友達を招く感覚でいるのだろう。男を招き入れた後のリスクなんて、微塵も想像していないように思えた。
もちろん綾斗は羽菜をどうこうするつもりはない。のこのこ家に付いてきたのだって、純粋に羽菜に勉強を見てもらいたかったからだ。
とはいえ、いざ羽菜の家までやってくると、おかしな妄想もしてしまう。やっぱり付いてくるべきではなかったと後悔していると、羽菜に袖を掴まれた。
「とりあえず、中に入りましょう」
羽菜は綾斗の手を引きながら、エントランスに入った。
*・*・*
「お邪魔します……」
綾斗は恐る恐る玄関に入る。当然のことながら挨拶の返事が聞こえることもなく、家の中はしんと静まり返っていた。
ふわっと他人の家の匂いを感じる。それは決して不快なものではなく、柔軟剤のような清潔感のある匂いだった。
靴を揃えて玄関に上がると、羽菜は淡々と部屋に案内する。
「リビングで勉強しましょう。そっち方が広々しているので」
そっちの方という口ぶりから、別の候補があったことが伺える。恐らくは羽菜の部屋も候補にあったのだろう。
リビングを選んでくれた方がこちらとしても助かる。女の子の部屋で二人きりで勉強というのは、刺激が強すぎる。
案内されたリビングはモノトーンを基調としたシンプルな部屋だった。カウンターキッチンの前には、四人掛けのダイニングテーブルがある。
羽菜は「そこを使ってください」とダイニングテーブルを指さす。綾斗はおずおずと椅子に腰かけた。
カウンターキッチンで飲み物の準備をしている羽菜を横目で見ながら、綾斗はこっそり溜息をついた。
(落ち着かない……)
初めて訪れた他人の家だから当然と言えば当然だ。それがクラスの女子の家というのも落ちつかない理由だった。
心を落ち着かせるように、綾斗は教科書とノートを出す。余計なことは考えず、ここに来た目的を遂行することにした。
羽菜はガラスコップに入ったお茶をテーブルに置きながら尋ねる。
「今日はどの科目を勉強しますか?」
「化学をやろうと思ってる。molの計算が自信なくて」
「確かにややこしいところですよね」
そんな流れから化学の試験勉強をすることになった。
羽菜は前回と同様、こちらの理解度を確認しながら分かりやすく解説してくれた。そのおかげもあり、最初よりもスラスラと問題を解けるようになった。
2時間ほど集中して勉強し、そろそろ帰ろうとしたところで、羽菜から思いがけない提案をされた。
「綾斗くん、お夕飯食べていきますか?」
「え?」
家に招かれるだけでなく、食事の誘いまでされてしまった。確かに夕食時ではあるが、そこまでしてもらうのは気が引ける。
「勉強を見てもらっただけでも有難いのに、夕飯までご馳走になったら悪いよ」
角を立てないように笑顔でお断りをするも、羽菜は首を傾げるだけだった。
「遠慮しなくてもいいんですよ? それとも外で食べて帰ったら、お家の方に怒られてしまいますか?」
「家の方は事前に連絡すれば平気だと思うけど……」
「それなら問題ないのでは? 私への遠慮は無用ですよ」
「そうは言ってもさ……」
「一人で食べるよりも、綾斗くんと食べた方が楽しいですから……」
その言葉で羽菜の真意に気付いた。羽菜は一人で夕食を摂るのが寂しくて、綾斗を誘っているのだろう。しんと静まり返った部屋で黙々と食事を摂る羽菜の姿を想像すると切なくなった。
「そういうことなら、お言葉に甘えさせてもらおうかな」
綾斗が承諾すると、羽菜の瞳に光が宿った。
「はい!」
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