第9話 これはデートですか?

綾斗あやとくんはどうしていつも笑ってるんですか?」


 羽菜はなと下校していると、不意にそんな疑問が投げかけられた。羽菜はこくりと首を傾げながら不思議そうに綾斗の瞳を覗き込む。


「どうしてと言われても……」


 返答に困る質問をされて、綾斗はぎこちなく笑う。その反応を羽菜は見逃さなかった。


「ほら、また笑っています。私、面白いこと言いました?」

「そういうわけじゃないよ。単純に笑顔が癖になっているだけ」

「なるほど……」


 羽菜は納得したように何度か頷く。この話はここで終わりと思いきや、またもや返答に困る質問が投げかけられる。


「綾斗くんはどんな時に心から笑うんですか?」

「どんな時か……」


 そういえば、最後に心から笑ったのはいつだろう。直近の一週間、二週間を思い出しても該当する出来事がない。


 もちろん、綾斗だって笑うときはある。漫画を読みながらクスっと笑うこともあるし、近所の野良猫が近寄ってき来たときは思わず頬を緩めてしまう。だけど直近ではそんなエピソードがなかった。


「そういえば、最近はあんまり笑ってないかも」

「……そうですか」


 羽菜は何かを考え込むかのように自分の世界に入る。そしてこっちの世界に戻ってきたときに、突拍子のない提案をした。


「再来週に中間テストが控えているのは重々承知ですが、日曜日の午後、私にお時間を頂けないでしょうか?」

「え?」


 突然の提案に綾斗は固まる。話の着地点がまったく見えない。


「時間を作るのは構わないけど、一体何をするつもり?」


 綾斗が尋ねると、羽菜は真面目な表情で告げた。


「お出かけしましょう」


*・*・*


 帰宅した綾斗は制服のままベッドに倒れこんだ。学校から帰ってくると疲労感がどっと押し寄せて、しばらくは動きたくなくなる。多分、ずっと気を張っていたせいだろう。


 ベッドに横たわっていると、不意に羽菜の言葉を思い出す。


(お出掛けしましょうって、一体どこに行くつもりだ?)


 羽菜の行動がまったく読めない。だからこそ、期待よりも不安が勝っていた。


 そもそもクラスの女子と二人きりで出掛けるなんて初めてのことだ。クラスでは女子ともそれなりに会話するけど、二人きりで出掛けるほど親密な仲になったことはない。


 一般的な男子だったら、可愛い女の子とお出かけするとなれば舞い上がるのかもしれないが、綾斗は手放しには喜べなかった。


 クラスの男子と出掛けるときでさえ身構えてしまうのに、女子と出掛けるなんてハードルが高すぎる。失礼がないか、気まずくならないか、などあれこれ考えていると、出掛けるのがほんの少しだけ憂鬱になった。


 とはいえ、一度してしまった約束を断るわけにはいかない。複数人で出掛けるなら一人減ったところでそれほど支障はないけど、一対一となれば話が違う。こちらが断れば予定自体がなくなってしまう。それは一番失礼なことだ。


 そんなことを考えていると、不意にスマホが振動した。画面を見ると、羽菜からLIENが来ていた。


 アプリを開いて全文を確認すると、事務連絡のような淡々としたメッセージが綴られていた。


『日曜日の件です

 集合場所 東京テレポート駅

 集合時間 13時(昼食は済ませてから来てください)

 予算 5000円(交通費含まず)

 服装 動きやすい服とスニーカー

 不明な点があれば何でも聞いてください。』


 その文面を見て、羽菜の真面目さがひしひしと伝わってきた。


 待ち合わせ場所に東京テレポートを指定していることから推測するに、お台場で遊ぶ予定なのだろう。


 お台場には大型ショッピングモールやテーマパークがあるから遊ぶ場所には事欠かない。都内のデートスポットとしても定番の場所だ。


 そんなことを考えていると、ふとある疑問が浮かんだ。


(これは、デートなのか?)


 休日にクラスの女子と出掛ける行為自体だけを切り取れば、デートと言えなくもない。だけど綾斗と羽菜は付き合っているわけではないから、デートと判定することはできなかった。


 ハグという特殊な条件は付いているが、二人の関係はあくまで友達だ。たとえ男女であったとしても、友達と出掛けることはデートとは呼ばないだろう。


 綾斗はもう一度メッセージを見る。羽菜は不明な点があれば聞いてくださいと言っているが、さすがに「これはデートですか?」なんて質問はできない。自意識過剰だと誤解されるに決まっている。


 余計な期待はせず、これはデートではないと無理やり納得させた。

 綾斗は羽菜への返信を打つ。


『了解です。楽しみにしています。』


 そう送るとすぐに既読になったが、それ以上羽菜から連絡が来ることはなかった。


 羽菜のことを考えていると、否応なしにあのぬくもりを思い出す。温かくて、柔らかくて、いい匂いで、幸せな気分に包まれる。目を閉じると、羽菜にハグされた感触が蘇った。


 日曜日になれば羽菜と会える。そうすれば、またハグしてもらえるかもしれない。そんな期待をしている自分に気付いて、恥ずかしくなった。


(これは完全に中毒になってるな……)

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