第7話 放課後の勉強会

 一時間目には古文の小テストがある。そのことを思い出したのは、登校した直後だった。


(まずいな……ノー勉だと悲惨な点数になるぞ……)


 いつもなら前日の夜に勉強している。きちんと頭に叩き込んだ状態でテストに臨んでいたから、それなりの点数は取れていた。


 しかし昨日の夜はテストのことがすっかり抜け落ちていて、呑気に本を読んでいた。綾斗あやとは昨日の自分を呪った。


 とはいえ、一刻を争う状態では悔やんでいる時間すらもったいない。綾斗は急いで教科書を取り出して、試験範囲を頭に叩き込もうとした。


 それなのに今日はやけに教室が騒がしい。集中力が削がれ、結局ろくに勉強ができなかった。


 案の定、小テストの結果は散々。隣同士でマル付けをして返ってきたテストを見て愕然とした。


(これは酷い……。まあ、忘れていた自分が悪いんだけど……)


 深々と溜息を吐いた直後、隣の席の相良さがらみやびが頬杖を突きながら話しかけてきた。


「珍しいなぁ。水野くんが半分以下なんて」


 いつも隣同士でマル付けをしているため、雅も綾斗の日頃の点数は知っていた。綾斗はいつものように笑って見せる。


「小テストがあるのを忘れていたんだよ。直前に詰め込もうとしたけどさすがに無理だった」


 あはは、と自虐気味に笑うと、雅はバツの悪そうな顔をした。


「朝勉強できひんかったのって千颯ちはやくんのせいやない? イメチェンしてみんなから騒がれとったから」

「それは関係ないよ。というより千颯どうしたの? だいぶ印象変わったね」

「あー、あれな。うちの力作や」


 雅はにやりと誇らしげに笑った。その直後、後ろの席から弾んだ声が聞こえた。


「さすが白鳥さん。満点じゃん!」


 思わず振り返ると、羽菜はながテストを受け取っていた。褒められた羽菜は澄ました顔で「どうってことないです」とボソッと呟いた。


 どうやら羽菜は満点を取ったらしい。自分の点数と比較すると、余計に惨めな気分になった。


 やっぱり羽菜はすごい。自分とは頭の出来が違う。そんな彼女の隣にいるのは、ものすごく不釣り合いに感じた。


 一時間目が終わった後、こっそり溜息をついていると、羽菜が机にやって来た。


「どうしました? 溜息なんかついて」


 どうやら綾斗の溜息は、羽菜に気付かれていたらしい。綾斗はあまり深刻にならないように、軽く笑いながら事情を明かした。


「さっきの古文の小テストが散々でね。今日テストがあることを忘れていたんだ」

「それはそれは……」


 羽菜は心中を察したかのように、気の毒そうな顔をした。


「だけど、小テストの点数ぐらいでそこまで落ち込まなくてもいいんじゃないですか? 中間試験で挽回すればいいじゃないですか」

「中間テストで失敗したときの保険として、小テストでも点数を稼いでおきたかったんだよ」

「なるほど、失敗したときの保険を用意しておくのは大事ですよね」

「まあ、今回は散々だったから中間テストは頑張らないといけないんだけどね」


 落ち込んだ気持ちを悟られないように、綾斗は意気込みを伝えるように笑って見せる。


 すると羽菜は少し考え込むように顎に手を添えた。それから綾斗を真っすぐ見つめながら提案した。


「よかったら、放課後一緒に勉強します? 再来週から中間テストですし」


 思いがけず羽菜からお誘いがかかった。成績優秀の羽菜が一緒に勉強してくれるというのは心強い。綾斗はお言葉に甘えて、一緒に勉強をさせてもらうことにした。


 *・*・*


 放課後、綾斗と羽菜は自習室にやって来た。ガヤガヤした場所では集中できないと綾斗が伝えたところ、「それなら自習室を使いましょう」と提案してくれたからだ。


 まだテスト期間に入っていないこともあり、自習室を使っている生徒は数名だった。綾斗と羽菜は、隣同士で座れる席を確保する。


「綾斗くんは苦手な科目はありますか?」

「数学と英語は苦手かな。その二つは暗記ではどうにもならないから」

「なるほど」


 羽菜は納得したように頷くと、スクールバッグの中をごそごそと漁った。そして使い込まれた参考書を取り出した。


「数学はこの問題集が使えます。テストに出題されやすい問題が揃っているので、ためになりますよ。よかったら使ってください」

「ありがとう。助かるよ」


 羽菜の気遣いに感謝しつつ、参考書を受け取った。


 綾斗は順々に問題を解いていく。一問解くごとに答え合わせをしていたが、解答と一緒に記された解説は非常に分かりやすかった。羽菜がおすすめしているだけのことはある。


 問題を解く中で気付いたが、羽菜はこの問題集を相当使い込んでいると見た。問題の左脇にあるチェック項目には、赤、青、緑のペンでいくつかチェックが付いていた。恐らく間違えた問題にチェックを付けているのだろう。


 チェックの形跡から察するに、すでに問題集を三周していることが予想できる。どうやら羽菜は、天才型ではなく努力型らしい。


 問題を進めていくと、一問だけ解答を見ても理解できない問題があった。問題と解答を照らし合わせながら眉を顰めていると、羽菜がこちらを覗き込んだ。


「分からない問題がありました?」

「うん、この問題なんだけど、なんでこの公式を使うのか分からなくて」

「ああ、これですね。これは私も躓きました。これはですね――」


 羽菜は綾斗の疑問に思っているところをピンポイントで解説してくれた。説明の仕方も分かりやすくて、綾斗はようやく腑に落ちた。


「なるほどね。よく理解できたよ」

「お力になれてよかったです」


 羽菜は頬を緩めて安堵した表情を浮かべた。

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