胸いっぱいの花束をあなたに

御子柴 流歌

貴方を讃えるには、足りない


「常々こっそり思ってたけど、……あなたってメイクのしがいの無い娘よね」


「ちょっと待って。それ、こういうタイミングでわざわざ言う台詞コト?」


 門出の日だというのに普段通りのトーンの会話が聞こえてきた。あまりにもいつも通り過ぎて思わず噴き出してしまう。


 この場所がどこからどう見ても完全無欠にだというのにも関わらず実家のような安心感を覚えてしまう。その理由はたったひとつだけ。


「怒んないでよ」


「いや、さすがに怒るでしょ」


「『地がイイ』ってことを言ってるのよ? 怒るのはお門違いって話でしょうよ」


「……それさぁ。お母さんが言うと『わたしの顔がイイから』みたいな自慢話に聞こえるんだけど」


「え? そうだけど? っていうか、それ以外に何があるのかしら……?」


「だったら怒っていいでしょうよ!」


 ――間違いなく、この母子コントの所為だろう。


 ちなみに、母の方がゆうで、娘の方がという。身内だからこそ思うが、どちらもそこまで『優』の雰囲気は無い。


「やっぱり、楽しそうなご家庭ですよね」


 そう言って笑顔になっているのはメイクさん。ところがその質問のような言葉をもらったはずのふたりは完全に周りが見えていないし聞こえてもいない。たぶん今のふたりを黙らせることができるのは嗅覚と味覚だ。ぽやぽやと眠っている犬や猫の鼻先に何か美味しそうなものを突き出してやればきっと黙って一瞬で食らいつくだろうが、それと同じ様なことが起きるだろう。――いや、こっちの方が明らかに勢いの面で上回っているか。


 本当に、どうも申し訳ございません。ウチの母と姉があまりにも普段着な態度すぎてご迷惑をおかけしております。


「常々思いっきり思ってたけど、ふたりともうるさい」


 だからこそ私が放り込む台詞はこの程度でイイ。


「あ、


 やっと気付いた。お淑やかのカケラもない、ウチの姉が、私に。


「え、ちょっ、っと。なにそれ……!」


 ようやく気付いた。お淑やかのカケラもない、ウチの姉が、私が抱えている花束に。


「ふっふっふ~。今日のこの日のために、実はこっそりと用意しておいたのでありましたとさ。めでたしめでたし」


 これでもかと言わんばかりに、門出にふさわしい花言葉を持つ花だけを選出して。その後のバランスとか最終的なチョイスなんかは完全にその道のプロに任せてしまって。


 今朝方早々に仕上げていただいたモノを、こっそりと、誰にも気付かれないように持って来たのだ。――そう、誰にも。姉はもちろん、母にも、誰にも。


「アンタ……そんなこと出来たのね」


「ハイ、そこで『いつの間に私に似たのかしら』とは言わせないから。先に言わせてもらうから」


「……アンタ相手には巧く行かないの、本当に納得行かないわね」


 それは当然、あなたとその長女のコントを長年よくよく見ているからに決まっている。次女というのはこういうところでしっかりと学習しながら育っているのだから。


「でも、ホントすごい……! これ、私に?」


「今日のお姉ちゃんに渡さないで誰に渡すのよ」


「お母さんでしょ?」


「何でよ」


「即否定は違うでしょ」


「いやいや」


「いやいやいや」


 あ、ダメだ。こっちまでコントに巻き込まれる。


「とりあえず、お姉ちゃんの準備が終わったら……ね」


「そうね、それがイイと思うわ」


 これ以上付き合う気はないので一旦控え室を出ようとするが、さすがは式場スタッフ。優秀な方々が揃っている。花束を置くための台座のようなモノをすでに用意してくれていた。思わず小さな声で「凄ぉ……」と漏らしてしまうレベルで素晴らしい。


 台座に飾ってみる。


「いや、すごいねこれ」


 自分で依頼しておいて何を言う――と言われそうだが、コンポーネントまでは携わったモノの、最終状態までは私にも秘密のまま制作が進められたのだから仕方ない。私も驚きたかったのでそうしてもらったのだが、まさか自分で自分が講じた策にしっかりとひっかかるなんて思わなかった。


「冗談抜きで、アンタ、良い仕事よ」


「ありがと」


 わりとマジメなトーンで母は言う。少し照れくさい。


「後で少しカンパするから」


「大丈夫だって。そこまでコドモじゃないから」


「受け取っておきなさいって。そこは黙っておくものよ」


 そこまで言うのならば、という話。地味にしっかりと深い傷を私の財布と口座に遺して逝ってくれたのは事実なので助かるのだが、それとこれは別の話だ。


「はい、……完璧です」


「ありがとうございます」


 しばらくして、姉のメイクが終わったらしい。


「ほわぁ……」


「んー! ステキね!」


 私は声にもならない声を漏らし、母は力強く親指を突き立てる。


 本当に、キレイだった。花束に負けず劣らず、キレイだった。


 したとしてもごくごく薄くしかメイクしない姉なので『濃くしすぎないというよりは、普段に少し色を付けるくらいでイイと思います』という判断の下での薄化粧。だけれどやはり本職の手にかかれば、言葉としては同じく『薄化粧』でもここまで変わるかと驚くしかなかった。


 本当に、キレイだった。思わず涙がこぼれてしまいそうなくらいに、キレイだった。


 ――だからこそ。


 いや、それでもなお、彼女を美しく彩れるものを。


「じゃあ、……お姉ちゃん」


「……はい」


 もう、泣きそうな声なんか出さないでほしい。


 こっちだって我慢しているのに、キレイにしてもらった目尻が、頬が、台無しになってしまうじゃないか。


「おめでとう」


「あり、が、とね……!」


 ああ、もう。


 完全に決壊しちゃった。


 これじゃあまたメイクのやり直しだ。


 母もメイクさんも呆れ顔に――なってなかった。


 同じように泣いていた。


「あなたも、泣いてちゃダメでしょ……?」


「……ふぇ?」


 それは、気が付かなかった。


 こんなんじゃ、姉のことなんて笑えないじゃないか。


 泣いてたら、笑えないじゃないか。


「でも、……うん。ありがとう」


「よく似合ってるよ。お姉ちゃん」


「ありがとう」


 お互いに鼻を啜りながら言う。何となくおかしくなるんだけど、それでも涙はこぼれていく。


 歌に『涙色の花束』という歌詞フレーズはあるけれどそれがどんな色なのか薄ぼんやりとしか判らなかった。


 でも、今ならハッキリと判る。


 きっと今、姉の目に映っている花束の色がそれなんだ。それが『涙色の花束』なんだ。


「こんなステキなの、これがきっと最初で最後ね」


「そんなことないってば」


「そう? 今日のこの日に、あなたからもらった花束を越えられる花なんてあるとは思わないわ」


 そんなことを言われるなんて思いもしない。だからこそ何だか切なくなって私は声を上げて泣きそうになるのを必死になって我慢した。






     □■□■□■□■□■□■□■□■□■





 ねえ。



 お姉ちゃん。





 今、あなたの目の前にはまた、とてもとてもステキな花がいっぱい飾られてるよ。



 半年前にお姉ちゃんは『こんなにキレイな花束は初めてだよ』、『最初で最後だ』なんて言いながら泣いてくれたけど、この花たちは私があげたモノとは比べものにならないくらいにキレイだよ。



 どうしてもその周りにあるは邪魔になるかもしれないけれど、お姉ちゃんのためにとびっきりに鮮やかな色のを用意してくれたんだってさ。



 だからしっかりと焼き付けていってね。




 ――見えてるよね。




 ――――見えてないなんて、言わないでよね。




 おかしいよね。




『さいご』の文字がおかしな事になってると思うんだ。




 あの時のお姉ちゃんは、間違っても『最期』の意味では言ってなかったはずなんだ。






 ねえ。



 どうして、こんなことになったんだろうね。



 いったい誰が、こんなことをしたんだろうね。





 私は――。



 絶対に、見つけるから。



 見つけて、お姉ちゃんの無念を晴らすから。






 その時には、この前のよりももっとステキな花束を用意しておくから。





 だから、待っててね。




 お姉ちゃん。

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胸いっぱいの花束をあなたに 御子柴 流歌 @ruka_mikoshiba

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