第9話 私は進んで学ぶ

「はぁ~、めっちゃ疲れた~!」


 高世こうせいとの巣戦そうせんを終え、そのままの勢いで研究室のベッドへダイブする。純白のベッドはくたくたの身体をしっかりと受け止めてくれた。


「おお帰ったんか。って、ベッド行くなら義足の汚れ落とせや。血ぃついとるんやから」


「あ~、すいません。タオルとかありま……あぶっ」


 リクエストが終わる前に、突如視界が真っ暗になる。ん? この肌触りはタオル……っていきなり投げてくるな!


「ちょ、危ないじゃないですかー! 首とかちょっともってかれましたよ!」


「うるせぇ。リクエストのタオルや、さっさとありがた~く拭け」


 金居秋吾かねいしゅうごという男は、人のことをいちいちバカにしないといけない決まりでもあるんだろうか。ありがた~く義足を赤黒く染める血を拭いて、思いっきり投げ返してやった。


「あ、もう一つリクエストしますね。着替えるんでカーテン閉めま~す」


「ならついでに風呂入れ。さっきまで巣戦やってたんやから、脚以外もきったねぇやろ」


「は~い」


 今回ばかりは事実なので何も言い返せない。というか、最初からお風呂に入れば首に余計なダメージを負わずに済んだのでは……? まあいいか。血付きタオルを投げ返せた事実を大事にしよう。

 ぎちぎちに巻いたさらしを取って『私』を解放する。ヤバ、一日巻いていただけでこんなに跡がつくんだ……すごい蒸れてるし……。早くシャワー浴びよ。


 ――上から降るお湯に、軽くて重い頭を浸してみる。


 男としての生活、始めて一日目なのに激動すぎたなぁ。友達ができたかと思えば、放課後にその人と戦うことになるし。もう引き返せないところまで来たって……感じ。

 単純に疲れたし、明日からの学園生活も不安しかないし。高世にはどんな顔して会えばいいかわかんないし……。決して好きとかじゃないけど、すごい複雑な気持ちが頭の中で渦巻く。


「んん~……気にしても仕方ないかっ!」


 シャワーのお湯は、その全てを洗い流してくれた。


「せんせ~い。思ったんですけど、なんで私の力って『螺子』なんですか~? もっと強いのがよかったんですけど~?」


 スマホで『ねじ』と検索しながら、何の気なしに先生に訊いてみる。へぇ、螺子ってこう書くんだ~……。

 ただでさえ義足しか力を作用させられないのに、どうして螺子なんだ。使えたところでさほど強くないだろうし、高世の『石』のような応用も利きづらい。


 それでもスマホをスクロールする手は止めない。いくら使い勝手が悪くても、コレは私だけが使える力なんだ。螺子のイメージをより一層膨らませるには、膨らませられるだけの『知識』が要るというわけだ。


「あんたに込められる力が、螺子くらいしかなかったんや。義肢持ち初めてのヤツに力を込める際には、その。必要があるんや。苗字ってのは、婿入りせん限りは変わらんからな」


 身体を変化させる力と巣戦の戦績は、その弟や子ども、孫に受け継がれる。私のような義肢持ちは『私とその家族は、この力で巣戦をやりますよ』という誓いを、文字通り体に刻み込まれるというわけか。


群螺雨翔子むらさめしょうこだから『螺子』、ってことね。ごめんなさいねー、こんな扱いづらい苗字でー!」


「まあまあそう怒んなや。あんたのせいじゃないんやし、むしろ力を込められる苗字でありがたいまである。ただそんなに強くはないわな」


 やっぱり強くないよねぇ……。高世に勝てたのも奇跡みたいなもんだし。まあ彼のアドバイスがなければ確実に負けていたんだから、本当の意味で『勝ち』とはいえないんだけど。


「でも、内容がどうであれあんたは勝てた。アドバイスありとはいえ、あの状況で螺子を逆にできたのは、ようやったと思うで」


「あ、ありがとうございます……」


 急に素直に褒められると弱っちゃうなぁ。そういうキャラじゃないでしょ……。


「というか、見てたんですね」


「そらそうやろ、巣戦の管理をしてるのは俺やからな。一日一回限定で行われる巣戦のマッチングからなにからなぁ、護瑩隊ごえいたいの連中、ほんま人遣いが荒いっちゅうねん」


 コイツもコイツで、色々と苦労してるんだな。だからって人のことを煽ったり、セクハラをしていいわけじゃないけど。


「そういやあんた、風呂あがってからず~っとスマホ当たっとるけど何しとんねん。彼氏でもできたんか?」


「できてないですー。なんで男装してるのに彼氏ができるってなるんですか。の趣味はないですから……あれ、私自身は女だからノーマルだよね? ああもう、分かんなくなってきた~!」


 男と女の生活を交互にやってると、感覚がバグってくるんだよな。まだ二日目なんだけどさ。

 今は……うん、から女!


「とにかく誰とも付き合ってないです! アレです、螺子について調べてたんですよ! イメージを膨らませなきゃなんで!」


「ああそういうことな。あんたも進学コースとしての自覚が出てきたってことやなぁ」


「なんすかそれ。また教師特有の普通科イジりですか?」


 二年に上がって、普通コースはもう既に三名の先生からイジられている。それもボッコボコに。カスとか言っちゃってさぁ。


「違うわ。進学コースのについてのことや」


「由来? 大学に進学するからじゃないんですか?」


 それ以上でもそれ以下でもないでしょ。まあ確かに私でも入学できるくらいには偏差値が低いし、それで『進学できる』というのには無理があるとは思っていたけど。


「今あんたは必死に『螺子』について学ぼうとしとるやろ? 『進』んで『学』ぶ、だから進学コースや。。で、なんかええイメージ湧いたか?」


「はい。今の間にばっちりと!」


 ここだけの話、先生の話は半分も聞いていない。本人に言ったら絶対怒られるけど。


 どうやら螺子には『おねじ』と『めねじ』の二つがあるらしい。

 今まで私がイメージしてきたいかにもな形をしているのがおねじ、それを受け入れるための丸いヤツがめねじ。ということは『おねじにめねじをはめた』イメージを膨らませると……。


「――螺子! からの、めねじ増量!」


 従来よりは各段に重くなったものの、高世の金剛石ダイヤモンドを下した鉄鎚ハンマーが、軸の部分に敷き詰められていた。

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