第8話 俺は反転させる

 意志、か……。

 俺は巣戦そうせんに参加した理由を、高世こうせいのように正直に話せない。身分を偽り、捨てられるはずだった命を使って、なんとかここに立っている。


 それをと、高世は言う。おそらく俺が、彼の触れられたくない話題に触れてしまったから。そんなデリケートな部分は相手にもあるはずだと。

 高世自身の『優しさ』から生まれた言葉なのだと……そう都合よく受け取っておく。


 俺は、彼の誠意と期待に応えなければならない。

 一度巣戦を行った者同士が再び決闘することはできない。高世と戦うのは、今日が最初で最後なんだ。チャンスは今、この瞬間だけ!


「――やってみるよ、で」


「そうこなくっちゃな。脳みそブン回してかかってこいや!」


 そうだ、脳みそをブン回せ!

 高世は『石』のイメージを膨らませて、磁鉄鉱マグネタイト金剛石ダイヤモンドと石の性質を自在に変え、実質的に二つの力を駆使している。

 ならば俺だって『螺子』のイメージをもっと膨らませれば……いや、螺子のバリエーションなんて知らねぇよ! 


 螺子のイメージなんて……建物やらに使われている、先端が尖っていてぐるぐるしているヤツ! それ以上でもそれ以下でもないって!


「やっぱりイメージつかねぇよ! またさっきみたいに螺子を食い込ませるしかないか……?」


 ダメだ、一度打った手が対策されていないわけがない。また空いた方の腕で迎撃されるだけだ。

 念のため、義足以外も螺子に変えられないかとイメージを膨らませてみる。腕、螺子になれ……! くそっ、何も変わらない! 男を名乗るには華奢すぎる腕のままだ!


 そんなことはお構いなしにと、高世の金剛石の連打が飛んでくる。かなりの重量があるのだろう、振り下ろすスピードは速くない。避けること自体は容易だ。問題は、腕を振り下ろした後にできた隙を突ける手段がないことだ。


「義足限定ってのは不便だろ? おれのご先祖様もそう思ってたんだろうな。だからこそ、その力と向き合って、イメージすることが重要なんだよ! ……『石』なんて力はさ、言ってしまえばハズレの方だよ。だけど石に対するイメージを膨らませて、それを先祖代々繋げてきた!」


「要は、俺なんかとは年季が違うってことだな……」


 俺が今戦っているのは、京石きょうごく高世ただ一人。しかし一人であって、一人じゃない。京石家の人間全員を相手にしている。背負っているものが違いすぎる。

 そんなヤツ相手に、義足初めての俺は果たして勝てるのか……? 弱気になったらいけないことくらい分かっている。だけど、力に対しての理解も。力が作用する箇所の数も。何もかもが高世に劣っている。


 せめて、腕だけでも螺子に変えられれば、金剛石相手にも善戦できるだろうけど……そうか、これが巣戦がなくならない理由か。たとえ戦績が振るわなくても、その子どもや孫は俺のような義肢を付けるまでもなく、力を自在に扱える。


 ――もう、いくら考えたってキリがない。正攻法で高世には勝てない。だからといって、別の方法が思いつくわけでもない。詰んだ、のか……?


「なに弱気になってんだよ! お前の意志ってのはそんなに脆いのか!? 『脳みそをブン回せ』って、おれ言ったよな? お前の中にある『螺子』のイメージを、一旦って!」


 怒りに任せて剛腕を振り下ろしてくる。左右同時に打ちつけてくる、螺子を打ち込むトンカチのような攻撃。戦場の床にぽっかりと穴を開けるほどの威力であり、アレをくらったら出血どころか粉砕骨折は免れない。これ以上義肢が増えるのは勘弁だ。


「ひっくり返す、か……というかお前、なんで戦ってる最中にアドバイスなんかしてくるんだ?」


「一度巣戦をやり合ったヤツらは再決闘ができねぇ。ってことは、一敗しただけでも巣戦拠そうせんきょだと命取りになるんだ。例えば戦績が百勝百敗のヤツが二人いたとする。一見戦績は並んでいるように思えるけど、その二人が過去に巣戦をやっていたなら話が違ぇ。なんたって、。要は、生徒会長になるには勝ち続けるしかねぇんだよ!」


「巣戦拠の仕組みと、アドバイスに何の関係があるんだよ!」


「それくらい分かれ! 仮におれがお前に勝ったとしたら、当然お前には一敗がつく。だけどその後にお前が急成長して、以降の巣戦を全勝したとする! きっと巣戦拠でもやりあえるほどの実力になってんだろうなぁ……でもな、おれからの『一敗』がデカすぎるんだよ!」


 ――巣戦自体は『負けた時点で終わり』ではない。数多くいる生徒の、たった一人からの『一敗』がつくだけだ。だけど、その先の巣戦拠ではその『一敗』が命取りなんだ。

 例えどれだけ実力を伸ばしても再決闘ができないせいで、最後の一人生徒会長を決めるための……!


「つまりこの戦いで、持てる全力を出し切れってことだな。それだけ期待もしてくれてるのかよ……なんか、ありがとな。お前の言ってた『ひっくり返す』、やってみるよ!」


 ひっくり返すんだ、今までの人生で構築してきた『螺子』のイメージを。

 ひっくり返して壊せ、脳内で建設した建物イメージを……!


 ――そういうことか、ようやく分かったよ。お前を方法が。


「教えることはもうねぇ、これで終わりだぁぁぁぁ!」


「螺子、反転!」


 膨らませたイメージは、ぐるぐるしていて、先端が尖っているあの螺子とは

 トンカチで叩かれる方の、あの頭の部分を足側にして。


「そして、金剛石は衝撃に弱い!」


 そんなトンカチにすら耐えられない、硬いくせに脆い石ころなんかに。


 ――俺の螺子が負けるわけがない。


「解……」


「遅ぇよ! 名付けて……螺子巻きスクリュー鉄鎚ハンマーだぁぁぁぁ!」


 振り下ろされる左腕に合わせて、鉄鎚のハイキックをくらわせる。大きくヒビが入ったと思えば、ほどなくして大粒の宝石の雨が戦場に降り注ぐ。

 一気に軽くなったことで、右側に大きく傾いた高世の頭部目がけて。


「もういっぱぁぁぁぁつ! そして反転っ!」


 螺子が確実に頭部を捉えたところで、正位置に戻す。先端と螺旋部分で顔を削り取るように、一気にこちら側に引き抜く!

 あまり言葉にしたくはないが、戻ってきた螺子は少しだけ変色していた。


「はぁ……はぁ……。俺の勝ちだ……!」


 こうして群螺雨翔子むらさめしょうこ改め螺無田翔平らむだしょうへいは、巣戦での初勝利を収めたのだった。

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