第6話 俺は戦う

「なんで……なんでここにお前が……!?」


「進学コースにいるってのは……?」


 ――友達になったばかりの人と、その日の放課後に戦うことになるなんて。


翔平しょうへいも災難だったな。二年に上がったと思えば、まさかクラスが間違ってたなんてよ」


 昼休み。二つの席をくっつけて、私たちは弁当をかき込む。白ごはんで半分、大量にストックされていた冷凍食品で半分。味や栄養価は二の次だ、女子力のじょの字もない。

 対する高世こうせいの方には、白ごはんや肉以外に赤色や緑色も見え、明らかに野菜が入っているのが分かる。なんか、負けた気がする……。


「ま、まあな。おかげで昨日はバタバタだったよ」


 昨日はなぁ……朝から護瑩隊ごえいたいとかいう連中にシバかれたり、気を失っている間に『螺子に変化する』義足をつけられたり散々な一日だった。バタバタとはまた違うか。


「普通コースの先生は、自分のクラスの生徒ですら曖昧って噂だからな。進学実績を作んなくていいから、多分テキトーにやってんだよ」


 うわ~……そりゃバカにもされるわ。いくら美月みつき学園が私立の高校とはいえ、そこまでの勤務態度をとっていい理由にはならない。『普通コース』で普通な点は名前だけなのか?


「じゃあ、俺の手違いも割とよくあることなのかもしれないな」


「兄貴が学園ここの卒業生なんだけどさ、こういうのは年一くらいのペースであるらしいってよ。確か『夏休み明けに編入して来た』とか前に言ってたな」


 ヤバすぎるだろ。もう授業についていけるかなんてレベルじゃない。肩身も絶対狭いだろうし、いいこと一つもないだろ。

 むしろ四月中で済んでいるのが、不幸中の幸いだったりするのか? まあ私の場合は手違いというより捏造なんだけどさ。

 いきなり進学コースに編入だなんて無理のある話だと思っていたけど、それ以上に学園そのものが狂っていた。巣戦そうせんなんてやってるヤツらは、やはり一味も二味も違うようだ。


 それと、なんか違和感があるんだよな……。

 

 編入した私の席が教卓から見て左奥、要は『一番後ろの席』っていうのは分かるんだけど、隣の席が高世なのが、しっくりこないというか……。

 京石きょうごくの『か行』から、で『ら行』の苗字まで、普通いくか? 仮に私の素性がバレているとしても、群螺雨むらさめは『ま行』。どちらにしても詰まりすぎだ。進学コースのクラスなんて、まだ何組もあるのに……。


「そういや気になったんだけどさ、席って出席番号順じゃないのか? 京石の隣が螺無田らむだって、すげぇ飛んでるからさ。初日に席替えでもしたのか?」


「あ~……、そこ気になっちまったか……。まあそうだよな、うん」


 突如として、高世の声が重く澱んだものになる。さっきまでの元気が嘘のように、彼のなにもかもが、深く沈んでいくようで。

 これもしかして、触れちゃダメなヤツだったか……!?


「……高世?」


「いや、なんでもねぇ。席のことはだと思って、全部忘れてくれ」


 当然忘れられるわけがないんだけど……高世にも、触れられたくない話題の一つや二つくらいあるだろう。こちらからつっつかなければいい話だ。


「ああ、ごめんな」


「おう。でもそんなに気にすんな! 友達相手に気ぃ遣わなくていいから!」


 少しくらいすれ違いがあったって友達には変わりない。高世の言う通り、気を遣いすぎもよくない、よな……。

 とにかく切り替えだ。私は五時間目の授業の準備に逃げた。


 高世とはそれ以降会話することもなく、やがて放課後がやってきた。


「螺無田翔平さん、至急生徒会室へ来なさい」


 研究室へと帰る途中、まさかの校内放送で呼び出しをくらう。編入のことについて何かしらの説明でもあるのだろうか、


 一心不乱に生徒会室へ向かう。義足からちゃき、という音が廊下中に響き渡る。

 

 それは『私』から『俺』へと変わる音。

 それは『群螺雨翔子』から『螺無田翔平』へと変わる音。

 それは『恵魅門香弥えみかどかやの大親友』から『女王を救う英雄』へと変わる音。


 ――友達を、蹴落としていく音。


「お前も巣戦の参加者だったんだな、高世」


「……恨みっこなしだぜ」


 俺たちの間に、今までの人生で一度も感じたことのない、独特の緊張感が走る。おそらく高世もそうなんだろう。お互い様子見、時間だけが流れていく……。


「巣戦における、たった一つの規則! 一つ、相手の血を流した者の勝利とする~!」


「「うわ、びっくりした!」」


 突如、一人の男が戦場の静寂をぶち壊す、。えー、コイツが仕切るのかよ。


「ああ、びっくりさせたのはすまんな。巣戦ん前はルールの確認しとくのが決まりなんよねぇ……あら、じゃあ『たった一つの規則』やなくないか? ままええわ、はよ始め?」


「ん……? えっ、終わり? ――ってうわ!」


 目にも留まらぬ速さで高世が俺の間合いに詰め寄る。ちょ、開始の合図が分かりづらすぎるだろ! すんでのところで避けられたけど、あと少し反応が遅かったら確実にくらっていた。

 血が流れたら負け……高世がどんな力を持っているかは分からないけど、彼の攻撃は『体に当たった時点で終わり』と思っていいだろう。


「――螺子!」


 だけどそれはお互い様だ! 俺の螺子だって、命中すれば出血は避けられないからな!

 義足は渦を巻いて、一本の太い螺子へ変化する。お前が近づこうものなら、コイツでカウンターをぶちかましてやる!


「さぁ……来るなら来いよ、高世!」

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