第5話 俺は編入する

「ああ、生き返る~!」


 シャワーを浴びると、抱えていた負の感情が全部流れていく気がした。

 例の事件から一夜明け、私は敵である護瑩隊ごえいたいの研究室で、卒業まで寝泊りすることとなった。しかも金居秋吾かねいしゅうごとかいう犯罪者予備軍と、一つ屋根の下で。


 『研究室』という名前の割には、今私が入っているようにお風呂があったりする。それだけでなく、テレビなどの家電に、キッチンまである。感覚としてはワンルームの『家』に近い。


「なぁ~、いくら俺をセクハラ教師扱いするとしてもなぁ、眼鏡まで壊すことはないやろぉ~……」


 外から先生の悲痛な叫びが聞こえる。そんな泣き落としには屈しないからな。


「うるせー! 次何か言ったら、その口に螺子突っ込むから!」


 さすがにお風呂に入っている時まで男のフリはできない。だから、女での状態を見られる可能性は残さず潰しておく。金居先生は私の秘密こそ知っているが、コイツの場合は単純にセクハラをしかねない。最悪、見えないようにしてやれば大丈夫と判断した。己の視力を恨め。


「あんたはタイプやない言うとるやろが! 清楚のせの字もないやん!」


「そっちのタイプとか関係ないから! 女ってのはね、こういうのには繊細な生き物なの!」


「はぁ~? あんた女捨てたんとちゃうんけ? というかあんたを治す時、傷やらなんやらエグすぎて、上半身は一通り確認せなあかんかったんやからな! その気なんかな~んにも起らんかったわ!」


 気を失っている間に、パンツよりヤバいものを見られてたのかよ! いやまあ、傷を治すためなら仕方ないけどさ……。その事実を突きつけられるのは、また違う話だと思うんだよね。


「だからって、そういうのは言わないもんでしょ! 先生に色々見られた事実とか知りたくなかったわー! なんで言うかなー! ほんと、そういうとこだよ?」


 なんで朝早くから口喧嘩になるかなぁ。でも、不思議と嫌な感じはしない。体を見られたことだったり、セクハラを言われるのはもちろん嫌だけど、だからといって先生のことを軽蔑しているわけでもない。だという、一種の諦めも入ってはいるけど……。


「そういえば、義足って水につけてよかったの? 錆びない?」


 義足での生活には意外とすぐ慣れた。というより、なんだか時間が経つほど脚に馴染んでくるのだ。

 銀色の金属は私の脚に完全にくっついており、従来のものとは違い、。だからがっつりと義足を濡らしてしまっているわけだ。


「螺子になるくらいには特殊な金属やからな。錆びんし溶けもせんよ。やけど巣戦そうせんとなると相手もコレやから、性能にはあんまり期待せんといてな」


 まあそう甘くないかぁ。私が『螺無田翔平らむだしょうへい』として編入する進学コースには、この螺子のように義肢を何かの形状に変えて戦う生徒が、おそらく何人もいる。


「長話はそんくらいにして、あんたさっさ学園行けや。遅刻すんで」


「はいはい。もう出るから、先生はこれ以上黙ってて……あ、脱衣所にも来ちゃダメだからね!」


 シャワーを止め、正面の姿見で今一度自分の体を確認する。確かに上半身には大小様々な傷跡が点在していて、とても直視できるような状態ではなかった。


「ダメだダメだ! 集中!」


 バスタオルで傷跡を視界に入れないようにしながら体を拭き、さっさと男物の制服に手をかける。こういうのは切り替えが大事だ。


 ――思いをさらしに乗せて、きつく巻く。


「これでよし、っと……! 先生、いってきまーす!」


 文字通り身が引き締めたところで、進学コースに殴り込むとしますか!


「おっ、ここか。意外と近いな」


 先生が偽造した学生証に表記されている『二年二組』は保健室の割とすぐ近くにあった。まあ、私だけの秘密の通学路研究室の存在が、他の人にバレるわけにはいかないか。

 ――待って、ヤバい。ここにきてすごい不安になってきた。『正体がバレたらどうしよう』とか『友達ができなかったらどうしよう』とか。


 あれ? 私、まだ青春を諦めきれていない……のかな? いやでも、青春とか関係なしに、クラス内で浮くのは絶対に嫌だ。楽しくないよりは楽しい方がいいもん。

 はぁ、こういうのは第一印象で九割が決まるからなぁ……。


「最初が肝心……最初が肝心……」


「おはよう。君は確か、今日からうちのクラスに編入する……螺無田、だったな」


 ぶつぶつと自己暗示を唱えていると、突如後ろから野太い声がした。


「ひゃいっ! おはよう、ございますぅ……!」


「おいおい、そんなに緊張しないでもいいじゃないか。ほら、教室入るぞ」


 教室……そうか、この人が二年二組の担任か。すごいいかつい人だな。

 角刈りに上下赤ジャージとという外見からして、明らかに保健体育の先生だ。身長は二メートル近いし、声も低いのにやけに響くしで、とにかく威圧感がすごい。

 こういう人間は絶対に怒らせてはいけない。彼の機嫌を損ねないよう、従順に、ちょこちょこと後をついて教室に入る。


「みんなおはよう! 朝の会を始める前に……二年になってまだ二日目ではあるが、お前らの新しい仲間を紹介する! 螺無田、自己紹介しろ!」


「は、はい……!」


 分かってはいたけど、いきなり自己紹介かぁ~! 何を言えばいいの? 趣味とか?

 できるだけ『群螺雨翔子むらさめしょうこ』とは違うことを言わなきゃいけないからな……。私っぽくない趣味、私っぽくない趣味……もういい、勢いでやるしかない!


「む……ん、んん! 螺無田翔平……です! え~、趣味は……スポーツ観戦とか、その辺です! よろしくお願いします!」


 スポーツ観戦って自然……だよね? なんとなく男っぽいイメージあるし! 大丈夫だよね!

 そんな私の心配をよそに、クラスメイトからの温かな拍手が向けられた。正解っぽい、よかった~!


「本来なら昨日からこのクラスだったんだが、普通棟向こうにいたみたいでな。まったく、生徒の進路すらも把握していないとは。これだから普通科のカスは……話が逸れたな、螺無田はあそこの奥の席だ。京石きょうごく、色々と世話してやってくれ」


「はいよ~!」


 この先生も普通科イジりか。普通コース、どれだけ下に見られてるんだよ。


「よろしくな~翔平! おれは京石高世こうせい、高世でいいぜ!」


「お、おう……よろしくな、高世」


 クラスの雰囲気はまだよく分からないけど、少なくとも高世はいい人そうだな……。とりあえず浮くことはなさそうで安心した~!

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