第4話 私は眠りにつく
頭が軽くなった。
髪を切ったから、やるべきことができたから。
良くも悪くも、考えることが減ったから。
「ああそうや。あんた、明日から進学コースに編入やから。棟を間違えたらあかんよ」
――考えごと、やっぱり増えたみたいだ。
その進路を決めるのは一年次の夏休み明けであり、二学期以降はクラスこそ同じものの、コースによって受ける授業が変わってくる。
普通コース用の授業を受けてきた私がいきなり編入しても、当然ついていけるわけがないのだ。
「そんなの私、ついていけるわけないじゃないですか! 男装で編入なんてただでさえ恥ずかしいのに、もし中身がバカなのがバレたら……私、生きてけない……」
私の覚悟、意外と脆いかもしれない。
「大げさやなぁ。進学コースって言ったって、アホなヤツはいくらでもおるわ。
よかった~! 仲間が……いや、巣戦目当てだから敵ではあるのか。なんか複雑だな。
あれ、でも巣戦って、生徒は進学コースの人しか知らないんじゃ?
「巣戦の情報って、一年の時点で分かるものなんですか? さっきは『先生と進学コースしか知らない』って言ってましたよね?」
「基本はな。まあでも九家や元九家の身内やったら、巣戦のことなんか正月とお盆に腐るほど聞くらしいからな。聞きすぎて『耳でたこ焼き作れるわ〜』って愚痴ってたヤツもおったわ。ほんまアホよな」
『耳にたこができる』じゃないんだ。その人はなんで包んだんだろう……。でも、それくらいのバカもいるなら、私レベルの頭でもなんとかなる! かもしれない!
「ままええわ、顔写真撮るで。上手いこと女っ気ぇ消してな~」
「いきなり言われてもよく分かんないですよ。男っぽい顔ってどうやるんですか?」
「せやなぁ……あっ。あんたがさっき怒ってた時は、お世辞にも女とは言えん顔してたな」
それは先生がセクハラしたのが悪いんじゃないか。あんなことを言われたら誰だって怒るし、どんな表情をしているかなんて、気にする余裕もない。意識した途端、なんだか恥ずかしくなってきたな。
その案自体はいいかもしれないけど、かといって原因もなしに怒れないし……。
「せや。あんたのパンツ、めっちゃ汚れてたからそこに干しといたで」
「はぁ!? 何勝手に人の服を……!」
やっぱり最悪だわこのクソ眼鏡! 義足をつけたからとはいえ、私が気を失っている間にそんなセクハラをかましてるなんて!
第一、膝下なんだからスカートをちょっと上げるだけでいいじゃん! 脱がす必要ないじゃん! このド変態!
「はいちーず。ちなみにさっきのは嘘や、単純やなぁほんまに」
「……は? 私をわざと怒らせたってことですか!? マジで信じらんないんですけど」
おかげさまで女っ気のない写真が撮れましたってか? 茶番に付き合わされる身にもなってよ。怒るのも結構疲れるんだからね?
「てか、なんであんたのパンツなんか見なあかんねん。俺はもっと清楚でお淑やかな子が好きなんやからな。あの……アレや、
「どっち派でもないです。言ってること本当にヤバいですからね。なんで先生ってまだ捕まってないんですか?」
この犯罪者予備軍め。向かい合って『タイプじゃない』と言われるのはいい気がしないけど、この男に限ってはむしろそれが正解だったようだ。不幸中の幸いだな。
「さ~て、あんたは卒業までの二年をここで寝泊まりして、しかも明日からは男として生活するわけやけど、本当は女やからな……。その辺どうしようかねぇ。あんたが原因で捕まりたないし。間違いを起こすならもっと可愛げがある子がええもん」
「ああ、私って死んだことになってますもんね。家に帰るわけにもいかないのか」
もういちいちツッコむのはやめよう。この人はそういう人なんだ。こんなヤツと一緒の部屋で寝るなんて到底耐えられる気がしないけど、どうやら向こうもそう思っているらしいから、最悪の事態は防げそうだ。
とりあえず『保健室の先生』という肩書きは今すぐにでも捨ててほしい。
なんだっけ、私の生活の話だったな。確かに、もし私が普通に『ただいま~』って家に帰っても、お母さんからしたら幽霊が出たようなものだもんな。卒業まではここで暮らすしかないか……。今日一日で、色んな覚悟を決めている気がする。
「じゃあ、部屋を真ん中で分けません? 入口側が先生で、奥側が私。カーテンを閉めている間は、お互いに干渉しない……って感じで」
「それでいこか。今日はもう遅いからもう寝よや」
机のデジタル時計を見ると、もう既に二十三時を回っていた。色々と疲れたし、今日のところはもう寝よう……。お風呂は朝でいいや……。
「じゃあ、おやすみなさい」
「おう」
部屋の真ん中に設置したカーテンを閉める。今はだけなんの干渉もない、私一人だけの空間。薄い布切れ一枚越しにクソ眼鏡がいても、意外と落ち着けるみたいだ。
「なあ
「……干渉はなしですよ」
「細かいなぁ。その……明日から気ぃつけや」
「……ありがとうございます」
――そして、朝はやってくる。
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