第3話 俺は思い切る
「いつまでもあんたのことを寝かしとくわけにはいかんから、そろそろ場所変えよか。
私が寝ている間に、そんな大事になっているとは……。実際には死んでいないとはいえ、親を悲しませてしまうのは辛いな。
「ほんなら行くで。俺の腕は確かやから、もう歩けるくらいにはなっとるはずや。ついてき」
「分かりましたから、ちょっと待っててくださいよー」
ベッドから上体を起こし、布団を奥の方に追いやる。体温で温かくなったそれをめくった先には、見慣れない銀色の金属が、我が物顔で私の膝にくっついていた。
「うわ、本当にないじゃん私の脚……でもちょっとカッコいいかも」
まずは左脚から床につけて、先生の方へ向かう意思表示をする。そして例の右脚を、床めがけてゆっくりと。丁寧に。ベッドに這わせながら少しずつ。
「重っ……いかにも義足って感じ……」
明らかにそれまで人生を共にしてきた右脚とは違う感触。重力に抗うことなんて知らないコイツと、今からよろしくやっていくんだな。
「それでもできるだけ軽くしてんやで~? さっさ慣れろ~」
「ああもう、分かりましたからー!」
呆れ顔をした金居先生に向かって歩を進める。義足での歩行はやっぱりしっくりこない。赤ちゃんが初めて歩く時って、こんな感じなのかな。さすがに当時のことは覚えていないなぁ。
やっとの思いで先生のもとにたどり着くと、彼は白衣の胸ポケットから古びた鍵を取り出した。何年も前に作られたようなデザインと色をしているけど、かといって錆びのようなものは一切見られない。
「なんですかその鍵? あ、もしかして隠し部屋とか!?」
「せいか~い。この棚は
あしだけに、と冗談をかましながら金居先生は鍵を棚の鍵穴に挿し込み、右に回す。次の瞬間、棚の中から青白い光が漏れ、先生はその奥へと躊躇なく入っていった。
「はよ入り。別に死にゃあせんから」
「――はい!」
この先は護瑩隊、つまり敵の本拠地に乗り込むってことだ。金居先生がついているとはいえ、また私は殺されかける……いや、今度こそ完全に息の根を止められるだろう。
正直、ものすごく怖い。得体の知れないものと戦うのに、恐怖を覚えるのは至極当たり前だ。
――だけど、もうそんな弱音は吐いていられない。
本来ならもう死んでいるんだ。ただ自分の意思で動けて、人の目にも見える。血と神経と心が通っているだけの、ただの
そんな私が今さら何をしたって、何一つ文句は言えないはずだ。なんたって全部お前らが悪いんだからな。
光の中へ、右足から入っていく。この分の仕返しもしてやらなきゃいけないからな……!
「……あれ? なにこの部屋?」
「なんや、いきなり香弥ちゃんの所に行けるん思ったんか? なわけないやろ。ここは俺の研究室や」
ああ、それもそうか……。いきなり戦えって言われても無理な話だし……。義足で蹴ったら割といい線いく、ってちょっと思ったのも本当だけど。
身体に自然と力が入っていたようで、ちゃき、と金属音が研究所内に響く。
「お、やる気マンマンやなぁ。じゃあ早速、義足やらなんやらの説明すんで」
「いや説明って、この義足に何か細工でもしてるんですか?」
「まあな……あんたは『
ああまた、いちいち鼻につく言い方をしてくるなこのクソ眼鏡は。敵とか味方とか関係なしに一発ぶん殴ってやろうか。
言われた通り、脳みそを螺子のようにフル回転させる。ええと、螺子……ねじ……ネジ……ぐるぐるしてるアレ……。
すると、なぜか体ががくっと一気に右に傾いた。反射的に床の方に目を向けると、今まで私を支えていた義足が、イメージした螺子の形状に変化していた。
「こ、これって螺子……!?」
「それがあんたの、護瑩隊への対抗手段。その力で、あんたには
「そう、せん……?」
「アリの『巣』に『
私の義足のような力を持つ人が他に何人もいて、それを使って戦う……。
「戦うだなんて、一体何のために?」
「そんなん、あんたが一番分かっとるやろ。一年間、九家や他の生徒と戦って、最後に次の生徒会を決める
つまり巣戦に勝ち続けて、巣戦拠でも勝てれば、女王様……香弥を取り戻せる!
確かに、私が参加しない理由がない。この螺子は巣戦を勝ちぬくための武器ってことか。
「もっとも、女王様がどうとかってのはついでみたいなもんや。九家のヤツら……ってよりその家族は『身内が
もちろん質問だらけだ。巣戦のルールから、女王様の行方まで。私の頭の中のもやもやを、先生は一つずつ解消してくれた。
巣戦は、一対一の決闘であること。
巣戦の存在は、教師と進学コースに進んだ者にのみ知られていること。
巣戦で負けた者との再戦は、不可能であること。
無作為に選出された女王は、普通の学園生活を送れるが、巣戦拠以降は勝者に従うこと。
巣戦に参加できるのは、男子のみであること。
「男しか参加できないってどういうことですか!?」
「まあ……なんかその辺は昔かららしいからなぁ。なんやかんや、女王とくっつくからとかじゃないんか? 女王と結婚するってだけで、まあまあな権力者になれるらしいしな。まああんたなら男装すりゃいけるやろ。女の割に背高ぇし」
このクソ眼鏡が。本当にデリカシーのないヤツだな、マジで。身長のこと、結構気にしてるのに……。
「ちゅうわけやから、はよ脱げ」
「はっ!? お前ほんとマジでお前! 変態! 死ね! 命の恩人だけど死ね! 私を救った分お前が死ね!」
なんだこのセクハラ変態クソ眼鏡! もしかして保健室の先生っていうのも、生徒にあんなことやこんなことをするためなのか……! 殺す! 全女子を代表して、巣戦の前にコイツを殺す! ウォーミングアップにはちょうどいいだろ!
「なに人のことセクハラやら変態やらガチャガチャ言いよんねん。さらしや、さらし。いくら多様性の時代やからって、あんた、その胸で男言い張るのは無理やろ。『胸張る』ってそういう意味ちゃうぞ。てかあんたこそ、そういうことを想像したから怒ってんやろ、変態なんはどっちかな~?」
「――ああもうこのバカ! セクハラなのは事実じゃん! ……こっち見たら螺子で蹴るからね」
さらしとか巻くの初めてだから、要領分かんないな……思ったよりキツいし……。これで合ってるのかな? まあ、この上に制服を着るんだし、大体でいっか。
「……もういいよ。上手くできてる?」
「おお〜、ええやん! ほんなら、制服やら学生証やらの手続きと情報の改ざんはこっちでやっとくな。名前は……テキトーに
「――あのさ、はさみとかある? 髪を切りたいんだけど……」
「まああるけど……別に髪型はそんまんまでもええやろ。ロン毛の子、進学コースにも結構おるで」
「いや、気分的に切りたくなったから」
そうやって初めて、私は巣戦に参加できる気がするから。
群螺雨翔子を、あの時失うはずだった、女の命を捨てて。
俺は今から螺群田翔平として生きるんだっていう、最後の覚悟を決めるために。
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