第2話 私は救われた

 んん……ここは、どこだ? 多分、気を失っている間に連れ去られたんだな。

 えっと確か、護瑩隊ごえいたいとかいうヤツらにボコボコにされて……となると、私がここにいるのはアイツらの仕業か。


 私が生きてるなら、女王様にされた香弥かやは絶対無事なはず。九死に一生って感じかな。だけど、彼女は今どこにいるんだろう?


「――香弥! ねぇ香弥! いたら返事して!」


 無情にも私の声だけが響く。どうやらここにはいないみたいだ。

 声が反響したということは、とりあえずここが屋内だということ。それと、妙に体が沈んでいく感覚もする。そうか、私はベッドの上にいるのか。

 周囲の状況を確認するため、私はおそるおそる瞼を開く。うっ、電気眩しっ。


「お、目ぇ覚めたか。めっちゃうなされてたで」


「うひゃあっ!? 誰かいる!?」


 例の三人とは違う声。半目でその声の出処を探すと、やがて一人の男を視界に捉えた。

 ぼっさぼさの黒髪には所々白も混じっているし、銀縁の眼鏡にはくっきりと指紋がついている。明らかに関わってはいけないタイプの人間だ。

 コイツが護瑩隊のトップなのか? いや、もしそうなら私が寝てる間にとっくに始末してるか……。それか、逆にコイツが護瑩隊から私を助けてくれたのかな?


「二年生初日からこんな目に合うなんて、あんたも本当にツイてないなぁ」


「え、あの……誰ですか!?」


「なんで分からんかなぁ。もしかしてあんた、学校の先生とかよう覚えん人間?」


 そう言うと男は、白衣のポケットからおもむろに何かを取り出し、私の方にひょいと投げてきた。掴んだ感触としては、プラスチックのカードのようなもの。それにひもがついている感じだ。


「なにこれ? 名札?」


 一見すると何も書かれていない名札だったが、裏側にきちんと『金居秋吾かねいしゅうご』という名前と、男の顔写真が載っていた。うわ、人相悪すぎでしょ。


「金居秋吾、美月みつき学園の保健の先生や。一年の時背ぇやら何やら測ったやろ。ほんと、


 また『普通科』か。そんなに邪険に扱うなら、最初から普通コースなんて作らなきゃよかったんじゃないか。まあ私の頭じゃ行ける高校がろくになかったから、ある方がいいんだけど。


「そういやもう『普通コース』って名前になったんやっけ。アレや、普通科ってのは昔の言い方やね。先生、学園ここにもう八年おるからその辺が曖昧やねん。な~んか知らん間に名前変わってたりすんねんな」


「へぇ、そうなんですねー」


「いや、せめて興味持つフリでもしてくれんかな」


 こちらとしてはそんな茶番をやっている場合じゃない。金居先生のペースに乗せられる前に、香弥や女王様のことについて、知っていることを少しでも話してもらわなきゃ……!


「あの……先生に色々と聞きたいことがあるんですけど……」


「ああ、。長なるから触れてほしくなかったけど、まあしゃーないか。あんた救ってやったのはそのためやし。質問形式で答えたるわ」


 やっぱり女王様について知っていたか! でもそれと、私の命を救うことには何の関係があるんだろう? 生徒二人が一気に行方不明になったら怪しすぎるから……とか?


「私が生きてるから大体予想はつきますけど、香弥は無事なんですか?」


 自分の命も当然大事だけど、今はそれよりも香弥の安否だ。十中八九無事だろうが、答え次第じゃコイツの眼鏡を叩き割る。先生相手だろうが関係ない、親友に苦しい思いをさせた罪は重い。


「あ~無事無事、五体満足やし傷一つついてないで。なんたって女王やからな」


「じゃあ、私を助けたのはなんでですか?」


「せやなぁ……全部はよう答えられんけど、簡単に言うたら。あんたが運ばれた時、黒いのが『女王の親友や~』って言うてたから、あんたが適任かなって」


 黒いの……あの三人のことか! ソイツらと繋がってるってことは、金居先生は護瑩隊! 助けた理由なんてどうでもいい、私たちの敵なら許すわけにはいかない!


「ああ今は激しい動きすんなよ~。脚がイっとるから、抵抗しても痛いだけやで」


「うぐっ……! 治したら絶対眼鏡割ってやるからな……!」


「お~こわ。というか俺は護瑩隊やけどあんたの味方や。じゃないとそもそもあんたのことなんか助けんし、こうやって話したりもせんやろ」


 確かに、よくよく考えたらそうだった。さっきまで分かっていたことなのに、怒るとすぐ忘れちゃうだよなぁ……。

 まだこの人が味方だとは到底思えないけど、命を救ってくれた分だけでも信じてやることにしよう。


「それで、あんたの脚なんやけどな……ちょ~っとだけイジらしてもろたわ」


 ああ、応急処置をしてくれたってことか。さっきの痛みからして骨は折れているだろうし。さすが保健の先生、ありがたいな。


、その辺は俺に任しとき。香弥ちゃんを救うためにも、いっちょ頑張ってもらうで」


「は? 義肢!? 私の脚、そんなにヤバかったんですか……」


「ああまあ、そうなんやけどそうじゃないっちゅうか……。あんたには護瑩隊を潰してもらおう思ってな。動機も十分やし、あんたもそうしたいやろ? 女王様の大親友、群螺雨翔子むらさめしょうこちゃんよ」


 ――答えるまでもない。せっかく救われたこの命は、香弥のためだけに使う。

 護瑩隊と戦うことになったって、脚が一本なくなったって、かけがえのない大親友を取り戻せるなら、そのくらい覚悟の上だ。


 絶対に、絶対に、元の生活に連れ戻すからね、香弥……!

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