螺子巻きムーラン

最早無白

第1章 『イノチ』を捨てた義足の少女、女子禁制の戦場に殴り込む

Part1 遅れてきた男(女)!

第1話 私は救えなかった

 四月。桜は少しずつ散り始めていて、薄い桃色は時々髪に乗っかってくる。


「ん~、まただ。いちいち取るの面倒くさ……」


 本当は頭でも振って一気に払いたいけど、私の髪型はそれを許してくれない。

 今日も朝早くからセットして完璧の状態にしている。その完璧を放棄するなんてことは、絶対にあってはならないのだ。


「髪型崩したくないのはわかるけどさ~、それでいちいち花びら取ってちゃキリなくない? 思い切って髪切れば?」


香弥かやはボブが似合うからいいよね~。私の顔面じゃ合わないもん。それに私的には髪は伸ばせば伸ばすだけいいんだから。なんたって……」


、でしょ? 翔子しょうこ、昔からいつも言ってるもんね。もう頭から離れないんだけど~」


 さすが親友、私のことはお見通しだ。


「にしてもさ、今年は同じクラスになれたね~! まあ、進路的に同じになるのは確定だったわけだけど」


 私たちの通う美月みつき学園は普通コースと進学コースの二つの進路があり、大抵の生徒は大学へ進学するため進学コースを選ぶ。内訳は大体三対七くらいだったような気がする。

 将来のことなど何も考えていない私たちは、二人仲良く普通コースを選択し、晴れて同じクラスになることができたのだ。


 去年は別々だった分、嬉しさも倍増。卒業までの学園生活を謳歌してやろう……。


「――すみません、恵魅門えみかど香弥様で間違いないでしょうか」


「えっ? そうです、けど……何ですか?」


 突然前から体格のゴツい三人組がやってきて、香弥に詰め寄ってきた。黒いスーツにサングラス、明らかに怪しい……。


「我々は護瑩隊ごえいたいという者にございます。恵魅門様には、今年度の『女王』となっていただきます。いきなりのことで困惑するお気持ちも分かりますが、どうかご理解ください」


「は? あたしが女王!? 一体何の……!?」


 話を聞く感じ、どうやら香弥は何かしらの女王様になってしまうらしい。ハーフだったっけ? 親は両方とも日本人のはずだから、クォーター説もある? それにしても随分下手な嘘をつくんだな。


「急に女王になれなんて言われても困ります! あたしは今から学校に行かなきゃなんで、ナンパなら他をあたってください!」


 そうだそうだ! 吐き捨ててやれ!

 通学途中のJKは最高に機嫌が悪いんだからな!


「よし、もう行こう香弥! あんなの絶対危ないヤツに決まってるから!」


 私は彼女の左手をしっかりと握り、一気に逃げ切りにかかる。コイツらの狙いは香弥のはずだから、私が学園まで逃げられれば、先生たちが三人をなんとかしてくれる……!


「ナンパではありませんが……とにかく、こちらに来ていただけないのであれば、女王相手といえど、少々手荒な真似をするしかありませんね……」


 手荒な真似って……コイツら、交渉がダメと分かった途端無理やり連れ去りにきた! やっぱりこうなるんじゃん!


「ちょ、やめっ……!」


 黒服の一人がすかさず香弥の右腕を掴む。そのあまりの握力に彼女の顔が苦しそうに歪む。

 綱引き状態になってしまい、一対三の勝ち目のない戦いを強いられる。


「あぁっ! マジいったい! 両方とも離して!」


「そんなこと言われても、離すわけにはいかないでしょ!」


「そうです、恵魅門様には女王として君臨していただかなければ!」


 君臨ってなんだよ! 香弥は私の親友なんだから、そんなよく分かんない面倒事に巻き込むな! 楽しい学園生活を一緒に送らせろ!


「あ~もう、うるさい! 手がもげるって! 二人とも一旦ストップ! !?」


「手を離せ! 女王に傷をつけるわけにはいかない!」


「――だが!」


 少しだけ向こう側の力が緩む。どうやら香弥の一声で黒服たちの間に迷いが生じたようだ。その隙に一気にこちら側に引き込み、そのままの勢いで逃走体制をとる。


「香弥! もうちょっとだけ痛いの我慢して!」


「おい待て!」


 逃げ切る。絶対に逃げ切ってやる。香弥は相変わらず痛そうな顔をしてるけど、あんな危ないヤツらに捕まるよりは何百倍もマシだから!

 『美月学園』の字が彫られた校門が少しだけ見えたところで、突如視界に憎き黒が再び立ち塞がる。


「そっちは二人だが、こっちは三人なんだよ!」


「くそっ!」


 足止めを食らったほんの数秒のうちに、後方から来た黒服二人に腕を一本ずつ掴まれる。私は女王様じゃないからか、かける握力にも容赦がないな。ちっ、これじゃ身動きが全く取れない!


「香弥! なあおい、よく分かんないけど香弥はお前らにとって特別な存在なんだろ? なんでアイツの気持ちを無視してまで、女王様なんてさせようとするんだよ!?」


「それは……そういう決まりなんだ! 我らも詳しいことは聞かされていない、とにかく恵魅門様をお連れしろと、それだけだ!」


 護瑩隊とか言ったっけ。コイツらも『女王』について知らないとなると、この三人の他に増援がやって来る可能性もあるのか。

 ――そうか、ならばこっちも増援を呼べばいい! 学園に近い所で騒ぎを起こすのが間違いだったな!


「誰か助けてー! 変な男に腕掴まれてるんですー! JK相手にめっちゃキモいー!」


「お前、なんてことしてくれるんだ!」


 群螺雨むらさめ翔子史上、最も大きなその声で周囲に助けを求める。護瑩隊のトップがお前らを許そうと、法はお前らを許さない。

 できれば大事にはしたくなかったけど、ここまでされたなら私たちも手段を選んでいられない。


「ん? なんだ、うちの生徒か?」


 よし、校門で挨拶をしていた先生がこっちに来てくれた! これで私たちの勝ち……!


「なんだ、そういうことだったか……。さぁ行きましょう、


「「……えっ?」」


 うちの先生が、コイツらとグル!? だとしたら、護瑩隊は学園と繋がっているってことか……! でも、なんでそんなバカなことをうちの学園が? 何も分かんないけど、とにかくこのまま香弥を渡すわけにはいかない!


「はぁ……これだから普通科のカスは。子どもは黙って、先生大人の言うことを聞いていればいいんだ」


「説明してください! いきなり女王になれだなんて言われても、あたし納得できません! ねぇ先生!」


「恵魅門香弥。君は単に。この学園では、二年次に女子の誰か一人を女王として君臨させる決まりがある。


 香弥の必死の叫びも先生には届かなかった。

 きっと私たちの知らない所で、既に何もかも決定づけられていて。香弥はその規則にたまたま巻き込まれてしまっただけ……。

 こんなことが許されるわけがない。だけど、私はそれに対抗する術を持っていない。


「女王はこちらで連れて行く。お前らはそこの女、名前は確か……群螺雨翔子だったか。気の毒だが我々の事実を知ってしまった以上、生かしてはおけない。始末しておけ」


「「「はっ!」」」


 全身に強烈な衝撃が襲う。思考が追いつかない。

 ぼやけた視界に、見慣れた背中が震えていた。


「ごめん……香弥……」


 ――私は、女王となった香弥を救うことができなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る