第二話
『追放された元悪役令嬢、隣国で商売を始めてみようと思います!』における主な登場人物は四人。
主人公の悪役令嬢ローレル。その婚約者にして婚約破棄を告げることになるラッセル殿下。そして彼の恋人となる平民上がりのピンク髪男爵令嬢。最後は隣国にいるローレルの恋のお相手にして相棒となる
とりあえずピンク髪男爵令嬢を押さえておきさえすればなんとかなる。監禁や殺しはしないが公爵家の者をつけて監視させるのだ。
そう思って探してはみたのだけれど、今はまだ名もなき平民である故に全然見つけることができなかった。
(事前に芽を積んでおくのは難しいか。……でも、他にも対策は取るから大丈夫)
それから七年後、十五歳の頃に貴族学園という場所へ入学することになった。
ここは十五、十六、十七歳の貴族子女、そして王族が通う教育機関。そして物語の冒頭の舞台でもある。
でもきっと大丈夫だろう。
だって――。
「貴族学園が楽しみですね、ラッセル殿下!」
「そうだな。しかしローレル、あまりはしゃぎ過ぎるなよ?」
「わかってます」
元のストーリーでは信じられないくらい、ラッセル殿下との仲を深めておいたのだ。
政略結婚の相手であり、お互いに大した情はない――元のストーリー通りのそんな関係でいるわけにはいかないと、私は前世のコミュ力、そして今世で学んだ貴族としてのコミュ力の両方をもって彼と話をし、少しずつ親しくなっていった。
ちなみに日毎にラッセル殿下のイケメン度は増して、糸目で細身な美少年になっている。毎日これを隣で見ていられるのは眼福だ。
今では気軽に言葉を交わすことをできるほど。これならさすがのピンク髪ヒドインでも私たちの仲を引き裂くことはできない……はず。
でも油断はできないので、さらに対策をしておくに越したことはない。
(ヒドインが嘘で私を貶めようとしても大丈夫なように、多くの味方を作っておかなくちゃ。それには他の生徒たちとの交流を深めるのが一番よね。この世界においては女性のネットワークがものを言うし)
私の婚約破棄回避計画は万全。
あとは着々と進めていき、前世ではできなかった恋人との甘い時間を作って、結婚して幸せになる。
そんな風に考えながら、私は貴族学園生活を始めた。
仲の良い友人――まあ、いわゆる取り巻きというやつだ――が三人ほど、お昼休憩の時にお喋りを交わす程度の友人が十人ほどできた。どこに行っても彼女らに出会い、そして女子と男子で区分けは違うもの、度々ラッセル殿下とも顔を合わせる。
自慢じゃないがローレル・ファブゼットは相当な美少女だ。手入れされた白金の髪も黄色の瞳も文句のつけようがないほど綺麗で、前世のごく平凡な女子中学生だった私とはまるで別人のよう。……まあ事実別人なのだが。
しかも必死こいて勉強はトップレベルまで漕ぎ着けたおかげか、一部の女子生徒からは熱烈な視線を注がれていたりする。私に百合の趣味はないので無視しているが、悪い気はしなかった。
穏やかで何の気兼ねもない日々。しかしそれも一年限り。
二年生になった頃、元平民の男爵令嬢が転入してくるとの噂が耳に入ったのだ。
(いよいよここからが勝負。頑張らないと!)
ラッセル殿下と彼女が妙な接触をしないように気をつけるべきだろう。
そう思っていたのに、下級貴族のクラスの彼女はなぜか、真っ先に私に会いに来た。
「初めまして、ローレル様。アデル・ウォーラムといいます! 色々わからないことがあるので教えていただけませんか?」
肩までの長さのピンクブロンド、爛々と輝く碧の瞳、いかにもな可愛らしさを演出しているかのようなリボン。
赤茶色の学園の制服は、彼女の体格が小さいせいかややブカブカに見える。胸だけが飛び出て
顔立ちは美人というよりかは可愛い系で、ラノベの挿絵に乗っていたあざと可愛いピンク髪ヒドインを三次元にしたという風だった。
元のストーリーでは彼女はローレルとろくに顔を合わせたこともないくせに、嫌がらせを捏造してローレルを国外追放に追い込んで最後にざまぁされるというキャラ。
しかし私が今までの行動を元のストーリーと大きく変えたせいか、彼女と私の接触の場面が生まれてしまったらしい。
「ごきげんよう、アデル・ウォーラムさん。学園のことをお聞きしたいなら同じクラスのご友人に尋ねてみては?」
わざわざ私に会いに来なくても、と思って言ったのだが。
「実は同じクラスたちの子、ろくに口をきいてくれなくて……。王子様の心優しき婚約者と有名でいらっしゃるローレル様なら、もしかしたらお優しくしてくださるんじゃないかなぁって思いまして」
王子様の心優しき婚約者、なんて触れ込み、私は初耳だった。
私のファンの令嬢が言ったのだろうか。面倒なことになったと思ったが、でもこれはもしかすると却って好都合かも知れない。
早々にアデルさんを友人にすることができれば、ラッセル殿下の奪い合いになるような心配も減るかも知れない。それに恩を売っておけば私を貶めようという気にはならないはず。
(これ、意外に名案じゃない……!?)
今まで対策を練りに練ってきただけに少し拍子抜けではあるが、穏便に済ませられるならそれに越したことはない。
私は「わかりました。教えて差し上げましょう」と慈悲深く見えるように微笑んで、アデルさんの手を取った。
このことを後悔する日が来るなんて、思いもせずに。
私が彼女に頼まれて色々教えているうちに、彼女を平民だからと蔑み距離を置いていたらしい周囲の令嬢たちもアデルさんと親しくなるようになっていった。
平民上がりの男爵令嬢にもお優しいなんてと私の株は急上昇。全て私の思惑通りのように思えた。
アデルさんと行動を共にすることが多くなると自然とラッセル殿下と彼女が接触する場面も生まれる。
しかしアデルさんは「王子様とお話しするなんて畏れ多過ぎです……」と身を小さくしていたから、意外に男慣れしていないようだった。
彼女は娼婦の娘で、母親が男爵に身請けされたために男爵令嬢になったという過去がある。少なくとも元のストーリーではそういうことになっていた。
だからてっきりビッチだと思い込んでいたのだけれど、意外にそうではないのかも知れないと思っていた。
(これなら安泰。悪役令嬢とヒロインが仲良くなるっていうのは結構定番の展開でもあるし)
――そんな風に油断し切っていたのがいけなかったのだろうか。
不穏の影が忍び寄り、十七歳になった頃から徐々に徐々に、状況はおかしくなっていった。
「ラッセル殿下、一緒に昼食を――」
「悪い。今忙しいんだ。また今度にしてくれ」
忙しい。そう言って昼食を断られる毎日が続いた。
学園の中とはいえ、王族としての責務もある。しかし二、三日ならまだしも、何日も連続ではさすがに怪しい。
(これはもしや……)
ちょうど近頃アデルさんも別の友達ができたとかで私の前に姿を現すことが減り、考えたくはないがどうしても関連性を疑ってしまう。
そこで私は、ラッセル殿下の側近にしてご学友に頼み込んでみることにした。
あまり学園で男女が交わることが少ないので実際に会った回数は少ないのだが、パーティーなどで遠目に見たことならある。
殿下のご学友は二人、そのうち一人は眼鏡貴公子な宰相令息。そしてもう一人はいかにもな筋肉だるまで能無しそうな騎士団長令息なのだ。
パワーで解決する問題ではないと思うので、おそらく知的枠に相当するだろう眼鏡貴公子の方が目当て。
食堂を彷徨いていると割とすぐに見つかった。
「隣、ご一緒してもよろしいでしょうか。少しお話ししたいことが」
「ローレル嬢、何か?」
「最近、殿下のご様子がおかしいように感じるのです。私の杞憂であれば良いのですが……」
眼鏡貴公子は私の話を聞いて、「殿下に確認しておきます」と言ってくれた。
しかし今までの私とラッセル殿下の良好な関係を知っているからだろう、疑わしそうな目はしていたが。
他に私の今打てる手は何だろう。
アデルさんを問い詰める? これは逆効果な気もしないでもない。
(それにもしも私の早とちりだった場合、彼女に悪いし……)
下手なことをすれば、悪役令嬢と呼ばれるような事態になりかねない。
とりあえず静観が最善手。明らかな動きがあれば、私も行動を起こすべきだろうけれど。
しかしその考えは甘かったのだ。
翌日、久々にアデルさんにまとわりつかれた私は、一緒に学園内を散歩しようと誘われた。「実はわたし、好きな人ができて……」とはにかむアデルさんの恋の話を聞くために同行することにし――。
そこで、決定的な出来事が起こってしまった。
「きゃあっ」
校内を歩いていたアデルさんが足を踏み外し、階段から転げ落ちた。
ちょうど私が一歩後ろを歩いていたので、落ちていくアデルさんを見下ろす形になってしまった。
(あれ、これどこかで)
階段から転げ落ちるピンク髪。それを驚き顔で見下ろす悪役令嬢ローレル。
そうだ、思い出した。元のストーリーの中で『アデル嬢の性質の悪い自作自演が始まったのは、この時だった。』という文章と共に描かれていたシーンだった。
周囲に視線を巡らせる。目撃者は私を探しにきたのだろう、取り巻きの女子生徒三人組のみ。
「まあ、ウォーラム男爵令嬢!」
「ローレル様もいらっしゃいますわ!?」
「早くお医者様を」
バタバタと騒ぎ出し、階段下で倒れるアデルさんを駆け寄る女子生徒たち。
アデルさんはくるりとこちらを振り返って、怯えたような目をしながら言った。
「ろ、ローレル様……? どうして」
そしてここのシーンは彼女視点でも描かれていたことを思い出す。
なぜ今まで忘れていたのだろうと深く悔やまずにはいられない。
『怯えるような目を向ければ、ローレル・フィブゼットは驚き顔をした。
悪いね、ローレル様。わたしは心の中でニヤリと笑う。わたしと対話なんてしようと思ったのが運の尽き。彼女は今から事件の加害者。わたしが被害者になる。そしてかっこいいあの王子様のお妃になるのはわたし。
――好きなものは全力で奪いに行く。たとえ非道で汚い手を使っても、ね?』
やはり、彼女はピンク髪ヒドインだった。
私が今まで築き上げてきた色々なものがあっさりと崩れ落ちていく音が聞こえた気がした。
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