婚約破棄回避を失敗した悪役令嬢はガチムチイケメンに鍛え直される
柴野
第一話
(はぁぁぁ。やっぱり外で待っておくべきだったかも……)
ワイングラスが鳴り響き、賑やかしい音楽が奏でられている中、私は深々とため息を吐いていた。
周囲をぐるりと見回せば、皆がこちらに視線を向けてヒソヒソと話している。その内容は聞こえないけれど、大体予想できてしまう。
よほどの金持ちでなければ袖を通すことが叶わないだろうドレスを纏っているから……というわけではない。それはこの場において別に特別でも何でもないことなのだ。
ではなぜ視線を集めているかと言えば、私が独りだから。
ここは煌びやかで華やかなパーティー会場。
本来、婚約者にエスコートされて入場するはずだった私は、いつまでも来ない彼に痺れを切らして入場し、まんまと孤立していた。
あれほど友人が多かったはずなのに、今となっては喋りかけてくるような相手もいない。
「仕方ない。ラッセル殿下が来るまで適当に茶菓子でもいただいておくとしようかな……」
そんな風に呟いたのと、パーティー会場の扉がバンッと音を立てて開いたのはほぼ同時。
驚いて振り返れば、そこには黒髪に碧眼のスラリとしたイケメンと、ピンク髪のいかにも可愛らしい感じの御令嬢が腕を組んで立っていた。
イケメンの方が私の婚約者のラッセル・ミュワ・コルガン殿下。そしてその隣にいるのが男爵令嬢のアデル・ウォーラムさんだ。
ああ、やっぱり。そう思うと同時に私はあることに気づいた。
(あ、この絵、見たことある)
――ライトノベルの中の白黒挿絵で。
どういうわけかポーズまで同じだ。ラッセル殿下は糸目をぎりりと細め、アデルさんは目にいっぱい涙を溜めてヒドインムーブをかましている。
これはやばい。そう思って口を開こうとするも、時すでに遅しで。
「ローレル・フィブゼット公爵令嬢! 俺はお前との婚約を破棄する!」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
悪役令嬢。
それに転生したと気づいたのは、七歳の時に同い年のラッセル殿下と婚約を結ぶことになり、顔合わせをした時のこと。
初対面のはずのラッセル殿下の、将来間違いなくイケメンに成長すると確信できるその顔を見て、ふと既視感をおぼえたのだ。
(私、この子のこと知ってるみたい? そうだ、確か何かのラノベのざまぁされる王子だった気が……。ちょっと待って、ラノベってなんだっけ?)
首を傾げた直後、膨大な量の記憶――いわゆる前世の記憶というやつが、まるで走馬灯のように雪崩れ込んできた。
私の前世はしがない女子中学生。
学校では陽キャ気味でクラスのムードメーカーを務めていたものだが、実は大のライトノベルオタクで、帰宅すると寝る間も惜しんで読み漁っていたりした。
死因は電子ラノベを読みながらの歩きスマホをして溝にはまるという情けないもの。そんなので娘に死なれた両親は悲しんでいるだろう。本当に申し訳ない。
……それはさておき。
そんな私がどハマりし、死の直前まで読んでいた一冊は、『追放された元悪役令嬢、隣国で商売を始めてみようと思います!』というタイトルの話。
その主人公である悪役令嬢ローレルになってしまったらしいと理解するまでには結構な時間がかかった。
なぜわかったかと言えば、この世界で生きてきた記憶もしっかりあるから。
ローレル・フィブゼット。名門公爵家に生まれ、使用人たちに囲まれて過ごすこちらの世界の当たり前もしっかり私の中にはあるのだ。
ローレルの人格に前世の記憶を急に満たしたせいで溢れかえり、前世の私の人格の方が優ってしまっているようだけれど。
(うわぁ、何度も妄想したことはあったけどまさか本当に異世界転生とか信じられない! あのローレル。超絶美少女のローレルだなんて……!! なんか興奮してきたっ)
そして前世を思い出すきっかけとなったのが、ローレルの婚約者である第二王子ラッセル。
彼は件のラノベにおいて、悪役令嬢に婚約破棄を告げ国外追放処分とするざまぁ対象のアホ王子だった。
見れば見るほど顔がいい。すごくいい。子供らしいまんまるな顔に大人びた目鼻立ちというバランスが最高だ。
もしも前世の記憶を取り戻していなかったら、一目惚れしてしまっていたと思うくらいには。
「何をぼぅっとしているんだ、お前は」
「あ、ああ、すみません。可愛い男の子を間近で拝めるとか眼福だなぁと思って」
「……は?」
戸惑う彼をよそに、私は思考をフル回転させた。
ラノベオタクの私的には、ここで三つの選択肢が考えられる。
一つ、本来の展開に従う。二つ、さっさと王子から離れて隣国にでも逃げてしまう。三つ、悪役令嬢ルートの回避を目指す。
(でも確かローレルにかなりの商才が備わっている設定だったんだよね。前世の記憶なしで成長すれば可能性はあったのかも知れないけど、婚約破棄されてから隣国の地で商売で成り上がっていくのを私が再現するのは至難の業。……かといって王子から離れて逃げるったって婚約した時点で無理ゲーだし結局捕まるのが目に見えてる)
「……なら、破滅しないようにしないと」
「破滅?」
「いや、こちらの話です」
いちいち首を突っ込んでくるラッセル殿下を軽くあしらう。
件のラノベでは、ローレルは彼に婚約破棄されてしまうわけだが、その原因を作りさえしなければその展開はやって来ないわけだ。
乙女ゲームの破滅回避という話はそれなりに読んできたので、回避方法も心得ている。そう簡単に陥れられたりはしないつもりだ。
ストーリー改変にはなるが仕方ない。前世は早死にしてしまったのもあるし、せっかく異世界転生なんていうすごいものを果たしたのだから、私は私なりに幸せを掴むために生きる。
(ともかく、そうとなれば早速行動。元のストーリーでは十七歳時点で婚約破棄されるところから始まっていたから、あと十年でどうにかすればいいだけ)
これなら楽勝、と拳を握った。
「よし、こうなったら絶対に婚約破棄回避してやるんだから!」
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