第9話 心を解き放て
居場所を失った俺は、気がついたら声を失っていた。声がでなくなったんだ。
じいちゃんは、学校に出向き事の経緯を聞いて俺に言った。
「学校に行くのは大切なことじゃ。しかし、朔也が辛いのなら今はゆっくり休みなさい。誰にでも、人生の中で休むことが必要な時期がある。それがお前にとっては今なのかもしれぬ。焦る必要などない。きっと悲しみの中でもがき、見つける何かがあるじゃろう」
俺はじいちゃんの手を握って泣いた。じいちゃんは黙って大きな手で俺の頭を撫でてくれた。俺の居場所はここにあるってわかったんだ。
それから俺は学校を休んで神社で過ごした。じいちゃんの手伝いをしながら、掃除をし勉強した。学校や友達から逃げたと言われても構わないと思った。
そんな中3の夏、俺は奇妙な夢を見た。気がつくと俺は銀色の獅子の背中にまたがり、一面の草原を悠々と走り回っていた。気持ちいい風を感じ目を閉じた。すると突然目の前は真っ暗な闇。声の主は俺に問いかけた。
「お前は今どこにいるんだ?それで満足なのか?心に秘めし獅子の魂よ、天まで駆け、今目覚めよ。闇に閉ざされし己の心を解き放て」
その声が心でざわめき、何かが弾けた。
それは突然だった。その日いつものように朝5時に起床し、神社の境内をほうきで掃除していた。朝からうだるような暑い日だった。
「おはよう朔也。よく眠れたか?」
いつものように、気だるそうに起きてきたテラが毛づくろいをしながら俺に話しかけた。
「おはようテラ。俺はあまりの暑さに夜中に目が覚めちゃったよ。変な夢まで見ちゃってさ」
すると、テラがまるで亡霊を見るような目でこちらを見ている。毛づくろい途中の足はピンと伸びたままだ。
「なんだよ朔也。お前、声が出るようになったのか!なんてことだ。こりゃ早くじいさんにも知らせないと。毎日本殿で朝早くからお経を唱えているはずじゃ」
まるで声を失っていた3年間が嘘のように、その日は突然訪れた。
「おはよう、じいちゃん。おつとめご苦労さまです。朝ごはん出来たから一緒に食べよう。3人で」
本殿でお経をあげていたじいちゃんは、そのまま静かに涙を流していた。深々とじいちゃんと一緒に、本殿の神様に向かい頭をさげた。
もちろん俺は健ちゃんとトラとのことを忘れた訳ではない。ずっと自分の中で問うていた。何が正しい答だったのか。もちろん答えなど見つからない。しかしずっと過去の過ちに手足を縛られ、声を失い過ごした日々の中で見つけたものはある。
もっと冷静に物事を見つめる賢さが必要だと思った。誰かを助けるというのは、どれだけ責任がともなうことなのかと。
それとひとつテラから聞いた話だと、猫とは自分の死期を感じることが多いと聞いたのだ。もしかするとトラさんは、最期は大好きな外の世界で自由に終わりたかったのかもしれんな、と言っていた。
それでも、健ちゃんの怒りはもっともだ。俺があんなことしなければトラさんが外に出ることはなかったわけだし。申し訳ないことをしてしまったというこの気持ちは、一生忘れてはいけないと思ってる。
その後、俺は高校にはいり、じいちゃんの後を継いで神職を学びたいと勉強をはじめ、無事に神職の資格をとった。
そして全く経験値の足りない俺は、このアパートの管理人をやりながら、じいちゃんの神社でテラと一緒に日々学んでるってワケ。
「これが俺の22年の人生。なんてね」
「お前いろいろあったんだな。今度ゆっくり一緒にイリコでも食べようぜ」
フランはまんまるおててを、朔也さんの膝に置いてうっすら涙を浮かべていた。
「朔也さん、話してくれてありがとうございます。私、猫と話せる力ってだけで浮かれてました」
「話すべきか迷ったんだけどね。でもこうやって力を授かるのって、何か理由があると思うんだ。いつか、その時に使い方を間違わないようにしなきゃね」
この力を授かった意味か……。
猫耳のマグカップに淹れたブラックのコーヒーはちょっぴり苦くて大人の味がした。
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