2-7

 振り返ったダリアの前にさっそうと現れたのは、変装姿のヘデラだった。


「なんで、ここに……」


 驚きに目を白黒させるダリアに、ヘデラは乗っていた馬から下りて近づいてくる。その後ろから、アジュガもおくれてやってきた。


「こんにちは、ダリア嬢」

「こんにちは……じゃないですよ! どうして……皇宮に戻ったばかりでは」

「ああ、君が無事に皇都へ辿り着けるか心配で来たんだ。けれどゆうだったみたいだね」


 ヘデラはチラッとダリアが倒した男たちに視線を向ける。


「おがらだね。彼らはこの辺りでは有名な賊みたいだよ」

「そうなのですか? あまり強くなくて良かったです」

「それなりのろうぜきものとは聞いていたんだけれど」

「信じられない……本当に彼女が倒したのですか? 後ろに控えているアグネス侯爵家の騎士ではなく?」

(うん……?)


 アジュガの聞き捨てならない一言に、ダリアは後ろに視線を向ける。すると、見覚えのある侯爵家の騎士数名が姿を現した。


(なっ……つけられていたのか!?)


 ぎょっとするダリアをよそに、彼らはいっせいに剣を構える。


「何者だ。すぐにダリアお嬢様から離れろ」


 騎士はヘデラたちに敵意を向けているようで、ダリアは慌てて剣を下ろすよう騎士たちに伝える。


「彼らは敵ではありませんので、剣を下ろしてください」

「しかし……」

「聞こえませんでしたか? 剣を下ろせと言ったのです」


 ダリアの二度目の命令に、騎士たちはビクッとかたを震わせ、大人しく従った。いくら知らないとはいえ、皇子に剣を向けるなどとんでもない事態だ。ダリアはそくに謝る。


「大変失礼をいたしました!」

「構わないよ。君を心配してのことなのだから」


 ヘデラは笑顔で応えると、騎士たちに視線を向ける。すかさずアジュガが騎士たちに向けてたけだかに告げた。


「お前たちが剣を向けたのは、この国の第一皇子ヘデラ殿下だ。道中危険がないようあえてお姿を変えられているが、お前たちごときがお言葉をかけていい相手ではない。ほどをわきまえろ!」


 そうしてアジュガは、皇族のもんしょうかかげた。まさかこの場にやんごとなき御方がいるなどと想像もしていなかった騎士たちは、すぐに頭を下げ平身低頭謝罪する。


「も、申し訳ございませんでした!!」

「私は大丈夫だから頭を上げて。そうだ、君たち、侯爵に伝えておいてくれるかい? ダリア嬢は責任をもって皇都に連れていくから安心してほしいって」

「しかし我々は、ダリアお嬢様を皇都まで護衛するように仰せつかっておりまして……」

(はぁ? クソおや、この間からいったい何なんだ?)


 まさか護衛としょうして後をつけられていたとは知らず、ダリアの怒りは一気に頂点に達した。


「護衛など必要ねぇ……ありません! 今更父親ぶるんじゃ……らないでくださいめいわくですと、お伝えください!!」


 うっかり素が出そうになるのをこらえながらダリアはうったえる。騎士たちはどうしたらいいのかわからないようで、たがいに顔を見合わせていた。


「先ほども言ったけど、ダリア嬢には私がついているから。侯爵によろしく伝えてくれ」


 ヘデラのダメ押しに、騎士たちはそれ以上どうすることもできず、頭を下げるとその場を退いていった。


「やけに素直に家から出したと思ったら、監視されていたなんて」

 このまま気づかなければ、ちくいち父親に自分の行動を伝えられて

いたかもしれないと思うとゾッとする。


(やっぱ継母とグルだったのか……?)


 恐らく賊を使ってダリアを殺そうとしたのは継母だろう。しかし継母と父親がつながっているなら、護衛の騎士たちをつけた意味がわからない。

 家ではいないものとして扱われてきたのに、なぜ出ていこうとするとこんな目に遭うのか。ダリアは大きなため息を吐いた。


「少なくとも、侯爵は君の行動に反対しているわけではなさそうだから、大丈夫だよ」

「そう、ですかね……」


 ヘデラにそう言ってもらったことで気がまぎれ、今は皇都に行くことだけを考える。気合を入れ直して顔を上げたタイミングで、ヘデラの指がダリアの口元へと触れた。


「怪我、してるね」

「っ!!」


 先日継母になぐられた時の傷だ。心配そうに見つめられ、ダリアはドキッと胸が高鳴る。


(これは心臓に悪すぎる……! さらっとこういうことができるあたり、さすが人気の王子様キャラ!)


 ダリアが脳内でパニックを起こしている間に、ヘデラが再び口を開いた。


「こいつらの仕業?」


 先ほどよりも声のトーンが落ちる。表情は柔らかいままだったが、どこか怒っているようにも見え、ダリアは背筋がゾクッとした。


「違います、この怪我は違う時にできたもので……彼らには傷のひとつもつけられていません」

「そっか。ちなみに誰に負わされたの?」

「えーっと、これはなりゆき……というか……」

(これ、絶対言わない方が良いと思うのは気のせいか?)


 なぜか今のヘデラを見て危険を感じたダリアは、継母の名前を口にしないようにした。


「とにかく、私は平気ですので!」

「そっか。君がそう言うのならこれ以上は何もかないよ」


 ヘデラは少し残念そうにしていて、気まずくなったダリアは話を変える。


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