2-8

「じゃあ私は皇都に向かいますね……っと、馬車……馬車かぁ……」


 ダリアはまた馬車での移動が始まるのだと思うと、急に気が重くなった。


(皇都まであとどのぐらいだ? このままはこめ状態なのは気がるよ。あぁ……ウチも馬に乗れたらなぁ……)


 ダリアは恨めしそうにヘデラたちの馬を見ていたようだ。


「馬、興味あるの?」

「えっ、そ、うですね……外の風を全身で浴びられて気持ちいいんだろうなと。でも私は乗ったことがないので……」

いっしょに乗ろうか?」

「いえ! 結構です!」


 とんでもない! とダリアはすぐに断る。ヘデラと密着状態になるなど考えられない。


えんりょしないで。皇都はもう目と鼻の先だから」


 ヘデラはにこっとさわやかな笑みを浮かべると、アジュガにすぐさま指示を出す。


「アジュガ。ダリア嬢が悪党を捕らえてくれたんだ。責任をもって近くの町まで連行するように」

ぎょに。ですがあの、殿下は……」

「私はダリア嬢と先に皇都へ向かうよ。そうだ、悪党たちは馬車内に突っ込んで移動すれば手間も省けるね」

「かしこまりました。馬車はその後、アグネス侯爵家にお戻しすればよろしいのですね」

「理解が早くて助かるよ。よろしくね」

「え? え?」


 ダリアはふたりの会話についていけず、アジュガに救いを求める目を向けてしまった。

 アジュガはヘデラの命令に逆らうことはなかったが、ダリアに敵意むき出しの視線を向けてくる。ヘデラに近づくなと言わんばかりだ。もはやダリアに口をはさむ隙はない。


(あ〜完全に敵にんていされてるみてぇだな。ヘデラの言うことは絶対だもんな。そのうちアジュガと剣を交える日が来るかも。こりゃ負けられねえぞ)


 今世ではゲームのようにやすやすと殺されるつもりはなく、むしろアジュガに膝をつかせてやるとダリアは心の中で意気込む。


「じゃあ、私の馬に乗ろう。乗馬は初めてだよね?」

「いやいやいや、ですから殿下と一緒に乗るのは……」

「大丈夫。絶対に君を落とすことはないから。前と後ろ、どっちに乗りたい?」


 ダリアの意思は丸無視で、結果的にダリアはヘデラと馬に同乗することになった。さすがに前に乗って背後を取られるのは嫌だったので、ヘデラの後ろにまたがる。腰に手を回すのは気が引けるので、ヘデラの肩に手を置いた。


「さすがにそれじゃ、危ないよ。ほら、しっかりと腰に手を回して」

(うぎゃ!)


 ヘデラはダリアの腕をつかむと、密着するように腰に回す。そういえば、乙女ゲームのスチルでも王子と馬に乗る場面があったな……と思い出す。乙女心を隠していた香織にとって、やはり王子様とふたり乗りというシチュエーションにはあこがれたりもしたものだ。

 大人しくなったダリアに、ヘデラは一瞬クスっと笑った後、「動くよ」と言ってゆっくり馬を走らせた。


「気持ちいい……!」

「初めての乗馬とは思えないほど上手く乗れてる」

「恐れ入ります。その……殿下がお上手なので」


 ふたりで馬に乗るというのにも、コツがいるらしい。確かにリズムを合わせないとしがみつかれる側にも負担がかかるのだろう。だがヘデラの広い背中は安心感があり、しっかりと体を密着させていれば全く怖さを感じなかった。


(なんか、こうやって走ってるとなつかしい記憶が蘇るなあ……前世では馬じゃなくてバイクだったけど。こんな風に雅の後ろに乗ったこともあったっけ)


 ダリアは今の状況が前世と重なり、ふいに過去を思い出す。


(あのバイクは今、どうなってんのかな。ウチの相棒だったからな)


 お気に入りだったバイクは香織が亡くなった後、乗り手がいなくなったためはいしゃになっているのだろうな、と思うととうとつに悲しみが押し寄せた。


(ウチはやっぱ、死んだんだな)


 鼻の奥がツンとする。この状況は、どうにも良くない。


「……また一緒に走れて嬉しいな」

「えっ」


 ぼそりとしたヘデラの呟きに、ダリアは感傷から一気に引き戻される。


(また……? 〝また〟って言わなかった?)


 聞き間違いかと思い体勢をどうにか変えてヘデラの顔を探るように見るも、「危ないよ」とやんわりとたしなめられてしまう。


(ヘデラの背中……まるで雅みてぇだな……)


 なんとなくそれ以上聞くのは躊躇ためらわれ、聞き返すこともできなくなったダリアは、ヘデラの背中に自分の身を預けるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る