1-6

 身構えたものの、使用人はダリアの顔を見るなり驚いた表情を浮かべる。


「奥様……」

「えっ?」


 彼の放った一言に気を取られ、ダリアは完全に逃げるチャンスを失ってしまう。

 見た目はやさしそうに見えるこの使用人も、どうせ継母の息がかかっているに違いない。

 ダリアは身構えたままやっぱり殴って逃げるか? と拳をにぎりしめた。


しつちょう? どうかなさいましたか」


 この使用人はどうやら、執事長というえらい立場にいる人のようだ。たまたま厨房の入り口に立っているのを見かけたひとりの騎士が、厨房の外から不思議そうに声をかけている。


(騎士まで来ちまったか。これは終わったな……くっそ、ウチにもっと力があれば)


 ダリアはあきらめの境地で、少しうつむきながら執事長のを待った。


「ああ、何でもない。見回りかね?」

「はい。執事長はこちらで何を?」

「ようやく仕事がいち段落ついてね。何か飲み物でもと思って」

おそくまでおつかれ様です」


 騎士はそう言って厨房を覗くことなく立ち去った。ダリアは予想外の展開に目を丸くして、執事長を見つめる。


「……貴女様は、ダリアお嬢様ですね?」


 無断しんにゅうしたダリアを責めるでもなく、優しい口調で名前をいてくる。


「はい、そうです……けど、どうして私を突き出さなかったのですか?」


 ダリアに対してまともに接する相手がほとんどいないこの家で、わけがわからずそうたずねた。


「ダリアお嬢様を突き出すなど……それに、何を言おうと言い訳になってしまうので」


 執事長は申し訳なさそうにまゆを下げたが、質問に答える様子はなかった。

 ダリアは先ほど、執事長が自分を見て『奥様』と呟いたことを思い出し、継母ではなく、実の母親に対する言葉だったのかと考えた。

(もしかしてダリアの母親が生きている時から仕えているのか……? だとしたら、継母の息はかかっていない……?)


 後妻である現侯爵夫人を迎え入れた際、侯爵家にいた元の使用人はおおはばな入れわりがあった。この執事長はその中でも残されたひとりなのかもしれない。


「こんなにもせてしまって……おなかが空いてらっしゃるのですか? すぐに何か食べるものをご用意しますね」


 執事長はそう言って小さな木のかごに、パンや果物など、すぐに食べられそうなものを詰めていく。


「こんなにたくさん、いいのですか?」

(前世にもいた気前のいいじいさんみたいだな。悪い奴じゃなさそうだ)


 ダリアは籠の中を見て顔をほころばせる。


「むしろこの程度のことしかできず、申し訳ありません」

「謝らないでください。私こそとても感謝しているので!」


 笑顔のダリアに対して、執事長の顔は罪悪感に満ちていた。不思議に思ったダリアがその意味を尋ねようとすると「誰かに見つかる前にお戻りください」とかされてしまい、

しぶしぶ厨房を後にする。


(ダリアの母親とウチが似てたんだろうな……こんな家でも、ダリアの味方になってくれる人がいて良かった)


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