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 目標が定まれば、次は騎士団に入る方法だ。この国の騎士団は、大きくふたつに分かれている。

 貴族の家門ごとに作られた騎士団と、国に仕える皇室騎士団だ。皇室騎士団に入団することは大変めいなことで、家門の騎士団の中からゆうしゅうな者に入団試験を受けさせ、家の名声をあげようとする貴族も多い。

 皇室騎士団は実力重視のため、平民から上位貴族まで誰でも入団試験を受けられる。わいで入団させることができない公平性もあり、たみからは絶大なしんらいを受けていた。

 確実な方法を取るならまずは家門の騎士団に入る……つまりアグネス侯爵家の騎士団に入って実力をつけてから、皇室騎士団の試験を受けるのが早い。

 しかしあの継母が許すはずがない。


(こうなったら独学できたえて直接皇室騎士団の試験にいどむしかねぇな)


 このことは家族をふくめ、家にいる全員にバレてはならない。

 使用人たちのほとんどが継母や父親の息がかかっているため、いつ何時告げ口されるかわからないからだ。なんとか試験を受けられたとしても、女というだけで注目の的なのだ。

 万が一試験に落ちたりすれば、その後のアグネス侯爵家がどう動くかは目に見えている。

 つまり、受けるからには一発合格が絶対条件。


(そうと決まりゃ、力をつけてえところだが……まずはこの怪我を治さねえと)


 鞭で打たれたダリアの体がジンジンと痛む。よく喧嘩で怪我をしていた香織ですらも顔をゆがめるほどの痛みで、とてもじゃないがすぐに動けそうにはない。


「あっ、確か自分で手当てしろって言われたな」


 慣れた手つきで包帯を外し、手当てをする。鞭で打たれたしょは新たな血が滲んでいて、かなり深い傷だった。

 仮にきずあとが残れば、令嬢としては傷物とみなされてもおかしくないのに、継母は無情にも鞭打ちをじょに命じた。きょうでダリアを支配していたのだと思うといらちを覚える。

 継母は香織の最も嫌いなタイプだ。力で弱者を押さえつける者というのは、どこの世界にもいるものだ。前世でも、気に入らないから、という理由で暴力で従わせたり、襲ったり……そういうあくどいこうぎらいしてきた香織にとって、継母はその最たる存在だ。

 真の不良は強者に挑み、より上を目指してこそ輝くものというのが香織の持論である。

 その強さにどんよくな姿も、また香織のカリスマ性を高めていた。


「今に見てろよ……」


 この借りは必ず返してやると心に決めた時、今度はきちんと扉がノックされた。しかし、ダリアが返事をする前に扉が開く。


(いや、まだ返事してねえって!)


 ノックの意味を考えろと心の中で突っ込むダリアの前にやってきたのは、異母妹のノンアゼリアだった。


「お義姉ねえさま、お加減はいかがですか?」


 ノンアゼリアはにこっと可愛らしく微笑んでいて、心配しているりは一切ない。彼女は物心ついた頃からダリアを虐めてもいい対象として見下し続け、時には手を出すこともあった。今もダリアの反応をうかがい、おびえる姿を期待しているようだ。


「心配してくれたんだ……のね。ウチ……じゃなくて私はだいじょう。ほら」


 前世の口調が出てしまわないように、ダリアらしい話し方を意識する。にこっと微笑んで怪我の箇所をわざとらしく見せつけた。

 とても大丈夫とは言いがたい傷に、さすがのノンアゼリアもビクッといっしゅんひるんだ。


「ね、大丈夫でしょう?」

「そう……ね。もっとひどいのかと心配しましたわ。まあ、お義姉様が盗みなどせんなことをしたのだから、ごうとくですわよね」

(よく言うぜこの女!)


 クスッと馬鹿にしたように笑うノンアゼリアだが、今回の一件を仕組んだのはまさに彼女だった。


「私はお義姉様を信じたかったのですが……残念です。お母様の恩情で鞭打ち程度で済んで良かったですね」

「いいえ、私は最後まで信じてもらえずに残念だったわ。だけど安心して、ノンアゼリア。真犯人の目星はついているから、姉として必ず痛い目にわせてあげる……この借りは必ず返さねえとな」


 最後はボソッと、ノンアゼリアに聞こえないようにつぶやいた。


「何を……お義姉様、盗みを働いたのに罪を認めず他に犯人がいるだなんて絵空事を! お母様に言いつけてさらに厳しい罰を与えてもらいますよ!」


 いつもと様子が違うダリアに戸惑いながらも、ノンアゼリアはりつけた。

 本来ならば恐怖にふるえるダリアをさらに虐めて楽しむ予定だったのだろう。真犯人と言われて、ノンアゼリアはあせりを覚えたようだ。


「ノンアゼリアって、お義母かあさまたよってばかりなのね。ひとりでは何もできない無力な子」

「なっ!! 本当に無力なのは味方のいないお義姉様でしょ!? 地味で根暗であい欠片かけらもなくて、お母様にもお父様にも使用人にさえも敬遠されている。ああ、かわいそうなお義姉様!」


 ダリアのはんげきつくろうことをやめたノンアゼリアが噛みついてくる。ダリアの記憶では、ノンアゼリアとこうして言い合ったことはない。


(あー、きゃんきゃんうるせぇ。前世ではよく兄貴と喧嘩して殴り合いにもなってたけど……ウチ、口よりこぶしで語り合う方が得意なんだよなぁ)


 香織は感情のままに動くタイプなだけに、この状況が歯がゆかった。とはいえ今のダリアはにん。ここは大人しくしていた方が身のためだ。


「お義姉様は一生そのまま部屋に閉じこもってひとりぼっちでいるのがお似合いよ。これ以上、私をおこらせないでください。今回はその怪我にめんじて許してあげますが、次はないですからね」


 ノンアゼリアはダリアをにらみつけた後、部屋を出て行った。


「……ふーっ」


 再び静かになった部屋で、ダリアは大きく深呼吸した。そうでもして心を落ち着かせないと、いかりがばくはつしそうだったからだ。

 ただ前妻の娘というだけでここまで虐げられ、半分とはいえ血の繫がった異母妹にも見下される意味がわからなかった。


(ダリアを虐めたやつら、ぜってえ見返してやるからな)

 

 こうして、ダリアの体力づくりの日々が幕を開けたのである。


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