1-3

 香織は決心して顔を上げる。鏡にはしい表情のダリアの姿があった。


(ダリア、もう安心していいからな。乙女おとめゲームなんてもんはウチがぶち壊して、ぜってぇ幸せにしてやるから!)


 何もゲームに限った話ではない。この世界に生まれついてからつらい思いをして今日まで生きてきた分、彼女は幸せになるべきなのだ。

 転生した事実を受け入れて少し冷静になった香織は、元いた場所へと移動する。ベッドの上で胡坐あぐらをかきながら、腕を組んで今の状況を整理した。


(そういや前世のウチって死んだんだよな……?)


 前世の香織は、売られた喧嘩は必ず買い、そのたびに勝利を収めてチームを大きくしていた。多くの不良少女たちからしたわれ、まさにあこがれの的だったのだ。

 しかし香織は命を落としてしまう。その理由は……。


「なんで死んだんだっけ?」


 香織は死んだ時の記憶がどうしても思い出せず、歯がゆい気持ちになる。手掛かりひとつのうに浮かばず、早々に考えることをほうした。難しいことを考えるのが苦手なのだ。

 全身の痛みやら頭痛やらでちからきてベッドに横たわりながら、今度はダリアの記憶を辿ってみる。


(クソ継母と異母妹いもうとに虐められるわ、クソ親父おやじからは無視されるわ……ダリアが何したっていうんだよ腹立つ)


 後妻である現こうしゃくじんは、前妻のむすめであるダリアがとにかく気に食わず、なんくせをつけてはダリアを苦しめた。父親もそれを知っていながらもくにんし、ダリアに対していつも無関心だった。


(ダリア、よくえてたなあ……)


 幼少期からずっと孤独だったダリアは、自分が悪い子だから周りにきらわれているのだと思い込み、良い子にしていればいつか家族が自分を愛してくれると信じていた。前世の記憶を思い出したおかげで、ダリアが家族から愛される日は一生来ないと理解したわけだが、

もし思い出さなければ、この先もずっとしいたげられながら愛を求め続けていたかもしれない。


「これからどうするか」


 ゲーム展開を壊してダリアを幸せにすると意気込んだはいいものの、具体的な策が浮かばずに頭をなやませる。

 ダリアがめつの道に進むきっかけのひとつは、攻略対象者のひとり、第一皇子のこんやくしゃ候補に選ばれることだ。その名もヘデラ・グラディー。

 ダリアはヘデラの婚約者の座をねらってふんとうし、ヒロインを何度もおとしいれようと画策する。

 そうして最終的には殺されてしまうので、最も手っ取り早いのは第一皇子の婚約者候補から外れることだろう。


(皇子の婚約者ってことは、そもそも位の高い貴族の令嬢じゃねぇと無理だよな……)


 おそらくはくしゃく以上の身分であることが大前提だ。


(じゃあこの家から、ウチがせばいいのか!)


 アグネス侯爵家には、異母妹のノンアゼリアもいる。ダリアがいなくなったとて困らな

いだろう。


(ただ、逃げ出したとしても、その後はどうするか……)


 今の暮らしはダリアにとって息がまりそうで、捨てることにいっさいの未練はない。すぐにでも逃げ出したいところだが、やみくもに飛び出したところで知らない世界で路頭に迷うのがオチだ。ダリアはこの世界での生き方についてしんけんに考える。

 今の自分が何をしたいのか。そう考え、ふと前世を思い出した。

 レディースの総長時代、香織の夢は暴走族にもまさる強いチームを作ることだった。女というだけで男から見下されることが許せず、絶対に彼らより強くなると心に決めていた。

 それなのに志半ばで命を落とし、かんぜんねんしょう状態といえる。


(前世の夢、今世でかなえられねぇかな……)


 何か方法はないかと考えていると、今度はダリアの記憶が脳裏をよぎった。


『女子がに興味を持つなど、はじを知りなさい』


 幼い頃、初めてアグネス侯爵家の騎士団を目にした時、いっしょうけんめい訓練にはげむ騎士の姿にあっとうされつつ、せんぼうまなしで彼らを見ていた。だがその様子を見かねた継母にそう言われ、こっぴどく𠮟しかられたのだ。

 この国のこうていや臣下、家の当主や騎士に至るまで、みなトップに立つのは男性ばかり。この世界は、男性社会であることを後から知った。女性はひかえめであれ、高潔であれ、常に男性の一歩後ろを歩き、目立たずに支えろ。貴族の女性といえば、しゅうや音楽をたしなみ、ダンスを学び、お茶会やパーティーなど社交の場でおたがいのまんばなしばかりする、何ひとつおもしろみのない生活。

 香織にとってどう考えても生きづらい世の中だった。前世では自由にバイクを走らせたり、喧嘩をしたりと常に体を動かしていた香織に、この国の女性らしい生き方はしょうわない。


「そうだ、ウチが騎士になればいいんだ!」


 女性が騎士になる前例がないのなら、自分がその前例になればいい。

 そうすれば男性しか騎士になれないというかたまったがいねんを変えられる。だんそんじょの思考が強いこの国で、女性にも職業せんたくの自由がある、と希望をあたえられる。そしてダリアは男たちを押しのけ、男性社会を変えるのだ。


(この世界で、ウチは騎士としてトップを目指す!)


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