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*****


「……はっ、はあ……!」

(息苦しい、頭がいてえ……なんか全身もズキズキする)


 ベッドに横たわる香織は意識をもどしたが、息をするのに必死だった。


(どういう状況なんだ? 確かウチは……)

「……いっ!?」


 最後のおく辿たどろうとしたが、頭が割れそうなほどの痛みがおそい、香織は何も考えられなくなる。見慣れないてんじょうを視界に入れながら、ただ容体が落ち着くのを待った。


(どこだここ……)


 頭の痛みが引いてくると、だいに自分がいる部屋にしんかんいだき始める。

 西洋風な内装をしているものの、生活感のない部屋に見覚えがなく、かりを探そうと上体を起こした。


 再び体中に痛みが走り、ふと手首に視線を落とすと、なぜか包帯が巻かれており、血がにじんでいた。


「なんだよこれ……」


 ふくらはぎにも包帯が巻かれていることに気づき、何が起こったのかとまどう一方だ。


(つーかウチ、こんなに手足が細くて色白だったか? なんかすげえ体にかんが……)


 香織は周りを見回し、少ない家具の横に姿見があるのを見つけ、ベッドから下りようとした。が、とつぜんノックもなく部屋のとびらが開く。


「あら、やっと目を覚まされたのですね」


 現れたのはテレビやまんでしか見たことがないようなメイド服を着た女性で、香織は面食らって言葉を失う。

 女性は香織に冷ややかな視線を向け、手に持っていた包帯やぐすりをテーブルに置いた。


「でしたらもうご自分で手当てできますよね、ダリアおじょうさま

「……は?」


 女性はそう言って部屋から出ようとしたが、香織はあわてて呼び止めた。


「待て!」

「まだ何か? それよりごれいじょうが声を張り上げるなんてはしたないですよ」


 めんどうくさそうな顔で注意されたが、香織はそれどころではなかった。

 香織のことをダリアお嬢様と呼び、令嬢だと言われたことに頭が追い付かない。その間にメイド服の女性は部屋を出ていってしまった。


(何がどうなって……そうだ、鏡!)


 香織は今の姿を確認しようと、全身の痛みにえながら姿見の前に立った。

 そこに映っていたのは、銀色の長い髪にルビーのようにかがやひとみをしたれんな少女の姿。


「誰だよこいつ!? この鏡こわれてんのか?」


 鏡に右手をえ、左手はほおに当てる。だが何度確認しても、現実とかけはなれた姿が変わることはない。


(つーかこの容姿、どっかで見覚えが……それにダリアっつー名前も)

「――ああっ!」


 しばらく考えた末、ようやく思い出す。

 鏡に映る少女の正体……それはダリア・アグネス。けんに明け暮れていた香織がひそかにプレイしてハマっていたれんあいシミュレーションゲーム『愛にく一輪の花』―― つうしょう〝アイハナ〞として世の女性たちに親しまれていたゲームの登場人物のひとりである。


「うっ……!」


 自分がダリアになっているとわかったしゅんかん、頭痛が襲い、香織の中に誰かの記憶が流れ込んできた。

 それはダリアの記憶。記憶の中のダリアは、いつもどくだった。

 ダリアが産まれてすぐに母親はくなり、後妻としてやってきたままははとうされて生きる日々。ぐうな日常はじょじょに悪化していき、食事をかれたり、たたかれたりむちで打たれることもあった。

 血のつながった父親は見て見ぬふりをして助けてくれず、放置され続け、味方もおらず、今では継母に留まらずまいや一部の使用人からもいじめられていた。

 今のダリアのも、異母妹の宝石をぬすんだとぎぬを着せられ、もう盗みを働かないようにとばつで鞭打ちにされて負ったものだった。


(思い出した……じゃあウチ、あの悲劇の悪役令嬢、、、、、、、、、と評されたダリアに転生したってことか!?)


 家族の愛にえ、愛を求めるあまり周囲が見えなくなり、悪役令嬢としてこうりゃく対象者とヒロインの前にふさがるようになる。彼女の登場する攻略対象者のルートはふたつ。

 ひとつ目のルートでは、ヒロインたちと和解するまでは良かったものの、小さいころから愛を求め続けた父親の指示によって殺されてしまう。

 ふたつ目のルートでは、暴走してヒロインを殺そうとし、逆に攻略対象者に殺されてしまうという、バッドエンド。

 そのどちらのルートでもダリアは死ぬぎわに涙を流し、『誰でもいいから愛してほしかった』と、プレイヤーを泣かせる言葉を口にして息を引き取る。

 そのためユーザーからは同情の声が相次ぎ、いつしか『悲劇の悪役令嬢』という異名をつけられたのだった。


(幼い頃から虐められた上に悪役令嬢にされて死ぬ運命なんておかしいだろ!)


 アイハナにドハマりしていた香織ですら、ダリアのラストには不満を覚えた。いくらヒロインと攻略対象者の愛を深めるスパイスとはいえ、何も殺すことはないだろうと。


「こうなったらやってやるよ」


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