迫る決断、遮断される結末 その7

「マコト……。今のわたくしには、あなたに信じてと乞うことしか出来ない。だから、聞いてください。聞いて、己の心で判断して下さい。今の話から、私はシュティーナの正体にアタリを付けています」


「それについては多分、同じ事を考えていると思う。この城のメイドじゃないって話だけど、シュティーナもこの城のメイドとは明言してなかった。……つまり、そういう事って考えていいんじゃないか?」


「そうですね。そして、その根拠を補強する話が一つあります。――先程、この国の貴族は護身術を身に付ける、という内容を口にしてましたね?」


 ケルス姫に問われて、マコトは素直に頷く。

 彼女も傍で聞いていた内容だ。

 だから、聞き返したのは単に確認の為でなく、それを軸に話をしたいからだろう。

 ケルス姫はマコトの返答に満足した首肯をすると、ハッキリと断言した。


「――その様な慣例はありません。全ての貴族が、護身を疎かにしているという意味でもありませんけれど……。ただ我が国には、魔法の武具がありますからね」


 その一言に、マコトは思わずケルス姫へ目を向けた。

 確かにそうだ。城の三階から落ちても傷一つ負わない防具が、この国にはある。


 並大抵のダメージなら、鎧が全て吸収してしまうのだ。

 それ程の防具を身に着けて戦場に立つのなら、それを頼みに――あるいは過信して、護身を疎かにする貴族もかもしれない。


 ケルス姫は憎悪の中に怒りを増やし、シュティーナを睨み付けながら続ける。


「けれども、隣国は違う。彼の国の貴族はその起源に傭兵が多く、戦果を元にして成り上がった者達です。そうした経緯があるので、女性であっても戦技を身に付けると聞いています……。我国の貴族令嬢は、それとは逆に荒事から遠ざけようとしています」


「あぁ、そうか……。側仕えとかが良い例か……」


 マコトが納得を持って頷くと、ケルス姫も笑みを浮かべて頷く。


「まさしく、行儀教育という面では、確かに厳しい教育を受けるのでしょう。でも、護身とまではいかない。マコト、彼女の言葉には現実味があり、説得力があると感じたのではないですか?」


「そうだね、そういう制度があったとしても、不思議じゃないといか……」


「――相手を騙したい時は、真実の中に嘘を交ぜるものです。護身の件についても、貴族の嗜みとして誤魔化し、この場で明言を避けていたのは、そういう事でしょう?」


 そう言って、揶揄する様にケルス姫がシュティーナに目を向ける。

 しかし、やはりシュティーナからの反応はない。

 そして、ケルス姫の言葉を信じるのなら、先程シュティーナがほんの少し表情を顰めた事についても説明がつく。


「うん……。僕が聞いた時には、説得力と真実味のある話にしか聞こえなかった。でも、ケルスに聞かれてしまうと、その嘘が簡単に見抜かれるから……」


「それも隣国――魔征国シンソニアの慣習ですよ。マコトに聞かせるなら、説得力が増える材料だと口にしたのかもしれませんが……」


 ケルス姫は視線を更に鋭くし、シュティーナを睨み付ける。


「あれは隣国のスパイと見て、間違いないでしょう。この機に乗じて我が国を滅ぼし、長く続いた戦争も終わらせるつもりです。一挙両得を狙った形でしょう」


「じゃあやっぱり……。本物のシュティーナはあの時、殺されていたのか……」


 日本へ還す為に協力する、そういう話を持ち込んできた召喚士はシュティーナと名乗った。

 かつてのアキラが、本当の協力者として選んだのは、そのシュティーナだった訳だ。

 しかしその彼女は、実に鮮やかな手並みで、今も表情を崩さないメイドに殺された。


 シュティーナを殺す事は、最初から決定事項だったのかは知らない。

 より信憑性を増す材料として、その名を欲した。


 ドーガのマコトが口にした、シュティーナは信頼できるという文言……。

 それを活用できる名前は優位性が高く、彼女も目的を遂行するには便利だった。


 だが、単に名乗るだけでは不都合が出て、更にマコトが帰還してしまう芽は潰ねばならない。

 それ故の実力行使、強制排除に走ったのではないか。


 彼女をスパイとして仮定した時、そう考えるとしっくり来る。

 疑念の種が、ここに来て一つ解消された。

 しかし、シュティーナはただ静かに首を横に振る。


「有りもしない仮定で、勝手に悪者扱いしないで下さい。姫様は今回の事故を闇に葬る気です。女王と戦わせ、魔物の群れと戦わせ、あわよくば共倒れさせようと狙っている。……そして後は悠々と、救国の英雄として返り咲き、その圧倒的支持から国を立て直すおつもりでしょう」


 シュティーナは決然と否定し、また説得力のある持論を展開した。

 彼女としても、はいそうです、と認められないところだろう。

 それらしき……有り得そうな話を持ち出して、疑念の視線をずらそうとしている。


 そして実際、このシュティーナがどれだけ怪しかろうとも、証拠などない。

 何を言われても上手く回避しようとしているだけなのか、それとも真実を話しているつもりなのか、それも分からない。


 結局のところ、どちらが正しいと言える客観的真実など、この場で判明しようがないのだ。


「……分かった、もういい。二人の背景や真意、そんなの最初から、根幹を持たない僕に判断できる訳がなかったんだ。初めから、自分の奥から溢れる思いから、決めなきゃいけない事だった」


 マコトが断言すると、ケルス姫は息を呑み、そしてシュティーナは満足そうに頷く。


「そうでしょう、そのとおりです。そして、信じて下さい。最初に見たあのドーガ、あの覚悟こそ、あなたの奥から湧き出る思いなのです」


「――いいや、断る。その方法は選ばない」


「なっ!?」


「マコト……!」


 今度は二人の表情が、正反対に入れ替わる。

 ケルス姫は握った腕へ、更に力を込めて喜びを顕にした。

 しかしマコトは、ケルス姫の手をやんわりと外す。

 それはつまり、彼女を信じたから選んだ事ではない、という表明でもあった。


「女王を倒せば、この地獄を終わらせてやれるかもしれない。新魔法で全てを滅ぼすのも一つの手だけど、だからといってまず最初にやる事じゃない。挑戦して、駄目だと思ってからでも遅くない」


「いいえ、それが間違いなのです……! もう駄目だと思ってから、やり直せるとは限りません!」


 ここで初めてシュティーナが表情を崩し、余裕もなく声を荒らげる。


「女王を倒すつもりであるなら、巣穴へ入るという事でしょう? それならむしろ、逃げ切れなくなる可能性の方が大きい! あなたを喪失する事は、この地獄を外へ拡げる事と同義! それを今まで何度も……!」


「……分かってる」


 必死に説得しようとするシュティーナを見ながら、マコトは力なく首を振る。

 そして、それはまた決して彼女に同意しない、と言っているのも同然だった。


「信じられませんか、ご自身の記憶が! あの迫るような覚悟が!」


「……まぁ、そうだ。信じられない。君も含めて」


 シュティーナは喉奥で唸り、下唇を噛んだ。

 もはや表情を取り繕う余裕もなく、顔を歪めて憎々しく睨み付けてくる。


「この城には、まだ生き残っている人がいる。知らないだけで、他にも生存者はいるかもしれない。爆発は城壁内の全てを灰燼に帰すらしいけど、それだけの爆発なら、被害はもっと広範囲になるんじゃないのか。城壁の外で暮らしている、何も知らない人達だって居る筈だ。そんな軽はずみに決断は下せない」


「だから……! 情を持つなと、あれほど……! あぁ……、全くッ! エルサと接触させなければ……、こんなことにはッ!」


「……あぁ、その懸念を捨てきれなかったから、近付くなって言ったのか……。あの時の誘導は随分、強引に感じたけど……そうか、そういう事か。じゃあ、どうあっても僕に自爆させたかったみたいだね」


 マコトが指摘すれば、シュティーナはやはり歪めた表情で頷く。


「えぇ……、事態はこちらの望まぬ方向に傾きそうでした。だから、あなたと接触するより前に、姫を亡き者にしようと思った。情で動かされる事が多かったあなたです。姫から直接説得されたら、心を動かされる可能性は高い。けれど、だからこそ姫の訃報を知れば、更にやる気を出すかもしれないと思った……」


「それじゃあ、認めるんだな。隣国のスパイだと、ここまで散々騙して来たのだと……! 何故、そうまでして……」


 マコトの声音は自然と沈む。

 糾弾する声音はそのままだが、裏切られた失意は大きい。


 これまでの献身その全てが偽りと知れば、本来ならもっと激昂する。

 しかし、ここで怒りに任せられない事が正に、シュティーナからも情に弱いと評価される所以だろう。

 

「何故? 当然でしょう? この世に、あの醜悪な存在が解き放たれる事など、断じてあってはなりません。それこそ悪夢です。そして、この国から溢れ出せば、次の犠牲となるのはシンソニアとなるでしょう。宰相はその為に、全てを吹き飛ばす案を王へ奏上しました」


 その理屈自体は、分からないでもなかった。

 魔物の脅威は、人間の危機であり、国家に対する危機でもある。


 そして、恐らくそれだけでは収まらない。

 生態系への危機へと繋がり、人類の生存圏さえ脅かされる事態に発展し得る。

 

 それ以外に更の多くの、予期できない問題へ波及するだろうとも予想できた。

 シンソニアからすれば、長らく戦争を続けてきた隣国の消滅と同時に、その問題を発生前に解決できる。

 その手段と機会があるなら、選ばない手は無い。


「でも、それにしては、君はあまりに色々と詳しすぎた。派遣されたとしても、内部情報に詳しすぎる。何故……」


「隣国のスパイが城内に入り込んでいるなんて、そんなものは常識でしょう? 念入りに準備したスパイを、完全に排する事は非常に難しい。それはこの国だって同様にやっていること」


 そうなのか、というつもりでケルス姫に顔を向けると、これには素直に首肯を見せた。

 平時でも恐らくやるものなのだろうし、戦争をしている相手となれば尚さらだろう。

 憎々しく思いつつも、それも現実なのだと、自分に言い聞かせる事しか出来なかった。

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