目覚めの時、或いは微睡みの継続 その2

 得も言われぬ沈黙が、辺りを支配した。

 マコトは何と言葉を返すのが適切なのか分からず、それで視線を外へ向けた様だ。

 それは無意識にしたものかもしれないが、同時に窓から差す光に誘われたものでもあったろう。


 夜空に輝く星々は奇麗だった。

 しかし、それよりも一際目を引くものがある。

 まるで手招きされる様に、マコトは窓辺へ近付いて行く。

 すると、綺羅びやかに光るそれが視界に入ってきた。


 窓辺からは王城の姿がハッキリと見える。

 そして、どうやら本城とは別に繋がる東棟、それが現在地である様だ。

 一階には本城へ繋がる廊下が屋根付きで地続きとなっており、そして三階にも空中回廊が用意されていた。


 その造りも見事だし、本城の白い石造りの威風堂々とした佇まいも素晴らしい。

 だが、何より興味惹かれたのは、本城を貫く巨大な剣だった。


 柄先を上にして、巨人が大地へ剣を突き刺したかの様だ。

 一直線に突き立つ刃は、がっちりと大地に食い込んでいる。

 王城はそれと一体化するよう造られており、薄い燐光を放つ刃は、それだけで幻想的な風景を演出していた。


 しかも、よくよく見てみれば、刃部分は鉄製とは違う様だ。

 水晶製の刃は王城を貫き、王城の屋根を越してもまだ高く、本城を縦に二つ並べられるほど超大だった。

 到底、あれが人の手で作られたものと思えない。


 ――それとも、魔法というのは何でもありなんだろうか。

 惚けた感想を浮かべていると、またも念話が脳を揺さぶる。


『どうされました』


「いや……、城を貫く剣に感動していただけ……」


『あぁ、マナの結晶体ですね。柄部分は後付け、権威付けの為の装飾品です。刃部分は天然ですが、削って形を整え、そこに王城を建てたという事らしいです。そして、あの結晶体が多くの魔法技術を生み出し運用させる、根幹を成しているものでもあります』


「魔法大国というのは、そういう意味でもあるんだ……」


 大変な時だと言うのに、綺麗というだけで、目を奪われる贅沢をして良いものか。

 その感想が相手に聞こえたかどうか不明だが、急かす声は聞こえてきた。


『まず、移動を完了させましょう。歩きながらでも会話は出来ます』


「会話しながら警戒なんて拙いんじゃ……」


『かもしれません。そちらに強敵と言える魔物はいない筈ですし、それに一度戦闘を経験すれば、同じに取り戻すものもある……あるのでは、と思っていたのですが……』


「そんな期待が出来るほど、優秀だったんだ……」


 いつまでも、この場に居ても仕方ないとは、マコトも薄々分かっていたらしい。

 小声で会話を継続させつつ、剣を油断なく構えた。

 未だ及び腰な部分はあるものの、元きた道を戻り、更に階段を降りて行く。


『勿論です。剣技は勿論の事、魔法の方がむしろ優秀でした。でも、あなたが何より優秀なのは、その技術者としての力でしたし、簡易に魔法を覚えられる方法も確立させていました』


「……へぇ、誰でも?」


「はい。それこそが、あなたが齎した一番の技術革新であったかもしれません。ですので、あなたも既に、多くの魔法を体得しています」


「でも……。何か使える感じ、全然しないけど……」


 マコトは片手を開いたり閉じたりし始めた。

 だが、そこに魔力の高まりや光って見せたりなど、それらしい気配は何も起こらない。

 拍子抜けの気分でいると、そこへ注釈する様な声が入る。


『必要なのは、まず認識する事です。手順としては逆ですが、今のあなたに必要なのはそれでしょう。既に体得しているのだから、使える魔法を正しく思い起こせば、即座に使える様になる筈です』


「でも……、どうやって?」


『あなたが身に付けていた魔法が、何かまでは存じません。ですから、まず基礎中の基礎から試して見ましょうか』


 階段を降りて、また階下のフロアへ辿り着いた時、またも魔物の叫声が聞こえた。

 あるいは遠吠えか、もしくは威嚇であるのかもしれない。

 話し声が漏れ聞こえでもしていたのか、既に階段方向へ声を上げているかに感じられる。


『使ってみて下さい。【火炎リエッキ】の魔法――掌を対象に向け、そこから放射されるイメージで。生活の中でも何かと便利な魔法ですから、これは覚えている筈……』


「もう敵に見つかってるなら、覚悟を決めるしかないか、くそっ……! 掌ね、てのひら……。相手に向けて、放射。……火炎放射?」


 ブツブツと口に出しながら左掌を見つめ、右手の長剣を逆手持ちにしながら、フロアへ顔を出す。

 すると、即座に魔物――ベリトが飛び掛かって来た。

 咄嗟に掌を突き出し、声を張り上げる。


「あっ、……ぐっ、【火炎リエッキ】!」


 その言葉を引き金として、掌から信じられない程の熱量が飛び出す。

 火勢は凄まじく、一直線に突き進んでは、飛び掛かっていたベリトが押し返され、もんどり打って倒れる程だった。


「す、すごい……!」


『無事、使えた様で何よりです。火が有効な魔物で、かつ距離があるなら優先して使うと良いでしょう』


「そ、そう……」


 掌から噴出される炎は、瞬く間にベリトを焼き尽くした。

 やはり卵は産んでいたらしく、床の片隅に堆く積もっている。


 危機を感じた所為なのか、炎に炙られた所為なのか、卵も即座に孵った。

 だが、生まれたばかりで何も出来ない魔物は、魔法の前には為す術もない。


 剣で切り刻むより余程早く、何より安定して倒せる意味において、この魔法は素晴らしい。

 そして、精神衛生上にも有り難い攻撃方法だった。


 炎を近付く毎に、次々と卵は孵っていく。

 だが、殻を破った時にはもう遅い。

 外へ抜け出すより、早く炎の中に呑まれていく。


『問題なく処理は終わりましたか? ――では、次へ。この辺りは影響がまだ少ない。けれど、ベリトが出始めたというなら、危うさが増していると見て良いでしょう。急いで下さい』


「分かったけど、どこへ?」


『……あなたは優れた魔法技術開発者だと、既に伝えてありましたね』


「そして、他の誰も出来ない斬新な発想で、多くの革新的、先進的な新技術を開発したとか……」


『えぇ、ドーガと呼ばれる魔法もその一つ。風景や音声など、風景や場面を切り取って保存する魔法です。あなたには、そのドーガを見て欲しいのです』


 ドーガ……、風景や音声……。それはつまり、【】だろうか。

 例えばそれが、この惨状を客観的に説明する証拠なり、マコトの身の上を説明する証拠なりがあるなら、確かに見ておきたいものだった。


『そのドーガは、魔法研究室に保管されています。あれを見る為には、専用の設備が必要なのです』


「あぁ、うん。なるほど。是非、見たいと思うけど……、近いの?」


『東棟二階です。つまり、あなたの居るフロアのすぐ下です』


 なるほど、という了解の合図と共に、マコトは階段を降りて行く。

 左掌は軽く前に出し、右手の剣は逆手持ちにして、盾としても運用できる持ち方をしていた。

 対応が間に合えば斬り伏せられるし、無理でも初撃を防ぐ事ぐらいはできる。


 そして、剣で返す事が出来なくとも魔法があった。

 なるほど、確かに身体は色々と覚えていて、勝手に最適と思える動きをしてくれるらしい。


 二階フロアに降りても、やはり人の気配はない。

 だが、魔物の気配までないのは不思議に思った。


 最初に逃げた人を追って来たのは、あくまで少数でしかなかったのだろうか。

 シュティーナの忠告では、この階にも多くいそうと思えた。

 それとも、逃げた獲物を追う事を優先した所為だろうか。


 その懸念が的中したかもしれない、証拠が目に入る。

 人の死体は随所に見られたのに、これが食い荒らされていない。


 敵に値しない獲物とみて、狩る方を優先したのだろう。

 魔物とは、単なる醜悪な見た目をした動物ではなく、しっかり知恵ある生物として見た方が良さそうだった。


 声に先導されるまま進むと、マコトはあっさりと研究所前に辿り着いた。

 石壁に設えられた重厚な木扉には、魔法的な刻み紋様がされてあり、ドアを押してもビクともしない。


 他の部屋は荒らされて……というより、逃げる際に荒れてしまったのだろう。

 部屋を丸ごとひっくり返したかの有様なのに、この扉だけは傷一つなく無事なままだった。


 これならば、辿り着いたものの無駄骨だった、と落胆せずに済みそうだ。

 しかし、どう開けたものかとマコトが開かない扉の前で悪戦苦闘していると、シュティーナから念話が入る。


『ドアの取手に触れて、五秒待って下さい。登録されている者は、それで勝手に開きます』


 鍵を使わないで済む魔法技術があるとは驚きだ。

 魔法王国だけあって、魔法による生体認証システムが導入されているらしい。

 もしかしたら、これもマコトの開発した技術なのだろうか。


 マコトは言われるままに五秒待つと、カチリと錠の外れる音がする。

 そのまま軽く押してやれば、今度は難なく扉が開いた。


 そうして覗いた部屋の中は、まるで科学室と見間違える程だった。

 とはいえ、本当に現代の科学室と同様という訳ではない。


 パソコンなどの代わりに水晶球があったり、多くはファンタジーの品に置き換わっている。

 だが、全体的な雰囲気は、現代にある研究室のそれとよく似ている。


 壁際に並ぶファイルの山など正にそれで、これもまたマコトが指示した作らせた結果に思えてならない。


 部屋の一番奥には、殊更立派な机があって、水晶球が三つも置いてある。

 勿論、今はどれ一つ動いている気配はないが、主任の席といった風貌は感じられた。


 机に近付いたところで、何をどうすれば良いのか、マコトも困った様子だった。

 見て欲しいドーガとやらも見当付かず、首を捻っている。


『あなたに実感は無いでしょうけど、ここで五年の歳月、暮らしていました。その間にも、ニホンという国の話は幾度も聞きました。素晴らしい国だったようですね』


「そう……なのかな、多分」


『ドーガの内容は、マナが結晶化した石に記録されています。それを見るには装置が必要で、どちらか一方のみ持っていても、意味がありません』


「なるほど、分かるよ。よく分かる」


 つまり、動画ファイルとスマホの関係、とでも思えば良いのだろう。

 それならば、まず動画ファイルとなる結晶化した石とやらを探さねばならない。


「とはいえ、どこから探し出したものか。結晶、石……石というからには、それほど大きな物じゃないんだろうし」


『主任の机は、あなたの机です。まずは、そこを探してみては?』


「ん……? ここにあるのは知っていても、何処にあるかまでは知らないの?」


『……そうですね。ここに用意しておく、という話は事前に聞いていたのですが……』


 イマイチ釈然としないものを感じつつも、側面から回り込み、机の引き出しを次々開けていく。

 すると、透明な箱の中に収められた、青白い石を発見した。


 その上、ご丁寧にも箱の上部へ付箋らしきものが貼ってある。

 日本語ではない。見た事もない文字なので、この国で使われているものだろう。


 だが、なぜ日本語で残しておかなかったのか、それが疑問でならなかった。

 メモの内容が気になるだけで、これでは付箋の意味がない。

 現地語で書いてしまう程、この世界に染まっていたのだろうか。


「文字が全く読めないけど、メモ書きと一緒に、それらしいのを見つけた。何だこれ、注意書きだよね、多分……」


『……そうですね。そうですか、文字が……。ですが恐らく、文字通りの注意書きでしか無いのでは? これを見ろ、とかそういう類いの……』


「かもね。でも、何だって日本語で書いておかないかな……。まぁいいや、諦めよう。あー、それで、これをどう使えば……?」


『……主任の机、そのすぐ近くに扉は?』


 顔を左右に向ければ、すぐに見つかる。

 右側面の壁には、樫の扉が備え付けてあった。


 扉に鍵は掛かっていない。

 すんなり開いた扉に入ってみれば、三畳ほどのスペースをした、狭い小部屋でしかなかった。

 そこにも机と椅子があり、そして不思議な物体が設置されているのが目に入った。


 機械らしき風貌をしているが、電子機器という訳ではない。

 台座の上には水晶球があって、その台座部分に幾つものケーブルが繋がっている姿は、非常にらしく見える。

 だが、材質は明らかに異質だし、石の様にも見え、見方を変えれば木の様にも見えた。


 そして水晶の前には、何かを収める為の窪みがあって、それがまさに、手の中の魔石と同じ形をしているようだ。

 その水晶からは三本のケーブルが伸びていて、それが逆さにした空の金魚鉢へと繋がっていた。


「なんか、金魚鉢みたいなのあるけど……」


『きん……? それは被るものです。ヘルメットのように装着して下さい。そうすると、記録が見られます。でも、その前に記憶結晶を窪みへ嵌めて下さいね』


 マコトは一度細く息を吐くと、意を決したかのように箱の上蓋を開く。

 中から結晶石を取り出し窪みへ嵌めると、金魚鉢らしきものが淡く光った。


 光の色は強くなく、暗い室内を優しく照らしてくれる程度だ。

 それがやけに、物寂しさを感じさせる色と光量だった。


 被れと言っても、金魚鉢には前も後ろも無い様に見える。

 ケーブルが直上へと突き刺さっているだけで、これだけでは前方向がどこか分からない。


 しかし、顔をすっぽり覆う程の大きさでも、首周りには多少の余裕があり、好きに動かせそうではあった。

 とりあえず被ってみて、おかしいなら微調整すれば良い。


 それでマコトは意を決した様に兜を外し、代わりに金魚鉢を被って目前の映像に目を凝らす。

 未だ淡い光が明滅するだけで、何の動きも見せないのは、逆方向を見ているからだろうか。


 そう思った瞬間、爆発的な閃光が目の前で弾けた。

 網膜を焼かれたような錯覚に既視感を覚えつつ、マコトはきつく目を閉じる。


 瞼の裏からでも感じられる明るさは、時間と共に収まっていった。

 閃光が完全に消えたと感じてから、マコトは恐る恐る目を開いた。

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