幸愛を視る素質

 男女の各測定が終わり、場所の入れ替えが行われる頃。体育館外の上空を赤い鮮やかな光がふわりと舞うのが、洋子の目の端に映った。


「なんだろ?」

「どうしたの? 洋子ちゃん」


 洋子につられて、真由美も上空を見上げる。その直後だった。


「――――――――――――」


 キーンと耳に響くような酷く不快な音が、洋子と真由美の耳を貫いた。2人は思わず、両耳を塞いで蹲る。


「何これ!?」

「気持ち悪いっ!!」


 その場で蹲る洋子達の元に、龍介が近寄ってきた。


「2人とも、どうした!? 大丈夫か!?」


 龍介から大きく遅れて、幸司も駆け寄ってきてくれている。


「2人は今の変な音、聞こえなかったの?」

「音? いや……。ちょっと耳鳴りはしたけど、何も聞こえなかったぞ」

「幸司くんも?」


 洋子は不安げに幸司を見つめる。直感で、幸司なら何かを知っているのでは無いか。と洋子は無意識に理解していた。


「……本当に聞こえたんだね」


 幸司の小さな呟きは誰にも届かず、次に言った「俺にもわからなかった」と言う言葉だけが響くように聞こえた。


。。。


 2人が落ち着いてきた頃に、松下先生が駆け寄ってきて、洋子と真由美を支えてやる。


「……程々にな」


 と幸司に小声で囁いた。幸司はふいっと視線を逸らし、ふわふわと漂う上空の少女を見つめて言う。

 

「直接言ってください」


 松下先生は上空を一瞥した後、未だに気分悪そうにしている洋子と真由美の背を擦りながら体育館へと入っていった。


「なあ、お前……。やっぱり何か知ってるんじゃねえの? 遠田達、どうしたんだ?」


 龍介が訝しげな顔をして、幸司を睨むように見つめる。幸司はふるふると首を横に振ると、「今はまだ言えない」と小さな声で、しかし、確かに龍介の耳にハッキリと聞こえる声で、そう言った。


。。。


 一方、彰は幸愛の声が聞こえてきたその瞬間、亮太がビクリと後ろを振り返ったのを見逃すことが出来なかった。


「……何かあった?」

「んや、大したことじゃないけど。ちょっと耳鳴りが、な」

「そお」


 彰は軽く俯いて、小さな声で相槌を打った。


「本当に大したことねえから。気にすんな」

「……亮太くんって意外と純粋だよね」

「は?」


 意味がわからない。と言うように眉を寄せた亮太に、彰はニコッと笑う。その笑みがとてつもなく美しく見えて、亮太は思わず息を飲んでしまった。


 洋子が言っていた、キラキラと光っているという表現が良く似合う、つい目を奪われてしまう美しさだった。


「いい人達に囲まれて生きてきたんだろうなーって思ってね。あんな事言った僕に、今もまだいい感情を抱いてくれてるの?」


 そう言った彰の表情が優しくて、亮太はドキリとした。本当に心臓に悪い顔立ちだ。そう思う。


「まあ、別に君の心配なんかしてなかったけど」

「なあっ!?」

「嘘。本当に、これ以上何もなければいいね」


 彰は心の底からの笑顔を、この学校に入学して初めて人に見せた。亮太はもう何度目かもわからないトキメキを彰に感じ、胸を押えて視線を合わせぬよう必死になってしまうのだった。


。。。


 昼休みになると、幸司は予め松下先生から受け取っていた屋上の鍵を使って、屋上に出る。この学校の屋上は立ち入り禁止なので、幸司以外に入ってくる者はいない……。はずだった。


「先客とは思わなかったな」


 そこにいたのは、同じく鍵を使って屋上に入ったのであろう彰だった。


「そっちは、どうして幸愛と一緒にいるの」

「さっきの音が聞こえただろう? 幸愛を感じ取れる素質を持っている人がいるかどうか、結果を聞くために幸愛を呼んだんだ」


 幸司と言葉に、彰は唇を尖らせて「ふうん」と小さな相槌をうつ。


 風にふわりと緑に靡いた彰の髪を見つめて、幸司は言った。


「幸愛くらいに伸ばすの?」

「……どうだろ」

「そっか」 


 幸司はひとつ頷くと、彰から少し離れた位置に座る。彰の近くは彰に嫌がられることが予想出来ていたからだ。彰は座った幸司を見つめて、口を開いた。


「で?」


 幸司はそんな彰と一瞬だけ目を合わせ、すぐに彰の左斜め後ろに視線を寄せた。彰の顔よりも少し上を漂っているのが幸愛だ。


「彰も知ってのとおり、洋子ちゃんと真由美ちゃんには確実に素質がある。いずれ見えるようになるかもしれないね」

「特に洋子ちゃんは、可能性ありそうかも」


 彰はこくんと頷いて、更に続きを促した。


「真奈ちゃんが? どうして?」


 彰には幸愛の声が聞こえない。幸司が幸愛としている会話を盗み聞くことはできないので、歯がゆく思いながら幸司の説明を待つ。


「それは俺も知ってるけど、まさかそこまで……」

「ねえ、何?」


 いつまで経っても彰に説明がされないので、不貞腐れた顔で幸司を睨む。睨まれた幸司は彰を見ると、素早く謝ってやっと幸愛の言葉を伝えてくれた。


「真奈ちゃんは、既に幸愛が見えているみたいだ」

「なんで?」

「条件を満たしているらしい。真奈ちゃんは本宮家の霊媒師の家系だから、どこかで条件を満たしてしまっているのかもね」


 幸愛を見るための条件。それが何なのかはわからないが、真奈がに詳しいことだけは確かなようだった。


「それから、龍介くんと明人くんはまだ幸愛に気づくって程でもないけど……。今後素質を持つ可能性はあるみたい。亮太くんもね」

「耳鳴りがするって言ってたからな」


 彰は亮太を、幸司は龍介の顔を思い浮かべて、複雑そうに眉を寄せる。その顔は不本意ながらとてもよく似ているのだろうと、彰は洋子の言葉を思い出しながらそう思ってしまったのだった。

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