まるで人ならざるもののよう

 彰は、亮太とペアを組んで体力測定を進めていた。シャトルランを除いては一番最後の種目に、反復横跳びを選んだ彰達。


 彰はその反復横跳びの途中で何かに気を取られ、足をもつれさせて転んでしまった。


「彰ちゃん!?」

「大丈夫?」


 陽太と亮太が同時に彰を起こしに近寄る。その後ろから、慌てた足音が聞こえてきた。


「……彰くん!」


 幸司だった。洋子と幸愛から話を聞いて、幸司は急いで彰の元に駆け寄ってきたのだ。

 

「あ、委員長」

「膝痛む? 保健室に行った方が……」


 そう言った幸司は、今までで一番人間味のある顔をしていた。龍介は遠目に見てそう思い、動揺する。


 本宮幸司という男がどういう人なのか、分からなかった。淡々としているように見える幸司は、楓達に囲まれている時もずっと愛想笑いだった。それなのに、彰を心配する幸司の顔を見ていると、本当にさっきの男と同一人物なのか。とすら思わされてしまう。


 幸司と彰は一体どういう関係なのだろうか。龍介はつい詮索したくなってしまった。中学が一緒だった訳でもないので、小学校か…転校前の学校か。そんなことを考えながら龍介は彰と幸司を眺めていた。


「大丈夫だから。幸司くんは種目、進めたら?」

「彰くん……」

「たかだか膝を擦りむいただけでしょ。保健室くらい、1人でも行けるよ」

「でも」

「それに、すぐ治る……」


 そう小声で呟かれたら、幸司は大人しく引き下がるしか無くなった。


「うん。ごめん……」


 幸司が引き下がると、彰は立ち上がって先生のいる倉庫前へと歩いていった。亮太がその後ろ姿を追いかけていく。彰のペアだから、亮太もついて行こうと言うのだ。


「本宮……」


 龍介が恐る恐る声をかける。


「あ、ごめんね。まだ休憩する?」

「いや…別にもう大丈夫」

「そっか。あともうちょっとで終わるし、早く行っちゃおうか」

「そうだな……」


 幸司と彰の関係が気になってしまう龍介だが、幸司が触れて欲しくなさそうに早足で歩いていってしまうから、龍介はついて行くのに必死で何も聞けなくなるのだった。ただただ、不思議な男だ。と龍介は思う。


。。。


 彰について行った亮太は、龍介とは違って彰に幸司との関係を直接聞いた。


「委員長と彰ちゃんって仲良いの?」

「ん? そう見えた?」

「何となくだけど。ほら、委員会決めの時も気軽そうに話してたし。だから2人って友達だったんかなーとか思って」

「友達じゃないよ」

「そうなの? でも、この近くに住んでるんだろ? 同じ学校だったとかさ」


 昨日焼肉屋で、彰と洋子が近所に住んでいると言う話は聞いていた。幸司も、この近所の桜川中学校出身だったはずだ。席の近い楓達が騒いでいたから、間違いない。

 

「僕は、この近くに引っ越してきたの」

「へえ。前はどこにいたの?」

「んー……。それは内緒!」


 彰は人差し指を唇に当てて、ウインクまでしている。女子顔負けの可愛い顔は亮太にも効いた。頬を赤くして胸を軽く押えている。


「あ、僕と幸司くんの関係が気になるみたいだけど…幸司くんには聞かない方がいいよ? あいつの地雷だから」

「え?」


 本人が地雷だとか言っていると、それが本当か怪しくなってしまう。


「な、仲悪い方だったのか?」

「さあね。幸司くんは、僕に引け目を感じているだけなんじゃない? 僕も…心配なんてされたくない」

「委員長に何かされたの?」


 亮太がそう聞くと、彰はピタリと足を止めた。そして亮太を振り返る。その顔はどの感情の色も浮かんでいなくて、亮太は思わずゾッとしてしまう。


「したんだよ。僕が」


 それで何故彰ではなくて幸司の方が引け目を感じるのだろうか。亮太には理解が出来なくて、首を傾げた。


「この世には知らない方がいいことが無限にあるんだよ?」


 首を傾げる亮太に、彰は綺麗に微笑んでそう言った。


「……まあ、俺も知られたくないことあるし。そんなもんか」

「亮太くん達って見た目の割にはいい子だよね」


 亮太の友達である上原大智うえはらだいちは、金髪な上にピアスの量がクラスの中でもダントツで多い。多分、見た目という点では一番不良という言葉が似合う男だ。と亮太は思う。


 亮太は大智の顔を思い浮かべて苦笑した。


「大智とか凄いもんな。でも、実はあいつの髪って地毛なんだ。ピアスは多いから不良っぽく見えるかもしれないけど」

「ああ、あの子ってやっぱりハーフなの?」


 やっぱりということは、見た目で察しが着いていたということだろう。目鼻口を見れば、純正の日本人じゃないことは予想が着く。それでもよく見ていないと分からないので、亮太は感心してしまう。


「よく分かったな。大智はドイツとのハーフなんだってさ」

「そっか…やっぱりハーフかあ……」


 彰はそう呟くと、悲しげに俯いた。


「亮太くんは、大智くんのこと好き?」

「なんだ?急に。そりゃ、ダチだしな。嫌いじゃねえよ」

「混ざり者でも……」


 受け入れてくれるのか。と、最後まで言うのが怖くて、彰は言葉を止めた。返答次第では、自分が傷つくことになると分かっていたからだ。まだ、彰は亮太達を信用しきれていない。入学して数日しか経っていないのだから、仕方がないだろう。


 彰の呟いた言葉に、亮太はピクリと反応する。


「お前はそういう風に思ってるのか?」

「え」

「大智の事、そんな風に見てんのかって聞いてんだよ!」


 亮太は怒った表情で彰に詰め寄る。


 彰は呆気に取られて、亮太を見つめる。この人は友達思いなんだな。と、彰は思った。つい、を思い出して悲しくなってしまった。


「……そうだね。混血は気味が悪くて、実績を残したって否定され、少しでも間違えば半端者だからと笑われる」

「何っ!?」


 淡々と喋る彰の胸ぐらを掴みあげ、亮太は更に顔を歪ませた。彰はそれでも眉ひとつ動かさない。


「そうであるべきなんだろ? 偉いのはいつだって純血の奴らなんだ」

「あ、彰?」


 壊れた機械のように抑揚のない喋り方をする彰に、亮太は少しだけ怯んだ。事実を言葉にしているだけ。そう言いたげな、淡々とした声。なんの感情も浮かんでいないような表情。


 亮太には、彰が人ならざるものに見えて仕方がなかった。


「好きで混ざり者やってる訳じゃないのにな……」


 彰はそう言うと、今もまだ自身の胸ぐらを掴んでいる亮太の手にそっと触れた。亮太はビクリとして手を離す。


「驚かせてごめんね。亮太くんは、友達想いの素敵な人だね」

「は……?」


 彰がニッコリと笑うので、亮太は戸惑う。先程までの態度はどこにいったのだろうか。狂気を感じ、亮太は何も言えなくなる。


「羨ましいくらい!」


 彰は怯える亮太をスルーして、1人で保健室を目指して歩いていってしまう。亮太はしばらくの間廊下に立ち尽くし、彰が保健室で手当を終える頃にやっと動き出した。


。。。


 体育館に帰ってきた彰は、大智とも普通に話している。大智を『混ざり者』だとか『気味が悪い』だなんて言っていた癖に……。


 亮太は眉を寄せてその様子を見ていた。


「どうした? 亮太」

「あのさ、彰って……」


 と陽太に言いかけて、亮太は口を噤む。亮太の友達の中では、陽太が一番彰のことを気に入っている。彰が狂った言動をしていたなんてこと、信じないかもしれない。信じたとしても傷つくだろう。


 それに、正直彰が怖かった。喧嘩には自信のある亮太だが、彰には何故だか勝てない気がした。


「何?」

「ああ、いや。かわいいよな。男なのに、お前がデレデレする気持ちわかるわー」


 と、思ってもいないことで誤魔化した。

  

「だよなー。女の子だったら良かったのに……」


 陽太はそう言って肩を落とした。結局、さっき彰と話したことは誰に、何も言うことが出来なくて、亮太もできるだけ普通に振る舞うことにした。


「ばーか。あの子が女の子だとしても、どうせフラれるって! あんだけ顔がいいんだぜ? 釣り合うのは芸能人レベルのイケメンくらいだろ」

「わかんないじゃん! てか、俺だって中学ん時結構モテてたんだぞ。知ってるじゃん!」

「そりゃ、同じ中学だしな」


 陽太も、彰と比べてしまうと霞んで見えるが、イケメンの類に入ると思う。亮太もそれを分かっている。


「喋ると残念とも言われてたけどな」


 その残念な言動のせいで、最終的には陽太の事で相談を受けたりしていた亮太の方が好意を持たれる。という結果が多かったのは、陽太には秘密である。


「お前だって俺と一緒に馬鹿やってるのにさ。不公平だよなー」

「そうやってすぐ騒ぎ立てるからじゃねーの?」


 余裕な顔で陽太をかわし、彰のそばまで歩いていく。


「彰ちゃん。そろそろ種目埋めないとヤバいぜ?」

「うん。そうだね! あと何が残ってるっけ?」

「反復横跳びが途中だったけど……」

「ああ。途中までの記録でいいよ」


 転んでしまうまでの記録は、女子の平均と同じくらいだ。それで本当にいいのか。と亮太は思ったが、彰の言葉に従い別の種目を埋めることにする。


「じゃあ、上体起こしとかいっとく?」

「はーい!」


 2人で上体起こしの列に並びに行くと、彰が誰にもバレないようにそっと耳打ちをしてきた。


「何話してたの?」

「っ……!?」


 今はニコニコと笑っている彰だが、返事を間違えたらその笑顔が消えてしまうような気がして、亮太はドキリとする。


「別に……。彰ちゃんってかわいいよなって話」

「ふうん。僕男だけど?」

「知ってるよ!」


 亮太が目を逸らしながらそう言うと、彰はクスクスと笑いだした。


「そういえば、僕の身体見せたっけね」


 なんて言って、彰は亮太に自分の記録用紙とペンを渡してマットの上に寝転がった。これ以上は話を続けることはない。必要も無い。ということだろう。

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