洋子の第六感

 体育着に着替えた後は、男子は体育館に、女子は校庭に集まっている。


 体育館に集まっていた何人かの男子生徒は、彰の方を見てどんよりとした空気を漂わせている。彰の女子のようにかわいらしい顔に多少なりとも邪な感情を抱いた者達だ。


「どうした? 陽太?」


 その中の一人である陽太は、亮太の問いかけに更に肩を落とす。


「彰ちゃんって可愛いじゃん?」

「また言ってんのか。まあ、確かに女子より可愛い顔してるけど」


 何気なく彰の方を見たら目が合って、可愛らしく手を振ってくれた。

 

「手ぇ振ってる。可愛い。でもさ、身体は男だったんだよね」

「当たり前だろ」


 何を言っているんだ。と、亮太は思わず呆れてしまった。


 陽太が可愛い女の子に目がないのは、亮太も知っている。しかし、彰はれっきとした男である。


「もっと華奢なのを想像してたの! なんであの線の細さで男らしい腹筋持ってるんだよ。彰ちゃん……」


 それを聞くと、亮太も少し興味が湧いた。彰は見た目は本当に華奢だ。身長だって低めだし、女子にも似た体格をしている。しかし、腹筋は男らしいのだそうだ。


「それは意外だな。俺も気になってきた」


 そう言うと、亮太は彰が座っている場所ににじり寄っていく。


「なーに?」


 くるっと振り返った彰がニコリと笑う。その後すぐ、亮太は驚いくことになった。彰が服をたくしあげたのだ。


「聞こえてるよー? 僕の身体がそんなに気になるの? えっちー」


 からかうようにくすくすと笑う彰の顔はとても可愛らしい。なのに服の下はあまり可愛くなかった。細い身体に似合わない、しっかりと割れた腹筋。これが俗に言う細マッチョってやつなのか? なんて、亮太は驚いたままにそう思った。


 彰がサッと服を直すと、亮太はやっとフリーズ状態から開放される。


「彰ちゃんって、何かやってる?」

「毎週テキトーにランニングとかしてるけど…別に特別なトレーニングをしてるわけじゃないよ」

「へ、へえ……」


 にっこりと笑った彰の顔は本当に可愛らしいと言うのに、この服の下は可愛くないんだよなあ。そう思った亮太は、先程の陽太と同じように肩を落としてしまいたくなった。


「あ、そう言えば亮太くんって、誰とペア組むの?」

「体力測定? んー……逆に彰ちゃんは? 決まってなかったら俺と組んでよ」

「うん。僕も組む人が決まってなかったから、よろしくね」


 彰の笑顔を見た亮太は、つい顔はいいんだけどなあ。と思ってしまう。さっき見せられた彰の腹筋が衝撃的すぎて、なかなか頭から離れてくれなかった。


。。。

 

 一方、洋子達女子は外に集まっている。チャイムが鳴るとすぐに先生達に整列を促されて、体力測定の説明と準備体操が行われた。


 準備体操まで終わった後、洋子は早速ペアを組んだ真由美と共に行動する。


「真由美ちゃん。何から行く?」


 体力測定は空いているところからテキトーに回って、次のチャイムが鳴るまでに終わっていれば休憩も自由にとれる。


「みんな近くの幅跳びや50メートル走から並んでるみたい」

「じゃあ、奥にあるハンドボール投げに行こっか」

「うん!」


 ハンドボール投げに並んでいるのは数人。すぐに自分達の番が来そうである。


「私、自信ないな」

「真由美ちゃんの腕、細くて綺麗だもんね。私は力仕事も結構好きなの。男の子っぽいかな?」


 洋子は力こぶを作って、苦笑する。水森家の力仕事と言えば兄の恭弥だが、洋子も兄の真似をして重たいものを率先して運ぶ。軽々運ぶ兄がかっこよくて、憧れたからだった。


「ううん。女の子だって力がある方がいいよ。羨ましいくらい……」

「私は真由美ちゃんみたいにスラーっと細くて綺麗な身体に憧れるよ!」

「えっ……!? そ、そんな…私……」


 洋子の言葉に照れて顔を染める真由美も、とても可愛らしかった。


「私、最近太っちゃったから、午後の身体測定は憂鬱なんだあ……」

「全然太ってるように見えないわ。私の席、鹿倉くん達に近いんだけど、洋子ちゃんのことを可愛いって褒めてたし」


 洋子と真由美は、お互いに照れて小さく笑いあった。


「あ、順番来たね」

「頑張って!」


 洋子達の番が来た。先に洋子が投げて真由美が記録だ。


「いっくよー!」


 洋子は合図をすると、ボールを投げる。記録はかなりの好成績だった。


 洋子が投げ終わると、次は真由美の番だ。自信が無いと言っていた通り、真由美の結果は洋子の半分ほどの記録だった。


 ハンドボール投げを終えると、少し空いてきていた50メートル走を測る。


「わっ。真由美ちゃん、速い!」


 真由美は短距離走なら得意なようで、平均をかなり上回る結果になった。しかし、体力の方はほとんど無いようで、息を切らして辛そうにしている。


「一回休憩しよっか! 私もお水飲みたいし」

「はぁ、はぁ……。ごめんね。洋子ちゃん」

「気にしないで。行こ?」


 2人は一旦休憩をとることにして、水飲み場に向かった。目的の水飲み場は体育館の傍にある。


「あ、白川」

「本当だ。記録係やってるね」


 水を飲み終えた後、2人で何気なく体育館の中を覗いていると、近くから女子達が騒ぐ声が聞こえてきた。


「あれってかえでちゃん達?」


 入学当初からよく幸司の傍にいる赤松あかまつかえで甘利あまり紀子のりこだ。他クラスの子もいる。


「あれ? あんたって同じクラスの……」

「私、水森洋子」

「あ…遠田真由美です」


 楓達もこちらに気づいたようで、近づいてくる。


「あんた達も本宮くんを見に来たの?」


 相当幸司を気に入っているのか、まるでアイドルを見に来たファンのみたいにキラキラとした表情をしている。そうしているうちに、休憩に来た他のクラスメイト達も幸司を探し始めた。


「やっぱりみんな本宮くん目当てなのね」

「そりゃ、本宮くんほどかっこいい子、アイドルにだって滅多にいないもんね」


 と、何故か楓が自慢げにそう言った。


「あ、龍介くんが真由美ちゃんに手を振ってるよ?」


 龍介に続いて、幸司もこちらを見たので目が合う。龍介と幸司はペアを組んでいるようだ。


 測定する種目が終わったのか、2人が近寄ってきてくれた。涼めるように扉が開いているので、龍介達も外に出てくる。


「本宮くん、かっこよかったよー!」


 幸司の方はすぐ様楓達に攫われてしまった。


「いいの? 体育館シューズで」


 幸司を犠牲にして無事に真由美と洋子の元に辿り着けた龍介は、真由美に靴の心配をされた。


「ああ。拭いてから入れば大丈夫。水飲み場だって外にしかないじゃん」

「体育館の人達もこっちで飲むの?」

「そうだよ。それか渡り廊下を歩いて向こうの塔の廊下で飲むか」


 外の方が断然近いので、大体の人がこちらを使うらしい。洋子達は後で体育館の種目をやる時の参考にしようと、龍介にお礼を言った。


「本宮…は、まだ帰って来られなそうだな。2人とも種目はちゃんと進んでる?」

「うん。あと2つだけだよ!」

「まだ残ってんじゃん」

「ほら、私って体力ないから……」


 と真由美が苦笑すると、龍介も納得の表情を浮かべる。

 

「そっか。悪いな、水森」 

「ううん真由美ちゃんとこうやってお喋りできるし、楽しいよ」

「洋子ちゃん……!」


 洋子の心からの笑顔に、真由美は感動したかのように瞳を潤ませた。


 一般的に見た真由美は美人だ。それは龍介から見てもそうで、思わずドキリとしてしまう。真由美の綺麗な顔には慣れているはずなのだが、たまに表情の変化球が来るのだ。同じ女である洋子までポーっとしている。


「……彰くん?」


 ポーっとしていた洋子がいきなり呟いた。小さな声なのに、何故だか全てを貫いてくるかのように、幸司の耳にも彰の名前が聞こえてくる。


「彰くんが何?」


 洋子の方をじっと見つめた幸司が、ふと視線を上にずらした。


「転んで怪我……?」


 幸司は体育館の方に目を向けると、小さな声でそう呟いてから走っていく。


「あ、おい!」


 それに続いて龍介も体育館に戻った。


「横井くん、怪我を?」

「あの子、女の子みたいに華奢だもんね」

「大丈夫なのかしら?」


 楓や紀子も、そして洋子達も体育館の方に目を向けた。中の様子を見ると、確かに彰が膝を抱えて蹲っているのが見える。


「どうしてわかったの?」

「……わかんない。何となく、彰くんの顔が思い浮かんだの」


 真由美の質問に、洋子は眉を寄せつつ首を振る。 

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