朝の不思議なお喋り
いつも通り目覚ましの音で起きた洋子は、いつも通り制服に着替えてから下に降りて、ご飯を食べ、家を出る。
家を出た洋子は、今日も圭子に会えるかもしれないと思って期待していたのだが、歩道橋を渡る前も渡った後も、今日は圭子の姿がどこにも見当たらなかった。
「おはよう」
「うひゃあっ!?」
圭子にばかり気を取られていた洋子は、後ろから音もなく近づいてきた人影に気づかず、肩を叩かれて驚いてしまった。
「わっ。びっくりしたあ」
肩を叩いた本人が洋子の声に驚いて、目を丸くしている。洋子が振り返った先にいたのは、驚いた顔をした彰だった。
「彰くん。ごめんね。私も驚いちゃって……」
「ううん。僕もごめん」
洋子は申し訳なさそうに苦笑している彰に向かってフルフルと首を横に振る。
そして、彰と顔を合わせたせいか、昨日母が話してくれた『呪い』という文字が頭に浮かんだ。
「あ、あのね。彰くん」
「んー? なあに?」
「私……。私は幸司くんの事を許すよ」
彰は歩き始めていたその足を止めて、洋子を振り返る。彰の表情には、洋子からはなんの感情も浮かんでいないように見えた。真顔……。というより、生気のない人形のようだと、洋子の背筋が凍りつく。
「あ……」
「そっか。何を誰から聞いたのかは知らないけど、洋子ちゃんは、
表情が読み取れずに不気味だ。と思っていたが、次の瞬間に見た彰は誰もが振り返るほどに美しく、綺麗で可愛らしい。天使のような優しい笑みを浮かべていた。柔らかい木々のように、髪がサラサラと緑に揺れている。
洋子は毎日のように見る夢を思い出していた。顔立ちは現実の方が大人に近いのだが、それでもやっぱり彰の表情は可愛らしく、洋子が夢で見た女の子によく似ている。緑色の光も赤色の光も、両方とも、今の彰にそっくりだ。
「彰くんは、本当に男の子なんだよね」
「え? うん。そうだよ。僕は可愛いから、確かに女の子に間違えられることも多いけど、れっきとした男の子。今日の体力測定も身体測定も、男の子と一緒に受けるんだから」
彰はそう言ってくすくすと笑う。無邪気な顔をすれば更に、彰は女の子に見えてしまう。
(双子……?)
一瞬、頭に今朝の夢が過ぎった。夢の見えない誰かが言っていた。「この子達」と。赤子の鳴き声が二重に聞こえてきたのもそうだ。
「ねえ、彰くん」
「んー?」
洋子は彰に、兄弟がいるか。と聞こうとした。けれど、ふわっと洋子の後方に赤い光が動いた気がして、一気にそちらへと目を奪われる。
しかし、そこには何も無かった。改めて彰の方を見たら、先程まで洋子が目を向けていた位置を訝しげに見つめる彰がいた。
「なあに?」
洋子の視線に気づいた彰が、ニコッと笑って聞き返した。
「やっぱり、なんでもない」
洋子はフルフルと首を横に振って、聞こうとしていた質問を飲み込んだ。
不思議だなあ……。そう思いながら、洋子と彰は学校に向かって歩き出すのだった。
。。。
洋子と彰が学校の教室についた途端、彰は先生に呼び出されて、今着いたばかりだと言うのに教室を出ていってしまった。
「どうしたんだろう」
洋子は隣の彰の席を見つめて、心配そうに呟く。
「な、なあ。水森。おはよ」
横から声をかけられて、洋子は振り返る。そこにいたのは、高橋龍介と龍介の陰に隠れて洋子をモジモジと見つめている遠田真由美だった。
洋子は初めて会話をする2人に、少しだけ緊張した様子で返事をする。
「うん。おはよう。えっと、どうかしたの?」
「あのさ、水森…圭子の方だけど、今日は委員だし、体力測定の測定係だろ? そんで、水森は他に組む人いるかなって」
「あ、そっか。圭ちゃんとはペア組めないんだっけ」
洋子は言われてからそれに気づいて、ふるふると首を横に震る。
「ううん。いない」
それを聞いた龍介が、ほっとした顔で真由美を前に押し出す。
「こいつ。遠田真由美って言うんだけど、こいつもペアいなくてさ。水森が良かったらなんだけど……組んでやってくんないかな?」
龍介によって洋子の目の前に押し出された真由美が、わたわたと手を動かしてから今度は指をモジモジと遊ばせて、洋子を見つめる。
「あの、えっと……。私…………」
「私でいいの?」
「あぅ……、も、もちろんっです……。水森さんさえ良ければ」
真由美は恥ずかしそうに、勢いよく頭を下げてくる。今度は洋子の方が慌てて、手をわたわたと動かした。
「顔上げてっ」
真由美が顔を上げれば、洋子とバッチリ目が合う。それがまた恥ずかしくて、真由美はそっと俯いた。
「私も、私で良ければ喜んで。真由美ちゃん、よろしくね!」
「あ、ありがとう……水森さん」
嬉しそうにはにかむ真由美を横目に、龍介はまたほっと胸をなでおろした。
「真由美ちゃん、よかったら名前。洋子って呼んで? 仲良くしてくれたら嬉しいな!」
「えっと、よ、洋子……ちゃん」
まだ人見知りを発動していてぎこちない真由美だが、きっと洋子なら真由美と仲良くしてくれる。そう思った龍介は、静かにその場を離れようとした。
「あ、高橋」
離れようとしたことに気づいたのか、真由美が龍介の裾を掴んで動きを止める。
「わ。なんだよ。水森とせっかく仲良くなれそうなんだから、俺に構ってないで水森と話せって」
「そ、そうなんだけど……。あの、ありがとうって、まだ言ってなかったから」
「……そんなの後でいいのに」
龍介はくすくすと笑うと、真由美の肩をポンポンと軽く叩いてから、「どういたしまして」と言って、今度こそその場を離れていった。
「龍介くん、優しいね」
「うん。高橋もだし、白川……。えっと、水森圭子さんと同じ体育委員の白川も、中学生の時から色々お世話になってるの。男の子なのに、私を女の子としてじゃなくて、友達として接してくれて……いい人達なんだ」
「3人は素敵な関係なんだね!」
洋子がそう言って真由美の手をとると、真由美は少し照れくさそうにした後で、本当に嬉しそうにはにかんでくれた。とても美人で、可愛らしい笑顔だった。
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