本宮家との関係
その夜。洋子の家では、母の作ってくれたご飯を食べた後、リビングで家族3人が固まっていた。
「さあ、母さん。うちの父さんと本宮家の関係を聞かせてくれる?」
恭弥はずっと今朝の話を気にしていたせいで、大学の講義に全然集中出来なかった。晩御飯の最中もソワソワとしていたし、いつも温厚な恭弥が今日は珍しく苛立っていたような気もする。
「分かってるわよ。まず、今朝も話した通り、達也と本宮家現当主である蓮司様は、高校時代の同級生なの。達也は
優香は恭弥を宥めるように背を撫でると、そう言った。
「卒業後も2人は仲が良くてね、蓮司さんの興した企業に、達也も関わっていたの。そしてそのまま、その企業でずっと働いていたわ。お仕事関係って言うのはそういう意味よ」
優香は、今度は洋子の頭を優しく撫でてくれる。洋子はふにゃっと顔を綻ばせて、大人しく頭を撫でられた。
「幸司くんがお父さんの事を知ってたのも、お仕事関係で会ったことがあるのかな?」
「そうね……。幸司さんは本宮家の人で、蓮司様の息子だから。仕事関係の事を学ぶ機会は多かったかもしれないわね」
実際は、感情を失った幸司を心配した蓮司が教育係達の目を掻い潜って、親戚である本宮鉄二に預けていた。というのが真相。その鉄二の元には蓮司も達也も通っていたから、幸司は達也とも話す機会があったし、達也の人柄を好んで懐いてもいた。
「それで葬式にも、その幸司くんがいたんだね。全然気づかなかったな」
恭弥がそう言うと、洋子は少しだけしょんぼりと俯いてしまう。
「お兄ちゃんも、あの日全然泣いてなかったから……。お兄ちゃんはお父さんが死んじゃっても悲しくないんだ。って、私…………」
今でこそ、洋子はあの日の恭弥の思いも理解出来る。恭弥は兄だから、家族の中で唯一残された男だから、しっかりとしなければいけないと、そう思っていたのだろうという事がわかっている。
「お兄ちゃんがお母さんのそばで、ずっとお母さんを支えてあげてたの、今ならわかるよ。私は……公園で1人で泣いてたら幸司くんが来てくれたんだけど」
その幸司も、洋子を慰めようとしてくれていたのではなく、洋子に八つ当たりをしていた。
「思い出した事があるの、幸司くん、あの時すっごく辛そうにしてた。私は思い出を美化してただけで、本当は……」
洋子がしょんぼりとしたままそう話すと、優香と恭弥に同時に抱きしめられた。
「そう言えば、幸司くんの目……。なんだか今の瞳の色と違うみたいだった。金色で眩しい目をしてたのを、思い出したの」
恭弥はそれを聞くと、酷く取り乱した。洋子の肩を思い切り掴んで、洋子の驚いたその顔を見つめる。
「恭弥。落ち着きなさい」
「落ち着けないだろ! 金色の目は…だって……」
呪いをかける時、本宮家の人間は瞳の色が変わる。
本宮家の令息と同級生である恭弥は、以前呪いをかけられる生徒を偶然見てしまっている。それに、学園では噂も飛び交っているので、その事を知っていた。
「恭弥」
優香がもう一度名前を呼ぶと、恭弥はピタリと動きを止める。そして、洋子をキツく抱きしめた。
「お兄ちゃん……?」
洋子は戸惑った様子で、震えまじりに抱きしめてくるその身体に手を回した。
「洋子。幸司さんから
優香の問いに、洋子はフルフルと首を横に振った。呪いという単語を聞くだけで、洋子の鼓動は不安でドキドキと早まる。いつも優しい母のこんなにも険しい顔を、初めて見た。とすら思う。
「本宮家には呪いがある。その呪いには色があって、黄色に近ければ近いほど力が強いらしいの。そのため、呪いを発動させる時、その瞳は黄金に輝くそうよ」
それを聞いて、洋子はドキリとした。
「幸司くんは、あの時……」
「本当は彼自身の口から聞いた方が良かったのでしょうけど……。驚かせてごめんなさいね。洋子」
洋子はまたフルフルと首を横に振った。今も抱きしめてくれている恭弥をギュッと強く抱きしめると、口を開く。
「幸司くん、私を呪うほど苦しかったのかな……?」
「洋子……」
「幸司くんが私に謝ってくれた時もすっごく悲しそうだったのに…。すっごく辛そうにしてたのに……。今もまだ、苦しいままなの……?」
洋子は悲しくて、苦しくて、瞳に涙を溜める。透明な一粒の涙は、洋子の頬から恭弥の肩に零れを落ちた。
「なんで、洋子は人のことばかり……」
そう言った恭弥の声も震えていて、なんだか泣いているように感じた。
「自分が呪いにかけられたことは怒らないのね。あなたは…そう言う優しい子。優しすぎる子に育ったわね」
優香は恭弥の後ろから、洋子ごと抱きしめる。
「だって、幸司くんの呪いはきっと、私に悪い事をしない。もしそういう呪いだったとしても、幸司くんなら解いてくれてるかもって…思って」
洋子は何となく、自分の勘が正しいと確信していた。
「そうねえ……。幸司さんの呪いは、人を操ってしまう呪い。幸司さんの呪いを受けて、洋子は明るい子になったわ。泣き虫だった洋子が、我慢強くてよく笑う子になった」
「ほら、やっぱり悪い呪いじゃ無かった。幸司くんにとっては、酷い呪いなんだろうけど」
洋子は涙を浮かべたままニッコリと笑って、そう言った。
「そもそも、幸司さんの呪いの色は青。青は色相環で言うと、黄色とは真逆の位置にあるわ」
優香がそう言うと、恭弥は暫し考えた後に納得し、洋子はグリンと首を傾げた。
「黄色が1番強いなら、その真逆の青色は1番弱いって事だよね。洋子にかけられた呪いは、そんなに強い呪いじゃないってこと……?」
恭弥はやっと洋子から体を離し、優香の顔をジッと見つめる。2人の顔は真剣そのもので、洋子は軽く首を傾けて2人のやり取りを黙って見つめていた。
「そういう事よ。呪いは色によって格付けされているの。洋子の脳を完全に支配できるほど、幸司さんの呪いは強くない。ただでさえ幸司さんの呪いは対価が大きいのだもの。そんなことをしたら、彼の方が身体を壊して死んでしまうわ」
「……色」
洋子は呪いに色がある。と改めて認識をした時、1番最初に頭に浮かんだのが、何故だか幸司ではなく、彰だった。
太陽が反射する木々のように緑色の輝きを見せる彰の姿を思い浮かべて、洋子は暫くの間ポーっと惚けているのだった。
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