特殊な霊体

 宣言通り、彰は本宮家の門をスっと通り過ぎて、マンションのある方向へと歩いていく。


 それを見送った幸司は、本宮家の敷地には入らずに、門の目の前にあるこじんまりとした公園に足を踏み入れた。


 その公園には、常に人がいない。本宮家の門の前である事が大きな要因であるが、他にも、遊具がブランコと古臭い鉄棒の2つしかない事も要因のひとつである。


 それくらい小さな公園のブランコに1人腰掛けた幸司は、空いている方のブランコへと目をやった。空いているはずのブランコは、幸司が視線を送ると同時にユラユラと揺れる。


「彰が拗ねるよ?」


 幸司の隣のブランコを揺らしているのは、幸愛だ。ブランコが揺れるのと同時に、夕日と共鳴するように赤い光がキラキラと舞った。


 幸司の目には幸愛がハッキリと見えている。彰に似た顔立ちと、彰よりもずっと長いサラサラの髪が、漕ぐブランコに合わせてふわふわとなびくのも、彼女が死に際と全く同じ、彰のパーカーをダボッと身にまとっているのも、彼女の特徴でもある赤色の虹彩を放っているのも、全て見えている。


「少し話をしたら、すぐに帰るわ」

「話?」

「ええ。明日の体力測定の時に、私を認識できる素質がある人を見定めたいの」


 幸愛の言葉を聞いて、幸司は訝る。


 幸愛は特殊な霊体だ。幸司には、本宮家の人間ということもあって霊感がある。しかし、幸司が幸愛を認識できるのは、霊感があるからではない。もしも霊感がある事だけが条件であれば、彰に幸愛の姿が見えないはずがないのだ。


「なんでそんな必要があるの? 幸愛を見ることが出来る人間なんて、本宮以外にいるわけないじゃないか」

「……貴方が呪ったあの子は?」


 幸愛の瞳が、真っ直ぐに幸司を射抜いた。彼女の瞳は決して光を宿すことは無い。真っ暗闇の、大粒の瞳。


 幸司は思わずゾクリとしてしまって、幸愛から視線を逸らす。


「彼女……。私の声が聞こえているかもしれない」

「え?」


 幸愛の声が幸司の耳を貫く。幸愛の言う彼女とは、幸司がかつて呪いをかけてしまった人物。感情的に暴走をしてしまった呪いの被害者。


「洋子ちゃんが?」

「ええ。今日の彰は、ついさっきまであの子といたの。あの子は私の笑い声に反応して、一瞬だけれど目が合ったと思う。あの子は気づいていないでしょうけどね。それがたまたまだったのか、本当に私の声が聞こえているのか、彰のためにも確かめておきたいの」


 彰の事を思う幸愛は真剣そのものだ。真っ暗闇の深い瞳が、幸司を射抜いた。

 

「わかったけど……。それを俺にわざわざ言ったのは何? もしかして、松下先生に誤魔化しておいてって事かな?」


 幸司達3組の担任である松下香苗先生は、霊感を持っている。彼女の家系が、本宮家の霊媒師を多く排出している家系なのだ。


「幸司ったら、既に気づいているのね?」


 松下先生は、本宮家の人間である幸司の学校生活をサポートするための監視役である。幸司は以前、中学校で問題を起こしたため、過保護な蓮司が親戚であり、良好な関係を築いている本宮鉄二と結託をして、たまたま教師として働いていた彼女に頼み込んだのだった。


「まあ、普通の教師って俺達もとみやに遠慮したり媚びたり、怯えたりするもんだし。彼女は色々知ってそうだしね」


 幸司はそう言うと、寂しそうに笑った。


「まあ、いいよ。松下先生には言っておいてあげる。彼女も見える素質、ありそうだし」


 幸司がそう言うと、幸愛はフルフルと首を横に振って、こう言った。


「私は彼女と意思疎通が取れるわ」

「え?」

「いつからかは分からないけど、入学式の時、私はしっかりと彼女に声をかけられた。返事をしたら笑っていたわ」

「ああ、そうなの」


 幸司は大きな瞳を軽く伏せる。一瞬だけ、キラッと黄色の輝きが零れた気がした。


「彼女の父親は当主様つきの霊媒師。自身が、彼女に色々と教えたのかもしれないわ。私の事も含めてね」


 幸愛を視るための条件のひとつには、幸愛の存在を知っている。というものがある。


 彼らは知らない事だが、洋子は幸愛を夢で見ている。だからこそ、幸愛の気配に気づいてしまったのだろう。


「なら、俺は何を手伝えばいいかな?」

「だって、明日はきっと同じ中学の龍介くんと組んで移動をするでしょう? そして、洋子ちゃんも。真由美ちゃんと組むことになると思うわ」

「洋子ちゃんのケアってことね。わかった」


 幸司は物わかりがよく、コクンと頷いた。そして、ブランコからトンっと降りる。


 どこか優雅に見えるのは、幸司の容姿のせいだろうか。ふわっと揺れた幸司の髪が、もう暗くなるというのに綺麗に輝いて見えた。少しずつ昇ってきた月明かりに照らされて、青く発光している。


「彰の事も、よろしくね」


 対して、幸愛はもう日は沈んだと言うのに、夕日のように真っ赤に煌めく虹彩を放っていた。子どもの姿なのに、この世の何よりも大きく、美しく見える彼女は、天使を通り越して女神のようである。


「……早く帰りなよ。本宮家の霊媒師に見つかったら、捕えられてしまうかもしれないよ?」


 幸司が意地悪を込めてそう言うと、幸愛はクスっと小さく笑う。やはり幸愛は、子どもとは思えないほどに妖艶で美しい。


「まだ消える訳にはいかないなあ。みんなに幸せになってもらわないと」


 幸愛はそう言って、ふわふわと空中に舞い上がる。そして、そのまま彰の住むマンションの方角へと、赤色の虹彩を放ちながら去っていった。

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