風に揺らめく赤い光

 洋子達は学校の門を出ると、一直線に目的地に向かった。その時に、陽太からどこに向かっているのかを聞く。


「俺らの行きつけの焼肉屋。あ、焼肉大丈夫?」

「うん! お肉、好きだよ!」

「僕も。特に好き嫌いないし」

「そこの焼肉屋。学生割引があってさ。ランチの食べ放題が安いんだぜ」


 と言って、陽太は歩きながらスマホで店の名前を検索して見せてくれた。


「あ。この店なんだ」

「彰ちゃん、知ってる?」

「まあね。僕達の家とは真反対だけど、たまに通るし」

「駅に行く途中にあるよね。行ったことはないけど、前を通るといい匂いがするの」


 洋子が無邪気に笑うと、陽太はまたもやデレーっと頬を緩める。そうでなくても、周りの空気がふわっと和やかな雰囲気になった。


「なんか、陽太の気持ちわかるかも」

「洋子ちゃんって可愛いね」

「へっ!? な、なんで急に……?」


 洋子は戸惑って、わたわたと身振り手振りに否定しようとする。しかし、それも可愛くて、面白くて、亮太達はくすくすと笑った。


「あっ。も、もしかしてからかってるっ!?」

「今更気づいたのー?」


 亮太はニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべて、恥ずかしそうに顔を赤くしている洋子を、わざとからかった。


「あはは。洋子ちゃん、大丈夫だよ。亮太くん達は本気で洋子ちゃんを可愛がってると思うし」

「うぅ……慰めてくれなくてもいいんだよ?」


 彰が洋子を宥めるも、洋子は恥ずかしそうな表情で縮こまってしまっている。少しからかうだけのつもりだったのだが、こんなに素直に落ち込まれてしまうと、罰が悪かった。


 亮太はポリポリと頬をかいて、洋子に視線を合わせる。


「ごめんね。洋子ちゃんがあんまり慌てるから、つい嘘を言ったんだ。素直な反応が可愛らしいと思ったのは嘘じゃない」

「……い、今わかったけど、亮太くんってちょっと……ほんのちょっと、詐欺師みたいだよ」


 女たらしという言葉が良く似合う。そう思ったのか、洋子は軽く拗ねるようにして、そう呟いた。亮太を囲んで陽太達が大笑いをしているので、今度は亮太の方が不貞腐れた顔をして、大人しく歩いている。


『ふふ……』


 風に乗って、何故か洋子の耳に女の子の笑い声が聞こてきた。周りには、亮太達しかいない。女の子の姿はどこにも見当たらなかった。


「あれ?」


 洋子は不思議に思って、首を傾げる。


「どうしたの? お腹空いた?」

「もう着くよー」

「あ、うん!」


 気のせいだろう。と思い、洋子は前を歩く亮太達に置いていかれないように小走りで追いかけた。


 風がサーっと吹き抜け、彰の綺麗な髪が揺れるのと同じように、赤色の光が洋子達の後方でゆらゆらと揺れている。


 そんなことには気づかないで、洋子達は目的の焼肉屋の中にスっと消えていくのだった。


。。。

 

 席に案内されたら、亮太が店員に学生証を見せ、ランチの食べ放題を頼んだ。制服に身を包んでいるので、いちいち確認しなくてもすんなりと注文を受け付けてくれる。


「タブレットからもう頼めるはずだよ」


 店員が火をつけて行ってくれたので、早速思い思いに食材を頼んだ。


「僕、ご飯も欲しい」

「私も食べようかな。小盛りのご飯ある?」

「うん。あるよー」


 洋子と彰は隣合って座っているので、身を寄せあってタブレットを操作している。彰が可愛いせいで、2人が並んでいると仲のいい同性の友達同士にしか見えなかった。


「水森って、横井の性別わかってるのかな?」


 大智は苦笑しつつ、隣にいる陽太に耳打ちした。陽太は仲のいい2人を見つめて頬を緩めていたので、一瞬だけ首を傾げてから改めて考える。


「そういや、彰ちゃんって男か」

「お前マジかよ」


 コソコソと話していると、彰がずいっとタブレットを差し出してきて、ニヤッと不敵な笑みを浮かべる。


「僕、耳がいいから聞こえてるよ。ほら、こっちは頼んだから、あと好きに注文したらー?」


 彰は悪い顔で笑っても可愛い。小悪魔的で、綺麗だ。思わず息を飲んでしまったので、陽太以外の3人は密かに悔しい思いをした。


 暫く待てば、注文した肉や野菜、ご飯に飲み物も運ばれてくる。肉を焼き、食事をしながら、洋子達はまた会話を楽しんだ。


「宏昌くんは静岡から来たんでしょ? 亮太くん達とはどうやって知り合ったの?」


 前から友達だ。と会話の中で言っていたので、洋子は気になってしまった。木田宏昌は、静岡県の裾野からこちらに引っ越してきているのだ。


「ネットで。今、割とそういうの多いら?」

「そっか……。私はお兄ちゃんがそういうのに厳しいから、SNSとかあんまり詳しくないんだ。それに、宏昌くんって凄いんだね」

「凄いもんでもないけどな」

「そうかなあ? 地元から離れて一人暮らししてるの、凄いと思うけど」


 宏昌は一人でこっちに引っ越してきて暮らしいている。洋子からしたら、大好きな母と兄と離れて、一人で暮らすなんて寂しいし、凄い事だと思う。


「僕は羨ましいけどな」


 彰が、ふと小さな声で呟いた。彰はジーッと真顔で宏昌を見つめた後、ふんわりと綺麗な笑顔を見せる。


「多分、僕と宏昌くんは少し似てるから」

「え?」


 宏昌はぽかんと口を開いて、箸を止めた。彰はそのまま無言でニコッと笑うと、もぐもぐと箸を進める。


「彰くんは、どちらかと言えば幸司くんに似てるけどなあ……」


 綺麗な笑顔を浮かべる彰を見て、洋子の頭の中には何となく、幸司の顔が浮かんだ。


 彰はピタッと箸を止め、一瞬だけ表情が抜け落ちたかのような、能面のような不気味な顔になった。未だに彰を見つめていた宏昌が、ビクッと肩を震わせる。


「そう?」


 しかし、洋子の方へ顔を向ける時には、先程宏昌に見せたのと同じ綺麗な笑顔になっている。ドキドキと恐怖に心音を早らせているのは、恐らく宏昌だけだろう。


「うん。彰くんもキラキラしてるけど、幸司くんもキラキラしてるから」

「ねえ、洋子ちゃん。そのキラキラしてるのって、本当にいいものだと思う?」

「え?」

「君は幸司くんを許したって言ってたけど、本当の意味で、君は幸司くんを理解してる? そして、本当の意味で、あの子を許してあげられる?」


 そう言った彰の顔は、誰よりも寂しそうで、誰よりも優しくて、誰よりも綺麗だと、洋子はそう思った。


『――――』


 風もないのに、ふわっと彰の髪が揺れた気がした。そして、洋子の耳に透き通るような、綺麗な女の子の声が聞こえた。ような気がした。


 不思議だ。洋子はそう思って、胸の前で手を合わせる。


「彰くんがそう言うのは、彰くんが幸司くんを許せないから……? それとも、幸司くんが彰くんを許してくれないから……?」

「……さあね」


 彰の言葉はそれ切りで、暫くはまた、無言で箸を動かし続けた。 

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