桜の舞い散る場所

 幸司が洋子を連れて教室を出ていくところを見届けた彰は、幸司の周りに残っていた女子生徒達にも愛想を振りまく。


「く、悔しいけど可愛いわね」

「嬉しいなあ。君も可愛いね。そのリボン、似合ってる。君はお洒落だよね。そのリップって春限定のやつでしょー?」


 サラサラと舌が回る彰を、少し離れた所で見ていた圭子は引き気味になって見つめていた。すると、後ろから若菜も合流してきて、二人でその様子について話した。


「魔性の男?」

「可愛い男って強いのね」


 今日初めて会ったばかりだが、圭子と若菜は妙に考え方が似通っていて、意気投合するのだった。


。。。


 入学式が無事に終わったその後、体育館内では幸司の話題で持ち切りだった。新入生代表の言葉で幸司が壇上に立ち、全員を圧倒させたのだ。


「凄かったね。幸司くん」

「そうだね。彼は人の心を揺さぶるのが上手いから」

「そう言えば、彰くんと幸司くんって知り合いなの?」

「うーん…ちょっとね」


 彰が言葉を濁すので、洋子は不思議そうな顔をした。しかし、初対面だしあまり突っ込んで聞くのも良くない。そう思ったから、洋子はこの話を辞める。


「私、お母さんのところに行こうかな。彰くんは?」

「僕も。途中まで一緒に行こうか」

「うん!」


 本当は圭子とも一緒に行きたかったのだが、圭子の母親が忙しいらしく、入学式が終わってすぐに母親の見送りにいなくなってしまった。だから、今は彰と洋子の2人だけだ。


 2人が体育館を出ると、母はすぐに見つかった。渡り廊下の柱の近くで、誰かと話しているようだ。


「「お母さん」」


 彰と声がハモる。


「もしかして、私のお母さんとお話してるのって、彰くんのお母さん?」

「うん」


 2人は会話中の母親に近づいて、声をかける。


「洋子」

「彰」

「2人とも、もう仲良くなったのね」

「同じクラスなの。お母さんと彰くんのお母さん…知り合い?」


 彰は最初から知っていたようだが、洋子は何も事情を知らないので驚いている。2人の顔を交互に見て、彰の母を見ると頬がほんのりと赤く染まった。


 彰に似て綺麗な顔立ちをしているのだ。と言うより、彰が美人な彼女に似たのだろう。歳は母よりも少し歳下に見える。綺麗な肌をしているし、目元がとても優しそう。


 洋子は思わず惚けてしまった。


「彰くんのお母さん、美人さんですね……」

「まあ、ありがとう。洋子ちゃんも、優香さんに聞いていた通りとても可愛らしいわ」

「はわ。ありがとうございます………」


 綺麗な人に褒められるとドキドキしてしまう。洋子はあわあわと少しだけ慌ててしまい、恥ずかしそうにお辞儀をした。


「ふふっ…。洋子。改めて紹介するわね。彼女、横井桜よこいさくらさん。彰さんの母親で、私も勤めているスーパーの店員さん」

「あ、だから知り合いなんだ!」

「優香さんにはいつもお世話になっているの。実は、スーパーを紹介してくださったのも優香さんなのよ」

「そうだったんですね」


 洋子にも合点がいったようで、緊張も解れ、楽しそうに花を飛ばして笑っている。それを少し遠くで、彰が優しげな眼差しで見守っているのだ。


「それにしても驚いたわあ。ここで会ったら紹介しようと思っていたのに。クラスメイトで、その上もう仲良しになっているんだもの」


 優香が頬に手を当て、そんな事を言う。それに対し、洋子はもじもじと照れくさそうにして言った。


「今日夢に出てきた子に似てて……。私、つい彰くんの腕を掴んじゃったの」

「あら」

「それが理由だったんだ。驚いたけど、洋子ちゃんと仲良くなれたから良かったかも」

「ごめんね。彰くん」

「気にしなくていいって」


 彰はくすくすと優しく笑って、目を細める。洋子はそれを見てほっとした顔をした。


「せっかくだから、お写真撮らない?」

「まあ、いいわね。彰……。洋子ちゃん。撮りましょうよ」


 母達がそう言うと、洋子はノリノリで「撮る!」と言い、彰は訝るように2人を見てから、こくんと頷いた。


「やっぱり門がいいかしらね」

「そうだね。校庭の桜も写って綺麗だと思う」


 彰はそう言うと、3人を置いて先を歩く。洋子は走って追いついて、隣を歩いた。


「バレてるみたいですね」

「あの子、勘がいいから……」


 母達はこそこそとそんな話をしながら、ゆったりと前を歩く子ども達の後をついて行くのだった。


。。。


 写真を撮り終えると、まだ教室でホームルームがあるので、親とは一旦別れなければならない。


 ホームルームはかなり時間がかかるそうで、帰る親もいれば校庭や他の空き教室で待っている親もいる。


「私達、ファミレスで待っているわ」

「よく家族で行くあそこにする予定だから……。終わったらおいで」


 水森家で、ご飯が用意出来なかった時によく行っているお店。学校からの帰り道にあるので、彰も知っているお店だ。


「はーい」

「じゃあ、また後で」


 親と別れ、洋子と彰は2人で教室に戻る。その途中、彰がとあることを聞いてきた。


「さっき、幸司くんと何話してたの」

「え?」

「入学式の前に…」

「ああ! 幸司くんとはやっぱり会ったことあるみたい。あのね…えっと……」

「お父さんの葬式だよね……。ごめん。僕も達也さんの事、知ってるから」


 洋子の父、達也は10年前に事故で亡くなった。彰はそんな達也を知っているらしい。


 洋子が見た彰の横顔は少し寂しそうで…それでもやっぱり綺麗だと思った。窓から差し込む光に照らされると、チリッと緑色に光るのだ。


(不思議……。綺麗だなあ)


 洋子はそう思いながら、じっと彰を見つめてしまう。彰が苦笑して洋子に声をかけるまで、ずっと見つめてしまっていた。


「ごめんなさい……」

「いいよ。別に。僕、昔から人に注目されるの慣れてるから」

「彰くんは綺麗だもんね。見ちゃう人の気持ち、分かる」

「それもあるけど………」


 彰は小さな声で呟く。洋子には聞こえない声量だったようで、話が元に戻された。


「彰くんとお父さんは、お知り合いだったの?」

「直接じゃないけどね。よく見かけたし」

「そっか……」

「だから、僕は達也さんのお葬式には出てないの」

「あ、うん。幸司くんはね……」


 洋子はそう言うと、軽く俯いた。彰は軽く眉を寄せ、幸司の顔を思い浮かべる。


「何か聞いた?」

「うん…。ごめんねって謝られちゃった」

「そう……」

「泣きたくても泣けないって、どんな環境なんだろうね」


 洋子が幸司に言われた事だ。


 葬式の日、泣きたいくらい悲しかったのに泣けなくて、素直に泣いている洋子に嫉妬したこと。慰めるつもりじゃなくて八つ当たりで声をかけたことを聞いた。


「まだ縛られてんだ……」

「え? 何か言った?」


 また、彰の声は洋子には聞こえなかったらしい。


「ううん。洋子ちゃんは幸司くんのこと、許す?」


 彰が出来るだけ優しい表情でそう聞くと、洋子はそれにつられてふわっと優しく笑った。


「うん……最初から怒ってないんだもん」

「そっか。幸司くんのことをもっと深く知っても、同じことを言えるといいね」

「え? どういう意味?」

「内緒」


 そう言って唇に手を当てて微笑む彰は、洋子の目にはやはりキラキラとして映る。とても綺麗で…………吸い込まれるようにじっと見とれてしまうのだ。

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