覚えていない知人達

 せっかく知り合ったので、洋子と圭子は、彰も巻き込んで、3人で登校をする。


 学校に着いた3人は、門の前でコサージュを胸に着けて貰い、昇降口でクラス分けの用紙を貰った。


「あ、みんな3組だね」

「本当? 嬉しいっ!」

「ふふ。そうね。良かったわ……」


 3人とも同じクラスなので、教室にも3人で一緒に向かった。彰がかなり社交的なおかげで、すっかり馴染んで仲良くなっている。


「大丈夫?」


 1年生のクラスは4階にあるらしく、洋子と圭子は教室に辿り着くまでに少しだけ疲れていた。


「彰くんは余裕そう。凄いね」

「うーん…確かに体力はまあまあある方かなあ。それに、僕も一応男の子だから。女の子の前でかっこ悪いところは見せたくないよねえ」


 苦笑しつつ、彰は2人を労わってくれた。


「毎日これを登るのね」

「2年生になる頃には体力ついてるかもね」

「だったらいいなあ」


 そんな会話をしながら教室の前に差し掛かると、大きな声が聞こえてきた。


「そこの子達っ! どいてっ!!」

「えっ?」


 洋子がぶつかる。と思って目を閉じる。圭子も危ないと思い、思わず目をつぶっていた。


 しかし、いつまで経っても衝撃は来ない。恐る恐る2人が目を開けたら……。


 後ろの窓にぶつかったのか、壁際に座って鼻を摩っている男子生徒の姿があった。血が出たり…なんて事は無いが、痛そうにしているので、洋子は心配そうに彼の元へ駆け寄った。


「大丈夫……?」

「んー? うん。平気。ごめんね。そっちは怪我してない?」

「私は大丈夫」

「私も……」

「僕も平気だよー」


 ひらひらと彰が手を振って笑う。その後ろ、教室の入口からもう1人女子生徒が歩いてきた。


「もう。逃げたりしなきゃ怪我もしなかったでしょ。保健室行く?」

「平気平気。いやあ。若菜ちゃん、意外と優しーね」

「意外とって何。ってか、なんで私の名前知ってんのよ」


 喧嘩らしい事をしているが、2人は初対面のようだ。


 話を聞くに、男子生徒…鹿倉亮太は中学生の頃、女子生徒…柳瀬若菜の母親の生徒だったらしい。


「へえ。偶然だね!」

「その偶然のせいで変なちょっかいかけられたわけね? 全く……」

「えへへ。先生に悪戯してるみたいでちょっと癖になりそう。若菜ちゃんって母親似なんだねー」

「いい迷惑だわ」


 ちょっとした言い合いのようになっているが、険悪な空気という訳でもなく、意外と相性は良さそうだ。洋子は密かにほっとした。クラスメイトの仲が悪いのはやはり悲しいから。


「僕達も中、入ろっか」


 彰はそう言って、先を歩く。座席表は黒板に貼られているので、まずはそれを確認した。


「あ、僕と洋子ちゃん。お隣さんだね」

「うん! 圭ちゃんは私の前。いつも通りだね」

「そうね。水森同士だもの」


 3人とも近くでかたまれるので、より仲が深まりそうだ。くすくすと笑い合うと、3人は自分の席がある方向に目をやった。


 その方向……。洋子の後ろの席の男子生徒は、とてつもない数の女子生徒に囲まれて、困ったような表情で笑っている。


「うわ。あの人すっご」


 圭子が憐れむように彼を見るので、彰は隣で思わず笑ってしまいそうになる。


「あの人……なんか、知ってる気がする」


洋子は惚けた顔でそう呟いた。


 圭子は驚いているが、彰は「だろうね」と誰にも聞こえない声で呟き、悲しげに笑う。


「私、知らない。あんなに目立つ子、うちの学校にはいなかったよね?」

「あ、ううん。学校でじゃなくて、もっと別の場所で……。どこだっけ? 小さい頃に会ったような気がするの」

「名前、確認してみたら? 思い出すかもよ?」


 と彰が言うので、洋子と圭子はもう一度座席表を見て、確認する。


『本宮幸司』それを見ても、洋子は思い出せずに首を傾げた。


「幸司くん……。知ってる気がするんだけどなあ……」


 モヤモヤと気になってしまって、洋子は腕を組んで、転んでしまうのではないかというくらいに体ごと首を傾ける。


「…直接聞いたら?」


 にこっと綺麗な笑みを作ると、彰は言う。


 そうしたいのはやまやまなのだが、何せ彼は多数の女子生徒に囲まれている状態だ。2人とも怖くて、近寄る勇気はでなかった。


「なら、僕も一緒に行ってあげる。どうせ席近いし」


 彰に手を引かれ、洋子はビクビクしながら自分の席…と言うより、その後ろの幸司の席に向かう。


「ねえねえ、幸司くん」

「えっ……?」


 彰に声をかけられた幸司は、酷く驚いた様子で目を丸くして、固まった。周りにいた女子達はそれも「可愛いっ!」と言って騒いでいる。そして、ある生徒が言った。


「この子も可愛い。男? まさか男装なの?」

「うん。僕は男だよ。可愛いでしょ? もっと褒めてー?」


 にっこりと笑ってそう言うと、女子が頬擦りでもしそうな勢いで彰をかっ攫う。幸司の周りには数人だけ残ったが、みんな彰に惹き付けられてしまったようだった。


「あ、彰くん……」


 心配そうな表情で、幸司は彰を見つめた。出しかけた手は、彰に凄い顔で睨まれたので引っ込める。


 軽く上を向いた幸司が、一瞬だけびくりとして洋子の方をゆっくり向いた。


「……水森洋子ちゃん」

「あ、うん。あの、あのね……。私、貴方とどこかで会ったような気がするの」


 洋子が恐る恐るそう言うと、反応したのは幸司ではなく、周りにいた女子生徒達だった。ヒソヒソと噂したり、嫌味を言っている声が聞こえる。


 洋子が更に萎縮してしまうから、幸司が洋子を気遣って、こくんとすぐに頷いて肯定した。


「うん。会った事あるよ」


 幸司がそう言ったから、女子生徒達の声がピタッと止んだ。


「10年前の10月20日に、とある公園で一度だけ」

「え……?」


 幸司は笑顔だったが悲しげで、洋子はそれに気がついて眉を下げた。


「お葬式の日……?」

「……そうだね。ちょっと、話そっか」


 幸司は立ち上がると、洋子を連れて教室を出ていってしまった。

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