緑に輝く君につられて
ジリリリリリ
「はっ!」
目覚まし時計の音で現実の世界に引き戻された少女、水森洋子は、目覚まし時計を止めると大きく伸びをした。
「はあっ……不思議な夢」
洋子はそう呟くと、ベッドから起き上がってカーテンを開く。女の子の部屋に良く似合う、ピンク色のカーテンだ。
「わあっ。いい天気!」
今日は快晴の青空。洋子は思わず窓まで開いて、気持ちのいい朝の空気を吸い込んだ。
今日は洋子の高校入学の日でもあるので、いい天気であることをいつもよりも数倍、嬉しいと思う。
目いっぱい空気を吸った洋子は、窓を閉じると後ろの壁にかけてある制服を手に取って、にまにまと口角を緩めつつ、着替えた。おかしな所がないか鏡の前でチェックをするのも忘れない。なんたって、今日は高校生活の最初の日。気合いも入ると言うものだ。
「よしっ!」
むんっと気合いを入れて、洋子は部屋を出ると階段を駆け下りた。洋子の鼻先には、優しい蜂蜜の香りが漂ってくる。
「フレンチトーストかなあ?」
上機嫌にダイニングの扉を開けると、洋子は元気に挨拶をする。
「おはようっ!」
「洋子。おはよう」
「お兄ちゃん!」
朝食の用意してくれていたのは、洋子の兄である恭弥だった。恭弥はにこっと笑って挨拶をすると、お皿に乗ったフレンチトーストを洋子がいつも座っている席にコトンと置いてくれた。
「洋子。高校入学おめでとう。その制服、とても似合っているよ。」
「えへへ…。ありがとう!」
洋子は嬉しそうにくるくると回って、制服をお披露目する。それを恭弥は優しく見守っていてくれた。
「俺も洋子の入学式に出たかったけど、そろそろ大学に向かわないといけないから……。ごめんね」
「ううん。朝会えただけでも嬉しい。大学頑張ってね!」
「ありがとう。母さんも今準備中みたいだから、もうすぐ来ると思うよ」
「わかった」
兄の入学式の時みたいなお洒落なスーツを着てくるのだろうか。洋子はそう思い、わくわくしながら朝食を食べ始める。
「そう言えばね、今日不思議な夢を見たんだ」
「ん? 夢……?」
エプロンを畳んでいる兄を横目に、洋子はそんな事を言った。
「そう。最初は真っ暗闇にひとりぼっちの夢で、怖かったんだけどね。不思議な女の子に会ったんだよ。髪の毛が緑色にキラキラ光ってて……すごく綺麗だった」
「…髪の毛」
恭弥は少しだけ険しい顔になって、考え事をするかのように俯く。
「どうしたの?」
洋子が首を傾げたので、恭弥はパッと顔を上げてふるふると首を横に振った。
「なんでもない。確かに不思議な夢だね……」
洋子は優しい手つきで恭弥に頭を撫でられ、心地よさそうに目を細めた。
「おはよう」
優香がダイニングに入ってきたので、2人ともパッとそちらに顔を向け、挨拶をする。特に洋子は、優香の着ているスーツを見てぱあっと明るい表情を見せた。
「お母さん、かっこいい!」
パンツスタイルのセレモニースーツで、落ち着いていてクールな雰囲気だった。
「うん。似合ってる」
と恭弥も頷く。彼の入学式の時と比べると少々地味に見えるが、洋子にはこちらも素敵でかっこいい。と感じた。
「ありがとう。2人とも」
「じゃあ、母さんも来たから…俺はそろそろ行くよ。洋子。本当に入学おめでとう」
「ありがとう! 行ってらっしゃい、お兄ちゃん!」
洋子が家の中で、しかも近距離なのに大きく手を振るから、恭弥はくすっと笑って小さく手を振り返す。
。。。
朝食を食べ終えた後、洋子は鞄を持って先に家を出る。
「洋子。また後でね!」
「うん! 行ってきまーす!」
洋子は玄関先でまた大きく手を振って、元気よく歩き出す。まだ慣れない道を、スキップしだしそうな程の上機嫌で歩いた。
ちらほらと、洋子と同じ制服を着た生徒達も通る位置まで来たらしい。歩道橋を渡った先には、もっとたくさん同じ制服の人達が歩いている。
「あの中に同級生の人、いるのかなあ?」
そう呟きながら、歩道橋の下を歩く人達を見つめていると、後ろからトントンと肩を叩かれた。
「おはよ。洋子」
振り返ると、そこには中学生の頃から仲良くしている水森圭子がいた。優等生らしい三つ編みに眼鏡の容姿をしているが、実は洋子と同じで成績はあまり良くない。体育の方が得意なので、よくギャップがある言われていた少女だ。
「圭ちゃん!おはよう。」
約1週間ぶりに会えた友達に、洋子は嬉しくなってにこにこといつも以上に笑顔を見せた。圭子にもそれが移って、ふふっと笑っている。
「同じクラスになれるといいね。」
「そうね。なれたら嬉しいわね。」
「うん!」
サラッ
洋子と圭子が会話をしながら歩いていると、ふとその横を綺麗な光が横切ったような気がした。
「え?」
横切ったのは光では無く、人だ。黒髪だが、陽の光に照らされて緑色にキラキラ輝いて見える。髪は短いが、夢で見たのと同じくらい綺麗で、輝いていた。
「洋子?」
圭子が不思議そうに見つめてくるが、今の洋子はそんなの目に入らなくて、思わず駆け出してその人の腕を掴んでいた。
「ちょっ……! 洋子っ!?」
後ろで、圭子が驚いている声が聞こえる。しかし、洋子は止まれなかった。
「……なあに?」
その人はつぶらな瞳で、洋子を見つめる。焦げ茶色で、まるでカラメルみたいに綺麗な瞳だった。
やっぱり、夢で見た
「君だあれ? 悪いけど僕、君のこと知らないみたいなんだ……。どこかで会った?」
そう言って首を傾げたその人は、男子生徒の制服を着ている。声は中性的なのだが、骨格から見るに確かに男の子なのだと、洋子にもわかった。
「男の子……?」
「え? うん。あはは。僕、結構可愛い顔してるから、よく間違えられるんだよね。男だよ」
急に腕を掴んだり、女の子と間違えたり。洋子は失礼な事をたくさんしてしまった。それでも、彼は笑って流してくれている。
圭子が慌てて洋子を引き剥がし、「ごめんなさい!」と謝る。それに対しても、彼はくすくすと呑気に笑っているだけだ。
「いいよー。君達も、僕と同じで新入生でしょ? 制服が真新しいし」
「えっ? あ、うん」
圭子は呆気に取られ、戸惑いながらの返事になる。洋子に至っては、ぽかんと口を開いたまま惚けてしまっていた。
「僕は横井彰。よろしくね!」
「あ、私は水森圭子よ。この子は水森洋子」
「…水森? 双子なの?」
2人が同じ苗字なものだから、彰はこてんと首を傾げてそう聞いた。その目が少し寂しげなのが気になったが、圭子はふるふると首を横に振って答える。
「たまたま同じ苗字なの。それきっかけで、中学の頃に仲良くなったのよね。私達って」
「そうなんだ。仲良しさんなんだね」
「ええ、まあ。ってか、洋子? いつまでボーっとしてるのよ」
圭子がそう言うと、やっと洋子もハッとして彰に挨拶をした。
「うん。よろしくね」
彰はそう挨拶をすると、一瞬だけ目を伏せる。
「水森……か」
誰にも聞こえないくらい小さな声でそう呟いてから、彰はまた顔を上げてにっこりと2人を見つめた。
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