呪いの対価は絶対

※今回、残酷描写がありますのでご注意ください。




 幸司は洋子の身体から手を離し、能面のようなツラのまま先代を真っ直ぐに見つめた。


「あの男とは…まさかとは思いますが……」

「ああ。水森達也だ。ジワジワと呪い殺してやるつもりだったのだが、まさか事故とは思わなんだ」

「え……。お、お父さんに何したのっ!?」


 洋子は顔面蒼白になって、先代に近づこうと足を一歩前に出す。幸司が止めなければ、掴みかかっていたかもしれなかった。


「事故は偶然ではないと……?」

「偶然だよ? 呪いをかける前に事故死してくれてな。幸運だった」


 幸司の瞳がまた黄金に光り、揺れる。


「その程度で感情を乱すな。幸司。貴様は何があっても動じてはならぬ。例えそこの娘が死のうとな」


 風土ローブの男性達がまた、洋子に一歩近づく。


 本当に洋子の事を呪い殺す気でいる。と幸司にも…当人である洋子にもわかった。


「ふざけるなよ、クソジジイ。彼女には指1本も触れさせないから」

「そうギラギラした目で睨むでない。無駄だと分かっておろう? お主の呪いは本宮には効かぬよ」


 個人が所有する呪いには条件がある。幸司の場合、その能力は本宮家の人間には効かないし、操る人間の名前を知っている必要がある。


 風土ローブを被っていた男性がそのフードを脱ぐと、そこにいたのはやはり本宮家の人間だった。先代を慕っていた連司の兄弟や、分家の人間がそこに立っている。


 彼らに幸司の呪いは効かない。洋子を守るためにはどうすればいいのか、幸司の額に冷や汗が滲んだ。


「それとも…あの混血種のように、身代わりを作って死んでもらうかえ?」

「なんでその事をあんたが、知っ……」


 そこまで言いかけて、幸司がある事実に気がつく。そして、その事実に気がついた途端に、身の毛がよだつ程の怒気を孕んだ瞳で先代当主を見つめた。


黒羽くろばと手を組んで殺したのか……。を殺そうとしたのか……?」

「だから効かぬと言っておろうが」


 ふうっとため息をつく先代だが、その隣からうめき声が聞こえると、吃驚する。


 幸司の後ろで、洋子も思わず震え上がってしまった。霊感もなければ呪いなんて、つい先程まで信じてすらいなかったのに、悪い気に充てられていることが、自分でもわかる。ブワッと、今までにないくらいの鳥肌が立っているのだ。


 カツンと杖が地面に転がって、先代はキョロキョロと周りを見回した。一番最初に倒れたのは、先代の側近だったという男だ。もうピクリとも動かない。


「許さない……絶対に…………!!」


 幸司の後ろに隠れていた洋子は、風もないのにブワッと揺れる幸司を纏う空気に、更に悪い予感を感じる。


「幸司くん……? ね、ねえ……?」


 これは駄目なものだ。と洋子は直感で理解してしまった。


「駄目だよ! そんなの…幸司くんっ!」


 止めたいのに、幸司の纏う空気に怯んでしまい、洋子は幸司に触れる事すら出来なかった。ただ必死に声をかける事しか出来なかった。


 しかし、幸司はもう止まらない。


【死ね…全員……。死んであの子に詫びろ】


 ブワッと一気に幸司を纏っていた禍々しい空気が先代達に向けて放出され、風土ローブの男性が全員泡を吹いて動かなくなる。


 そして先代も……。口や目、鼻に耳など、あらゆる体内と繋がっている穴という穴から流血し、パクパクと幸司に何かを告げようとした。グリンと目が飛び出すほどに見開かれ、恨みがましく幸司の顔を映す。


 そんな彼も周りの人達のように、次第に動かなくなってしまった。


「こ、幸司くん……」


 先代達が全員その場に倒れ、洋子は怯えた様子で幸司に触れる。


 その幸司も、ドッとその場に崩れ落ちた。


「幸司くんっ!」

「…洋子ちゃん…ごめ…ね。こんな…………」


 幸司の瞳が綺麗な黄色ではなく、さっきまでの先代のような濁った色をしていて…更に口や目から血を流しているのを見て、洋子は泣き出してしまった。


 どんどん状況は悪くなっていく。幸司の目からは光が消えていき、口や頬が、幸司の手から瑞々しさが消え、肌がひび割れていく。まるで陶器のように、白く青く、血色が無くなっていく。


「や、やだ。幸司くんっ! どうしよう……」

「どうしよ…もない……。呪い…対…価は……絶対。俺の……は……も……っ。ない」

「嫌あっ!!」


 幸司が完全に動かなくなる。彼の身体をギュウッと抱きしめていた洋子には、心臓の音が聞こえなくなるのもその耳で、肌で感じてしまった。


「嫌……。なんで……? 私、誰になんて言えば……。こんなの誰にも説明できない。幸司くん…幸司くん、本当に死んじゃったの……?」


 幸司の身体に縋るように、グズグズに泣いていると、ふと自分の身体が発光している事に気がつく。


「え、な…何これ……?」


 その直後に、洋子の意識は途切れてしまった。


。。。


【ああ…そうだ。覚えてる……】


 洋子は目を覚ますと、先程までとは打って変わって、無表情な顔で幸司を見つめた。


「そう……。今回の貴方はそれを選択したのね」


 眠るように亡くなっている幸司の髪をサラッと撫でて、洋子は呟く。


「寿命を使い果たすほどの強大な呪い……。自分の命をかけてまで、あの男に殺す価値はあった? それとも貴方も、を愛しているからこんな事が出来るの?」


 サラサラと指の隙間を通っていく髪は、もう太陽の光に照らされても、青く輝くことは無かった。ただ、まるでブラックホールのような、吸い込まれてしまいそうな程な真っ黒で、悲しくなる。


「……不便だわ。記憶があれば、こんな結末になんてさせないのに」


 悔しそうにそう呟くが、今の洋子にはそれが無理な事だと理解出来る。記憶の継承は、この世の理に反するのだ。


「幸司、気づいて……。貴方がいなければ、貴方の大切な人は幸せにはなれないの。自分の命を顧みない貴方は…もっと自分が大切にされている事を自覚するべきだわ…………」


 洋子は先程までの幸司と同じように、瞳を金色に輝かせ、涙を流す。幸司の手を取り、頬擦りをしながら静かに泣いた。


「ひっ!」


 そんな悲鳴が聞こえてきて、洋子は顔を上げた。散歩の途中だったのだろう。ご老人が1人、酷く驚いた様子で尻もちを着いて後ずさる。


「幸司様っ!」

「せ、先代っ!? 幸司様!? 一体何が……」


 幸司の護衛を勤めていた人達も、続々と集まってくる。


「先代の仕掛けた結界は消えてしまったものね」


 そう呟くと、洋子は祈るように手を胸の前で組んだ。


【今度こそ貴方が……私の大切なみんなが、幸せになれますように】


 洋子は光に包まれて、意識を手放す。


 みんなが幸せになれる世界を求めて、洋子は次の世界に向かう……。




※ここで本宮幸司編は完結です。次の話から新編になります。初めのループまでかなり長かったのですが読んでくださった方、お付き合いありがとうございます! 新編も読んでいただけたら嬉しいです!

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