煌めく朝のひととき

ジリリリリ


「っえ……?」


 洋子は目を覚ますと、横に涙が流れていた事に気がついた。そっと手で涙の跡をなぞり、やっと目覚ましを止める。


「私の幸せは…大好きな人達が幸せな事」


 両手を胸の前で組んで、洋子は夢の中の幸司を思い出す。


「……まるで、もう目を覚まさないみたいだった」


 そう呟くと、洋子はフルフルと首を横に振って、ベッドから降りた。大きく伸びをしてから、いつも通りカーテンを開く。


「いい天気だー」


 朝の光を浴びてから、洋子は制服に着替えて階段を降りる。そんな洋子の鼻先に漂ってきたのは、甘いコーンの匂い。


「コーンクリームっ!」


 それからバターのいい香りだった。ウキウキとした気分でダイニングの扉を開けた洋子は、元気な声で「おはよう!」と挨拶を一言。


「「おはよう。洋子」」


 今日は兄もこの時間にいる。洋子は嬉しそうに恭弥に駆け寄って、ニコニコと改めて挨拶をした。


「今日のご飯は一緒に食べようか。早くお座り?」

「うん! やっぱりコーンクリームだ!」


 テーブルに置かれたコーンクリームとバタートースト。それから、ほうれん草の炒め物にうずらのゆで卵がポツポツと置いてある。


「いただきます!」

「はーい。召し上がれ」

「お母さんは今日お休み?」

「今日は午後からなの」

「今日の夕飯は俺が担当するね。洋子、何がいい?」


 洋子は大好きな2人が作った料理はなんでも好きだ。辛いものは苦手だけれど、頑張れば食べられないことは無い。


「なんでも好き」


 洋子がそう答えると、恭弥はクスクスと優しい表情で笑って言った。


「そっか。じゃあ今夜のお楽しみってことで。勝手に決めちゃうね」

「うん! お兄ちゃんはお休みなの?」

「午後の一限だけ。すぐに帰ってくるよ」


 恭弥の通う来明大学は、家から片道で1時間程度の場所にある。往復では2時間だ。受ける講義よりも移動の方が少々時間がかかるので、恭弥は少しだけ困った表情で小さく笑みを作った。


「そっか。お兄ちゃん、今日は大学少しだけなんだね。気をつけて行ってね?」

「ふふ。それは洋子もだよ?」


 2人は和やかに笑って、朝食の時間を楽しんだ。


。。。


「行ってきまーす!」


 洋子はいつも通りに元気よく家を出て、馴染みつつある通学路を歩いた。


「あ、圭ちゃんだ」


 歩道橋を渡っている途中、下に通学路を歩いている圭子の姿を見つけて、洋子は大声で圭子を呼ぶ。


「おーい! 圭ちゃん!!」


 圭子は洋子の声に振り返り、眩しそうに手を翳しながら、手を振る洋子を見つけてくれた。


 入学式の時とは逆だ。と、洋子はそう思って1人で笑う。そして、圭子が手を振り返してくれたのを確認してから、歩道橋を駆け下りた。


「おはよう。圭ちゃん!」

「おはよう。洋子」

「今日は会えて嬉しいな」


 本当に嬉しそうな顔をして、洋子は笑う。花が舞うような可憐な笑顔が周りを歩いていた人々の注目を集めたので、圭子は思わず苦笑してしまう。


「あ」


 嬉しそうに笑っていた洋子が、ふと歩道橋の上を振り返った。


 洋子の目に映ったのは、やはり太陽の光に照らされてキラキラと光って見える…彰の姿だった。惹き込まれるかのように、自然と目がそちらに行ったのだ。


「彰くーん!」


 彰の名前を呼ぶと、彼は洋子を見下ろしてニコッと笑う。駆け下りてくることは無かったが、少しだけ歩みを速めてくれた。


「朝から元気だねえ。洋子ちゃん」

「うん! 彰くんとも会えて嬉しいな」

「ふふふ。洋子ちゃんって本当に可愛い子だよねえ」


 彰はそう言うと、クスクス笑う。


 戸惑った様子でなんて声をかけようか迷っている圭子に気がつくと、彰はまたニコッと綺麗に微笑んでくれた。


 その顔があまりにも綺麗だから、洋子が前に言っていたキラキラしている。という意味も少しだけわかるような気がして、圭子はドキリとしてしまう。


「今日は圭子ちゃんと会えてよかったね。昨日、少し寂しそうにしていたでしょう?」

「え? どうして分かったの? そんなに顔に出してなかったはずなのに……」


 昨日の朝、彰に声をかけてからはずっと楽しかったし、寂しい顔なんてしていなかったと思う。それなのに寂しさを見透かされてしまって、洋子は驚いた。


「ふふ。今日が元気すぎるせいかなあ?」


 彰はまたクスクスと笑うと、先を歩いて行く。2人もそれに並ぶように歩き出して、彰を巻き込んで談笑しながら学校へ向かった。


「あ、幸司くん」


 またもや遠くから、洋子は学校の正門付近を歩いている幸司を見つけて、大きく手を振った。


 彰が一瞬だけ表情を消したので、遠目で見ていた幸司の顔が、これまた一瞬だけ引きつった。


 しかし、すぐにいつものニコニコ顔に変えて、幸司は3人が合流してくるのを立ち止まって待っていてくれる。


「おはよう! 幸司くん」

「うん。おはよう。洋子ちゃん。圭子ちゃんと彰くんもおはよう……」


 朝の挨拶を交わすと、幸司が洋子をジッと見つめる。


「どうしたの?」

「……今日の放課後、少しだけ時間あるかな?」

「え?」


 幸司が緊張した面持ちでそんな事を言うので、幸司に声をかけたそうにしていた周りの生徒達がざわついた。


「こんなとこでそんな事言ったら誤解されるに決まってるじゃん。ばかなの?」


 小声でそう言った彰に凄まれ、幸司はビクッとする。彰の表情が幸司にしか見えないように角度まで計算されていて、少々不気味に思った。


「ごめんなさい」


 幸司はとにかく謝って、洋子を恐る恐る見つめた。洋子は洋子で、周りがざわついている事態に自分や幸司が関わっているなんて、思いついてすらいない。素直にフルフルと首を横に振っている。


「放課後、大丈夫だよ?」


 幸司と彰はピタッと固まり、圭子はやれやれと首を横に振った。圭子からしたら、洋子はそういう子よね。との事だろう。


「能天気だなあ」


 彰はまた小声でそう呟いてから、幸司の耳元にできるだけ近寄って言う。


「また彼女を呪ったら……殺すぞ」


 彰はパッと幸司から離れると、ニッコリと笑って3人に先に行く。と伝えて去っていってしまった。


「……こんなとこで誘ってごめんね。また後で話そ」


 幸司もそれだけ言うと、彰に囁かれた耳を軽く押えながら、逃げるように校舎に入っていく。


 洋子は最初こそ首を傾げていたが、周りのざわついた様子と、クラスメイトに声をかけられたことでやっと事態の原因に気が付いたのだった。

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