親ばかな本宮家当主
その日の夜。幸司は零番館の廊下を、部屋着ではなく上等な着物を着て歩いていた。そして、質素な襖が並ぶ中、金箔が疎らに入った真新しい綺麗な襖の前に正座をすると、中に向かって声をかける。
「当主。幸司です。入ってもよろしいでしょうか」
「幸司?」
返事を座って待つ幸司に対して、襖が勢いよくガラッと開いた。
「……!」
幸司は驚いて、そのままの体勢で当主…
「幸司が来てくれるのは久しぶりだな!」
「当主。自室とはいえ、しっかりしてください」
「そんなに改まった話なのか? 俺は親子として会話がしたいのだが……」
しゅんとした顔で幸司を見つめると、蓮司の圧に負けた幸司が、はあっとため息をついて立ち上がる。
「わかったよ。父さん」
幸司は中に入った途端、畳の床にあぐらをかいた。
「可愛くてお行儀の良い幸司があぐらとは」
「親子として話がしたいって言ったの父さんだろ。なんでお行儀良くしなきゃいけないの」
幸司がぷいっと顔を逸らすと、蓮司がうるうるとした瞳…をわざわざ作り上げて幸司を抱きしめ、頬擦りをする。
「反抗期か? お父さん悲しい」
「やめてくれる? 似合わない髭なんか生やして、痛いだけなんだけど」
「やっぱり似合わないか? 美優に童顔だと言われて、ここ数週間伸ばしてみたんだが」
数週間にしては、ほんのちょびっとしか生えていないようだ。元々、蓮司にはムダ毛がほぼ生えない。無理やり伸ばしてそれか。と幸司は蓮司の頬に軽く触れる。
「母さんが言うほど童顔でもないでしょ。女顔なだけで」
「それはそれで傷つくんだが?」
「俺もどっちかと言えば可愛い顔してるしねー。そうそう、あの子もだよ。相変わらず、可愛い物が好きみたいだ」
「おそろいだものな。……元気そうか?」
少し寂しそうな目で、蓮司はそう聞いた。幸司は一瞬だけ真顔になったが、すぐに返答する。
「元気だよ。体の弱かったあの子が…随分強くなった」
「そうか」
ふわりと笑った蓮司を見て、幸司もニコリと笑ってみせる。しかし、少しだけ寂しそうに……。
「それで、父さんにと言うより、当主様にお願いがあってきたんだけど」
「ああ。そうだったな。……もう少しこのままでもいいか?」
未だに幸司を離さないままだった蓮司。幸司はまたため息をつくと、そっぽを向いた。
「公式の場じゃないからいいと思うけど。威厳ないよねー。父さん」
「ぐっ……! 可愛い息子がせっかく部屋に来てくれたのに、公的な態度を取られたら父さん悲しい!」
「話は公的なものなんだけどね」
ふうっと息をつくと、幸司は改めて蓮司を見つめる。
「今度、
「んー、そっか……。え? そんな事をしたら、お前が本宮だってバレるじゃないか」
「バレてるんだ。今日、その子達と初めてエムドナルドってお店に行ってきたの。って、田中から聞いたかな? 俺が本宮でも普通に接してくれたんだよ」
「……どんな子なんだ?」
動揺していた蓮司が、幸司の楽しそうな顔を見て柔らかく笑う。
「明人くんは頭がいいんだ。桜川中学では、俺が転入するまで首席だったんだって。龍介くんはちょびっとぶっきらぼうなところがあるけど、世話焼きの優しい男の子だし。真由美ちゃんは美人さんで控えめな、可愛い女の子だよ。彼女のおばあさんがうちの茶会に来たことがあるらしいんだよね」
3人の話をする幸司は、本当に楽しそうだった。蓮司の顔はデレーっと綻んでいき、幸司に頬を抓られる。
「何だらしない顔をしてるの。女子高生の話でその顔をするのはどうかと思うよ?」
「いや、その真由美ちゃんのことでこうなってる訳じゃ……」
「ふうん? それでさ、桜本山でお花見してみたいなーって思ってるんだけど。駄目かな?」
「勿論いいぞ。ただし、奥には入らないように。よく、あの子達と遊んだ麓の森くらいにしておけよ?」
「……うん」
山の奥には嫌な思い出しかないので、幸司はもちろん中に入る気は無かった。
「日付が決まったら改めて他の者達に準備をさせるから、言いに来てくれ」
「わかった」
幸司はコクリと頷いて、やっと蓮司に離してもらう。
「もっと、新しい学校のことを聞かせてくれないか? 幸司の新しい友達のことも」
「うん。あ、そうだ。あのね……。洋子ちゃん、わかるよね?」
「たっつんの娘のか? 勿論わかるぞ」
洋子の父、達也に鉄二が付けて、2人して呼んでいたあだ名がたっつんだった。蓮司が頷くと、幸司もまた頷いて話を続ける。
「同じ学校だった。って言うか、優香さんから聞いてるんだろうけど」
「ああ、そうだな。意地悪を言ってごめんなさい。と言っていたぞ」
「気にしてないのに。洋子ちゃんを呪ったのは俺だし」
そう言ってから、幸司は真剣な顔で蓮司に視線を合わせる。蓮司もまた、幸司の真剣な顔を見て、緩んでいた頬をキュッと引き締めた。
「俺、伝えようと思うんだ」
「え?」
「俺がしてしまったこと。正直に言うつもり。友達に聞いた洋子ちゃんは、俺が思っている以上に強くて……。きっと、本当のことを知ったとしても、絶望なんてしない。傷ついたりしない。だから、存分に怒られてこようと思ってるんだ」
「いいのか? 嫌われるかもしれないぞ」
「……仕方ないじゃない。それは俺がしてしまった事の結果だし、嫌わないで。なんて、むしのいい話だよ」
幸司は軽く自嘲すると、蓮司に対して微笑む。
「そんなことよりも、真実を知る機会を与えてあげるべきだと思うから。何も知らないまま、今もまだ俺の事をいい人だって信じている洋子ちゃんが可哀想だもん」
微笑んでいる幸司の姿は、綺麗だ。自分の息子が神々しく輝いて見えるのは、親ばかだからではなく、本当にそれだけの容姿を持っているからである。蓮司は自分にそう言い聞かせると、笑った。
くしゃりと幸司の頭を撫でてやると、幸司は一瞬目を丸くしてから、その手をはたいた。
「酷い!」
「子ども扱いしないでくれる? 俺、もう高校生なんだけど」
「あのなあ。たとえお前が成人したとしても、俺にとっては可愛い息子だぞ?」
「うるさいなあ。……可愛い息子なら、入学祝いとか、くれてもいいんじゃないの?」
チラッと蓮司を見上げると、蓮司はやっぱりまだ子どもではないか。と笑った。
「なんだ。子ども扱いは嫌なのに、祝いは強請るのか」
「別に……。どうしても欲しい訳じゃないけど」
「何が望みだ?」
「俺、電車に乗って出かけてみたいな」
「無理だな」
「ちぇ」
速攻で却下されてしまい、幸司は不貞腐れる。
「仕方がないだろう。俺も乗ったことがない」
「えっ、使えなー」
「お前、仮にも父親に向かって…と言うか、当主に向かって、不敬だぞ?」
「今日は親子として接してくれるんでしょ? 今更改まって当主様って呼んで欲しいの?」
「この息子は……」
はあっとため息を着くと、蓮司は遠くを見つめた。
「今度、遠足で電車に乗る機会があるだろう」
「へえ? そうなの?」
「ああ。田中から聞いているが、既にあの担任がこちらの手の者だとバレているんだろう? 今年は彼女が見張っている分、学校行事にも自由に出ていいぞ」
「そっか。楽しみだな」
幸司はそう言うと、一気に機嫌が良くなった。
「それと、ゴールデンウィークに家族で出かけよう。お前が前に行きたいと言っていた博物館にでも。もちろん、車だがな」
「うん」
そろそろご飯の時間だ。一通りの話が終わったので、幸司は出ていこうと立ち上がる。その直後に、蓮司の側近である
その流れで、幸司と蓮司は一緒に食事へと向かうのだった。
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